知らぬは船上ばかりなりー仁義なきBMM
BMM本社は毎日悲喜交々。
レジェンディアより愛をこめてからお読みいただくと、おもしろさ倍増です。
タンカー部門のフロアは、妙に静かだった。
誰も声を張らない。
誰も軽口を叩かない。
理由は全員が分かっている。
―やらかした。
それも、とびきり大きいやつを。
怒らせてはいけない人物を怒らせた…。
『新造船ごときが』
あの一言。
あれを言ってしまった相手が、よりによって。
思い出しただけで、空気が冷える。
「マジでやばいって……」
誰かが小さく呟いた。
「見捨てても文句言うなよな、って言ってたよな……」
「いや……」
別の声が、かぶせる。
「俺には、“首洗って待っとけ”に聞こえた……」
笑い話のはずだった。
だが、誰も笑わない。
その瞬間、誰かがぽつりと漏らした。
「……今、流れたよな」
もちろん、何も鳴っていない。
それでも全員が同じものを思い浮かべていた。
こんな時お馴染みの
―あのメロディー。
ドスの聞いた声でもなければ、巻き舌でもない。
それなのに、とにかく恐ろしかった。
誰も口には出さない。
だが、理解だけは共有されている。
これはもう―
逃げ場がない
その噂は、あっという間に社内を駆け巡った。
"商船たちが日向キャプテンを激怒させた。"
それだけで十分だった。
そして、もう一つ。
ニューヨーク支社から、本社クルーズ部門へ報告が入る。
クリスタニア同様、協調運航の基準船となるレジェンディア。
株主一名、未下船。
一瞬、誰も言葉を失った。
あれほど降ろせと言ったのに。
「……うちもか」
誰かが、力なく呟く。
理由は説明するまでもない。
あの人は、例外を許さない。
あの冷たい声がここにも響くのかと思うと、クルーズ部門はゾッとした。
クルーズであろうと、商船であろうと関係ない。
ただ秩序だけだから。
「レジェンディア……」
「頼むぅ…早く帰ってきてくれ……」
それは祈りに近かった。
その頃、当のレジェンディアは、まだ何も知らない。
ニューヨークを離れ、一路ジブラルタルへ。
平和で、この上なく甘い時間を過ごしていた。
何事にも例外はありますが、基本的に船の運航に例外はありません。




