海の上の大渋滞ー暴馬VS暴馬
車間距離は大事。というお話。
あ、船舶間距離ですね。
マニラを出て数日。
クリスタニアは、南シナ海の航路混雑に悩まされていた。
元々航行する船の数が多く、大型タンカーから小型船まで、大小様々な船が入り乱れている海域だ。
日本でいえば、首都高速のようなものである。
二等航海士の三井は、思わず声を上げる。
「あ”ーーー!何回来ても慣れないっすねー。この大渋滞!」
クリスタニアは速度を落とし、レーダー、AIS、そして目視による三重の監視を続けながら慎重に航行していた。
ルイは変わらず飄々とし、フレデリクは双眼鏡で周囲の船影を追う。
これだけ船がいれば、何かが起きてもおかしくない。
「……後続が近いわね」
レーダーを見たシンシアが呟いた。
「距離、およそ1海里。大型船よ」
「どこだ?」
栗栖がAISを確認する。
「本船後続、ブルーリッジ・キンチェム」
フレデリクはその名を聞いて、思わず笑った。
「キンチェムか……これまた気性難な……」
三井が首を傾げる。
「え、そうなんですか?名前で分かるんですか?」
「キンチェムというのは、かつて存在した名馬だ。野良犬に絡まれながら走り続け、最後には蹴り飛ばして振り切ったという、気の強い牝馬でな。それだけ、あっちの船も気性が荒いということだ。」
三井は少し考え、
「それ……どっちかというと……」
ブリッジの声が揃った。
「「「クリスタニアじゃん」」」
その直後だった。
コンソール越しに伝わる反応が、鈍くなる。
操船応答が重い。
「……あらら。機嫌、悪くなっちゃったみたいだね。」
ルイが小さく笑う。
「シンシア、少し代わろうか」
「了解」
ルイは操船を引き継ぎ、舵の応答を丁寧に合わせていく。
「栗栖、キンチェムに伝えてくれないか」
ウィンクしながら指示を伝える。
「クリスタニアは、かつてブルーリッジサガと呼ばれた船だ。忘れたとは言わせない、ってね」
「それ、完全に喧嘩売ってますやん」
「いいのいいの。ブルーリッジのクルーなら、サガの気性難を知らない者はいない。あちらも分かってて寄せてきてる」
「副長もなかなかやりますな」
栗栖は苦笑しながら無線を飛ばした。
“Blue Ridge Kinchem, this is BMM Cristania. The white horse once known as Blue Ridge Saga is in a rather poor mood. Request you increase distance.”
(ブルーリッジ・キンチェム、こちらBMMクリスタニア。かつてブルーリッジ・サガと呼ばれた白馬が機嫌を損ねている。距離を取られたし)
数秒の沈黙。
“…Saga? You’ve got to be kidding…”
(……サガだって?冗談だろ……)
レーダー上のキンチェムは、ゆっくりと距離を取り始めた。
「ほらね」
ルイが肩をすくめる。
「彼らにとってはトラウマだ。自分たちが扱いきれなかった船だからね」
三井が感心したように言う。
「そんなことまで分かるんすか?」
ルイは軽く顎を上げた。
「ヨータ。よく聞いてごらん」
外部スピーカーから、大きな警告音が鳴り響いていた。
「……警報っすか?」
「キンチェムだよ。」
ルイは即座に判断する。
「他船接近に対する警報が敏感なんだろう。鯨対策の延長かもしれないけど。」
周囲の混雑は、さらに密度を増していた。
見かねたコーストガードからも警告が飛ぶ。
『船舶間の距離に注意せよ。繰り返す、船舶間の距離に注意せよ』
三井はぽつりと呟いた。
「首都高走ってるパトカーも、こんな気分なんすね……」
南シナ海の航路混雑から、すぐに抜けられそうにはなかった。
ブリッジには、深いため息が静かに広がった。
船の警告音は、他船接近によるものもあれば、火気探知など様々ですが、実際に聞いていると、まぁかなり大きな音です。




