夢が檻になった瞬間―勝者は語らない
クルーズ船でもフェリーでも、船での避難訓練は真面目にやりましょう。
モニターに、漆黒の超大型クルーズ船が映し出される。
ドバイに閉じ込められた、DMCの船―in a dream。
『日本時間で本日14時頃、ドバイ市内にミサイルが着弾した模様です。港からは多数のクルーズ船が既に出港していたため大きな被害はありませんでしたが、Dream Meridian Cruisesの船舶が機関不調のため出港できず――』
黒い船体に刻まれたDMCのエンブレム。その背後では、市内のあちこちから黒煙が立ち上っている。甲板ではクルーたちが慌ただしく警備を強化していた。
『Dream Meridian Cruisesによりますと、現在、機関は既に復旧しており、慎重に出港のタイミングを見極めたい、としています。』
ニュースは淡々と次へ移っていった。
DMC本社。
割れたカップの破片が床に散らばっていた。
「ヘルムートを呼び出せ」
すぐに回線が開く。
『副社長、ヘルムートでございます』
落ち着いた声だった。
「……とんだ恥を晒してくれたな。なぜ出港しなかった」
『申し訳ございません。港湾管制から退避命令は出ておりましたが、ゲストが誰一人として緊急事態を信じず、下船に相当な時間を要しました』
「いい笑いものだ」
クリストファーは吐き捨てる。
「ゲストの帰国手配は終えた。だが、我が社はいつまで恥を晒せばいい」
『現時点で出港しても、周辺海域では商船が攻撃されているとの情報があり、本船が無事に離脱できる保証は――』
「機雷にでもぶち抜かれたら、その時点で終わりだ」
短く言い切る。
「……しばらく、そこで恥を晒しているがいい」
通信が切れた。
クリストファーは拳を机に叩きつける。
「なぜだ……」
低く漏れた声。
「BMMの商船は通過できたというのに……なぜだ……」
その頃、東京。
残業中のオフィスでは、社員たちに夜食が配られていた。ニュースを横目にしながら、各々が箸を動かす。
「どうすんでしょうね」
「さぁな。向こうの副社長、今頃ブチキレてるだろー。」
「うちは抜けられて良かったよな」
軽く笑いが起きる。
「あとは、我らが女王様が商船を連れて帰ってくれれば万事オッケーだな」
誰かがそう言い、皆が頷いた。
同じ頃、社長室。
長引く打ち合わせの合間、富士崎社長と日向キャプテンは簡単な食事をとっていた。資料に目を落としたまま、淡々と時間が流れていく。
モニターは見ていない。
だが、ニュースの一節だけが耳に入る。
――in a dreamがドバイから脱出不能
その瞬間、日向の口元がわずかに緩んだ。
「あら?どうしたの?」
富士崎社長が顔を上げる。
「……なんでもない」
視線は資料のまま。
「君とニューヨークに行った日のことを思い出していた。クリスタニアは、君の夢の一つだからな」
富士崎社長は微笑み、グラスに手を伸ばす。
日向は何も言わないまま、カップを持ち上げた。
(クリストファー、残念だったな。)
心の中でだけ、そう呟く。
(そのまま全世界に恥を晒すがいい。
悪夢の中で、せいぜい苦しめ。)
何事もなかったかのように、コーヒーを口に運んだ。
夢のような世界だからこそ、全てがエンタメに見えてしまう。in a dream には、それほど惹きつける魅力があった、ということですね。
夢は夢です。備えあれば憂いなし、ということで。




