始まる航路ーレジェンディアとクリスタニア
リヒトとレイコの物語は、レジェンディアより愛をこめてをお読みください。
埠頭に、白い船体が静かに光を受けていた。
ただそこにあるだけで、人の足を止める。そういう船だった。
見送りに集まった社員たちは多くを語らない。ただ、それぞれの距離で船を見上げている。
タラップの下で、富士崎社長がルイに手を差し出した。
「何から何までありがとうございます。クリスタニアを、くれぐれもお願いしますね」
ルイはその手をしっかりと握り返す。
「お任せください。必ずや、ご期待に応えてみせます」
握手は短い。それで十分だった。
「ルイ」
呼び止めたのは妻のエリコだった。
「帰ってきたら、あなたのケーキが食べたいわ」
いつものように答えた。
「もちろんだよ。何がいいか、考えておいてくれ」
ブリッジに入ると、空気が変わる。
通信士の栗栖は通信系統を押さえ、機関長の谷屋は機関の応答を待つ。二等航海士の三井はレーダーに視線を固定し、一等航海士のフレデリクとシンシアは海図の前で最終確認を終えていた。
「シンガポール、マニラの順に寄港よ。それまでは、休める者は休ませて体力温存させましょう。」
シンシアはフレデリクを見上げながら言う。
フレデリクは、ふむと思案して
「そうだな。それがいいだろう。」
と返事をする。
これは試験航海ではない。
ルイが前方を見据えたまま言った。
「出港配置」
『機関、スタンバイ良し』
「舫い、放せ」
『フォア、ラインオフ』
『アフト、ラインオフ』
「タグ、スタンバイ」
外でタグが動き出す。
「スターンタグ、プッシュ。バウタグ、ホールド」
船尾がゆっくりと押し出されていく。
「デッドスローアヘッド」
低い振動が船体に伝わる。
「ポート10」
船首が静かに岸壁から離れていく。
「タグ、離せ」
外部の支えが外れた。
「ハーフアヘッド」
クリスタニアは、自力で外海へ進む。
巨大な船体が、美しい航跡と共に遠くなって行く。
やがて―長く深い汽笛が鳴り響いた。
少し離れた場所で、その様子を見ている男がいる。
日向キャプテンだ。
「商船たち、おとなしく従いますかねぇ。」
「我が社のVLCCたちはとにかく気が荒いですから。」
日向はすぐには答えなかった。
ただ、離れていく白い船を見続ける。
そして、ようやく一言だけ発した。
「ならず者を従えてこそ、女王だ」
その頃のニューヨーク。
レジェンディアは、すでに全てのゲストを降ろしていた。
それでもロビーには、一人だけ残っている。
レイコ・オーガスティア。BMMの株主であり、レジェンディアやクリスタニアのオーナーの一人だ。
「オーガスティア様!今すぐ降りるのです!」
リヒトは思わず叫んだ。
「私はこの船のオーナーの一人です。置いて帰ることなど出来ません。」
凛とした表情のレイコは、一歩進み出て更に続ける。
「私は、レジェンディアを愛してるの。置いて帰るなんて出来ないわ。…あなたも、船も。」
リヒトは驚いて目を見開いた。
腕を引き、そのまま強く抱き寄せる。
「……バカな人だ…。後悔しても知りませんよ。」
「よし!配置につけ! 直ちに出港する!」
船長の声が響き、一斉にクルーたちが駆け出した。
原子力空母ウォーアドミラル。
その巨大な灰色だけが、レジェンディアを見送った。
こうして、BMMの二隻は、それぞれに過酷な航路を辿ることになる。
ブリッジクルーのわちゃわちゃは、それからのクリスタニアでお楽しみください。
(書きながら爆笑していることもある、おーがすてぃーぬです。)




