会議室の2人ー常務の試験
レジェンディアより愛を込めてと併せてお読みいただくと、2倍お楽しみいただけます。
エリコ常務は、ルイを連れてレジェンディアが係留されているバースに来ると、降りてきた船長たちに挨拶をした。
「皆様、ご苦労さまでした。」
先程まで、夫とキャッキャしていたとは思えない落ち着いた声だ。
いかにも重役らしい。
と、隣に立っていたルイは思った。
「協調運航という難しい任務を、見事に果たして我が社の商船たちを無事連れ帰ってくださいましたこと、心から感謝致します。」
ヘンリー船長が軽く頭を下げた。
「レジェンディアのクルーの皆さんにはホテルをお取りしてあります。そちらでお休みください。
レジェンディアのラストクルーズの詳細は、後ほど共有します。
それと、クリスタニアの船長ですが…」
そして、ふと視線を動かした。
鋭い目がリヒトを捕らえた。
「ヴァルナー副長。オフィスに来てください。」
それだけ言うと、エリコは踵を返した。
「行くわよ、ルイ。」
ルイは肩をすくめて笑った。
「Oui, ma chère.」
二人は颯爽と本社に戻って行った。
その後ろ姿を見送りながら
リヒトの隣でヘンリー船長は肩をすくめた。
「何があったか知らんがな、オーガスティア様は、クルーと一緒に茶会をするような方だ。美味いものも、楽しいことも、皆と共有したいだけなんじゃないのか?女心は分からんが。」
すると、背後から社員の声がした。
「ヴァルナー副長。常務がお呼びです。お急ぎください。」
リヒトは小さく頷いた。
リヒトを見た瞬間、葛城は眼鏡の奥で、わずかに眉を上げた。
「おや。」
エリコは机の前に立ったまま、ファイルに綴じられた書類をめくる。
「聞いていると思うけど。」
顔を上げる。
「クリスタニアの船長に、あなたが内定したわ。」
リヒトは姿勢を正した。
「……光栄です。」
エリコ常務はしばらく黙ってリヒトを見ていたが、やがて眉を顰めて首を傾げた。
「……なんなの?その失恋したみたいな顔は。」
リヒトは何も言わない。
(ほっといてくれ。)
エリコ常務はファイルをデスクに置き、腕を組んだ。
「オーガスティア様と何かあったのね。知ってるのよ。」
(まったく、お陰で日向キャプテンがどれほど不機嫌になったと思ってんのよ。)
「ニューヨークであれほど全員下ろせと言ったのに、オーガスティア様とヴェイル中佐だけ残ったそうね。日向キャプテンがお怒りだったわよ。」
リヒトの表情は動かない。
だが沈黙がすべてを語っていた。
葛城が小さく頷く。
「なるほど……。」
眼鏡を押し上げる。
「失恋したんですね。」
俯いたままのリヒトの拳が、わずかに握られた。
(してない。まだ…多分…。)
エリコ常務はリヒトに背中を向け、窓の外を見た。
レジェンディアとクリスタニアが静かに佇み、メンテナンス作業が進められている様子が見える。
「あなたの操船は見事なものよ。ヘンリー船長も評価している。ダンスの腕もずば抜けているし。」
リヒトは何も言わず俯いたままだった。
エリコ常務はゆっくり振り返り、少し苛立たしげにリヒトを見た。
「でも。クリスタニアの船長としては、今のままでは乗せられない。」
リヒトがわずかに顔を上げた。
エリコ常務は続けた。
「ロイヤルネイビーから招待が来ているの。」
机を指で叩きながら、ロイヤルネイビーのマークが入った封書を見せる。
「感情は操船や判断に直結する。今のままでは、この招待も辞退するしかないわね。あと半月後に最終決定する。
クリスタニア出航は予定通り、前倒しの一ヶ月半後。もし、あなたが今のままなら、クリスタニアの船長は一時的に日向キャプテンが務めることになる。」
そう言うと、エリコ常務はコーヒーカップを両手で持ち、ため息をついた。
「それまでに色々準備しなさい。」
そして手を振った。
「もういいわ。ホテルで休んで。」
リヒトは一礼した。
「失礼します。」
その顔は、悔しさのような、切なさのような複雑な表情をいくつも浮かべていた。
リヒトが去った後、葛城本部長が椅子に深く座り、ため息をついた。
「まったく。」
眼鏡を外し、軽く拭きながら肩をすくめる。
「大馬鹿野郎ですねぇ。何があったか知りませんけど。そんなに好きなら、さっさとプロポーズすればいいでしょうに。」
エリコ常務は視線を向けた。
(あなたも大して変わんないわよ。)
葛城本部長は平然と続けた。
「船長夫人が船のコーディネーターになることも珍しくありませんし。」
眼鏡を掛け直す。
「あなたみたいな人のやり方としては、そっちの方が合理的だと思いますけどね。」
エリコ常務は小さく息を吐いた。
窓の外の海を見ながら、静かに言う。
「……問題はそこじゃないわ。船長になる男が、自分の気持ちから逃げていることよ。そんな男に、クリスタニアは預けられない。
これからあと二隻就航するでしょ。
さらに、指揮艦も建造中。
人員は慎重に選ばなければ、この後のスケジュールに響く。
まだホルムズも危機的な状況なのに——今のあの状態で、日向キャプテン程の冷静な判断出来ると思う?」
葛城本部長は小さく笑った。
BMMで最も合理的で冷静な艦隊統括を納得させるには、確かにそれくらい必要だ。
それがBMMの本質でもあった。
エリコ常務も葛城本部長も、やる時はやるんです。




