( 29 )暗黙の了解
ジュリアンは、息を詰めた。残っている力を込めて。
「ご先祖様、力を・・力をお貸し下さい。僕に!」
やらなくては、いけないんです。大好きな令嬢には、笑っていて欲しい。泣かせたくない。愛する者の為には全てを掛ける。
その昔、ご先祖様が人々の為に呪いを受ける事を覚悟して戦ったように。
「あ、ううっー。」
ジュリアンの身体から見えない何かが飛び出して行ったように見えた。執事は、ぐったりとした主人を涙を流して横たえる。
神のもとへ旅立ったと諦めたのだ。
屋敷では、ジョーダンの雇っている兵士達が戦っていた。たった1人の少女が。それも、武器も鎧も無い無防備だ。
「何で、剣が役に立たないんだ?」
「あれは、魔術を使っている。魔法師を呼べ!」
魔法師が駆け付けたが、歯が立たない。魔術が跳ね除けられるのだ。少女は、ほくそ笑む。
『何をしようと無駄だ。お前たちは、終わりなのだから。さあ、終われ。消え去ってしまえ!』
最後の力を解放しようとした時、屋根から何かが飛び降りる。それは、美しい若者であった。
銀の長い髪に甘いマスクの彼は、スザンヌが幽霊の館で出会った美男子だ。
「スザンヌさん、僕の声が聞こえる?」
彼は、女性と一体になっているスザンヌに呼び掛ける。しかし、聞こえている様子は無い。
少女は、自分の中に自然の神の力を吸い込もうしている。大地と海と空の力を。
若者は、背後から少女を抱き締めた。
「止めるんだ、スザンヌさん。怒りに負けたら何も残らない。君の愛する家族とも会えなくなるよ。いいの?」
ただ、怒りだけに捕らわれているスザンヌの意識に父親の顔が浮かぶ。スザンヌは、打ち消した。
「君は、忘れてしまえる人じゃない。誰も居なくなったら、寂しくて生きていけないだろう。さあ、目を閉じて。君の姿に戻れ!」
少女の両の目を若者が両手で塞ぐ。見ては、ならない。怒りに流されてしまうから。このまま暴走すれば、全てが失われるだろう。
それは、二度と取り戻す事は出来ないのだ。愛する家族や友人や都に住む人達が消え去ってしまう。たった1人が残る世界へと。
我に返った少女が自分の大切な物を無くしたと知ったら、苦しむ。ジュリアンは、自分の残った力を解放した。残り少ない命さえも。
大切な少女の怒りを沈める為に。
大天使ファレルは、その様を天の場所から見守っていた。側に居るアグアニエベが不思議に思って問いかける。
「ファレル様は、手を下されないのですか?」
ファレルは、首を横に振る。
「私に、手は出せない。あれは、神の一部だからだ。」
「神の一部とは?」
「遠い昔に、地上では人間の争いが絶えなかった。幼子さえも命を落とす酷い時間を神は耐えられたのだ。」
「耐える?罰を下されば終わるのに。」
「そうすれば、絶えず罰っさなくてはならぬ。ほれでも、人間に望みを託されていた。だが、悲しみが長く続き、神は、嘆かれた。その嘆きから「None」が生まれてしまったのだ。」
神から誕生した「嘆き」は、神を苦しむ物を消滅させる。その事で、世界は平和を保てるようになった。
「嘆き」無くして、平和な世界を得る事が出来ない。だから、天使たちには手を出さないという暗黙の了解が出来上がった。




