始まる戦いの宴
『皆の者、準備はいいかぁ!!』
「「「「オオオオオオオオ!!」」」」
魔族の国アスタリク。そこで、王が住まう城の次に、国民に重要視されている施設・闘技場。
その広大な土が敷かれただけに見えるリングの中央で叫んだ赤髪の魔王・ジャミルの声に、闘技場の客席に隙間のないほどにいた観客だけでなく、ジャミルの持つ魔道具、マイクを通して国中に響き渡った声に、国民すべてが応え、叫んだ。
鼓膜を破り、気をやりそうなほどの大歓声が物理的に建物を揺らす。
間違いなく、場の空気は最高潮に達していた。
『さて! ついにこの日がやってきた。 わが親愛なる国民諸君よ。 闘争を求める狂戦士諸君よ。 いつも自らに課している”理性”という名の鎖を引きちぎり、快楽に溺れる宴の日だ!!!』
「「「「「オオオオオオオオッ!!!」」」」
魔族は戦うことを楽しむ戦闘民族だ。
とはいえ、毎日国のどこかで殺し合いが行われるようではいつか絶滅するだろう。もっとも、それでも喧嘩は日々絶えないのだが。
だから皆、こらえている。しかしその我慢もどこかで一度発散させなければいずれ爆発するだろう。あるいは、どこかの種族に戦争という名の喧嘩を売りに行ったかもしれない。
そうならないための息抜きの場であり、宴。
戦うものはもちろん、観衆も自分では足元にも及ばぬような強者たちの戦いに興奮し、思いのままに叫ぶ。
この日の前日国中に設置された魔道具が戦いの様子を国民にさらし、そして無念にも会場に入ることのできなかった魔族たちもそれを見て観衆と同様の興奮を得て、この日だけ解禁される私闘に興じる。
公的に認められた、国中が熱気と戦いであふれる、血なまぐさい数日間の宴。
それが魔族の闘技大会だ。
熱気の中心に立っていた魔族の王は滾り、思わず己の権能を解き放つ。
赤髪の女王の背後に、鎖で縛られ、赤熱の炎をまとう暴力の化身が現れる。
山羊の角を持ち、骨だけの翼をもつ神々しさとは無縁の姿。拘束されていて尚抑えられぬ破壊衝動の塊がその姿を現した。
”悪魔”の王である。
それが具現化した途端、周囲の様子が一変する。
快晴だった空にたちまち暗雲が立ち込め、雨は降らないというのに雷の音が断続的に鳴り続ける。圧倒的な力を持つ暴力の化身は、滾る興奮に感化され高ぶり、それが天候さえも変えたのだ。
それに観衆は怯えることはない。むしろ逆。
これからの祭りの熱気が天候さえも一変させたのだと、その興奮をより一層強いものとした。
『それではこれより!! 第・・・何度目かは忘れたが!! 闘技大会を開始する!!』
「さて、祭りが始まったってーのに、ずいぶんと神妙な雰囲気じゃねえか。 え?」
不機嫌そうにそう口にしたのはアドラ・ルーヴェン。人族で最も巨大なルーヴェン国の王である。
彼は国王という立場から、息抜きできる機会というのがそもそも少ない。それにどちらかと言えば武闘派である彼にとって、この闘技大会というのは純粋に楽しみたい催し物であったのだ。
しかし「ある理由」から会場とは全く別の場所に招かれた彼は結果として防音されていても聞こえてくる歓声を聞くだけという、ひどい生殺し状態にあっていた。
「仕方がないでしょう。 今回はあちこちで不穏な動きが多すぎます。 国家間の問題がない分、こういう時にこそあなたには動いていただかないと」
「チッ・・・・・・。 わーってるよ」
テオフォンの諭すような言葉にアドラはしばらく不満げだったが、ふと同じく彼の付き添いとしてこの場にいる男に水を向けた。
「そういえば、お前が戦う予定だった奴・・・・・・とんでもない化け物だったって話だけど、この大会に参加してるんだろう? 実際どんなもんなんだ?」
「どれ程、と言われましても・・・・・・むしろそれは私よりもテオフォンさんのほうが詳しいかと。 私は剣を交わしたことすらないのですし」
シレイはそういうとテオフォンに視線を向ける。
その視線を受けたテオフォンはしかし、どう答えた者かと思案する。テオフォンはセフィリアという女性のすさまじさを目にしたが、それを説明しろと言われても”未知”の強さを語ると「凄かった」というようなありきたりなことしか出てこない。
どちらかと言えば裏方であるテオフォンにとって、そのセフィリアも、アドラも”未知”の強さの持主。両視野の力はテオフォンの物差しで測ることはできなかったのだ。
「そうですね・・・・・・”規格外”、としか。 少なくとも彼女が私に示した力はそれほどの物でした。 それ以上は何とも。 私では推測もできません」
「ふむ。 だがお前がそういうってことは少なくとも、俺と同等以上の力の持主ってことか。 だとしたらシレイ、ご愁傷さまだな」
「もう少し心配してくださってもいいのですよ、アドラ様・・・・・・」
自身の主君と同等以上。
アドラの強さを知るシレイからすれば、それは十分に凶報であった。
「全く、この時期は暑苦しいわ。 ・・・・・・ま、それがこの国の特色ではあるのだけど」
『良いではないか。 辛気臭いよりはずっとましだ』
アスタリク上空。
そこで滞空する黒龍ニーヴィル。その背には彼のつがいである古龍、フリージアがいた。
姿はどう見ても人であったが。
「ニーヴィル、感じる?」
『・・・・・・ああ。 確かに感じる。 この国にいる魔族ではない。 この大陸そのものに膨大な力が満たされている。 少しではあるが、今も増え続けているようだな』
ニーヴィルのその言葉に女はため息をつく。
それが何を意味するか分かっているからこそのこの反応だ。
フリージアからすれば星どころか、世界滅亡の危機に瀕している中でこんな祭り騒ぎをしている姿は間抜けにしか見えず、苛立ちを煽る。
背に乗るつがいのその変化を機敏に感じたニーヴィルがそれをなだめることで、何とか手を出す前に踏みとどまったが。
「最早猶予はないわね。 早いところ目覚めを煽ってる馬鹿を探さないと・・・・・・」
『確か、アーカルム教だったか?』
「ええ。 終末思想の元で動く馬鹿ども。 最初はその名の通り”アーカルム22王”関係で何か企んでたけど、少し前からあちこちをひっかきまわしていたみたい。 ・・・・・・故郷で聞いてきたわ」
フリージアは古巣に戻ることを嫌う。
それは彼女の古巣には老齢の龍ばかりがいるにもかかわらず、かつての”天と地の戦い”で恐怖し、外界との接触を拒絶した負け犬の集まりだからである。
だが当時わずかにしか生き残らなかったうえに、寿命で今は直接それを目にした者は皆生きてはいない人型種族とは違い、心身ともに深手を負ったとしても持ち前の強靭さで生き残った彼らの知識は貴重であることに間違いはない。
だから今の減少に心当たりのあった彼女は毛嫌いしているにもかかわらず、その伝承を確かめに帰郷したのだ。
「あの通夜のような空気・・・・・・全く、事が起きる前に全て諦めている老いぼれには虫唾が走る」
ニーヴィルとて、彼女と同じことを思わないわけではない。しかしニーヴィルには、彼女の言う”老いぼれ”のいう言葉が、どうにも妄言とは思えなかった。
脳裏によみがえるのはあの時。
数いる古龍の中ではどうか知らないが、それでも強き龍であった自分を平然とねじ伏せた、あの神の如き存在。セフィリアだ。
彼女の強さは到底、人どころか、生物の範疇に収まる物ではない。
神に近い存在であることはその力からも疑いようがなく、実際相手もそれを認めている。そんな存在に出会ったことがある以上、最早生きることさえもあきらめざるを得ない。そんな感情を刻み付ける存在がいたとしてもおかしくないように思えたのだ。
『ともかく急ごうぞ。 どんな時であれ、早く行動するに越したことはないのだからな』
場所は神域と人の世の狭間。
そこで多種多様な神々が隊列を組んでいる。その数実に数1000。
「このような数の神が現世で戦いを繰り広げるのは、おそらく最初で最後になるでしょうなあ」
「フン。 ・・・・・・あの者の尻拭いをさせられているようで不本意だが、前世でもできなかったぎりぎりの戦争をできることには感謝してもいいかもしれぬな」
好々爺のような笑顔を浮かべる神は、雷神トール。
老いているとはいえど、その力はすさまじい。大槌ミョルニルで敵を叩き潰し、雷を自在に操る様は歴史の中で多く語り継がれていた。好戦的な神でもある。
その横で並び立つオーディンもぶぜんとした表情ではあるが、やはり戦闘狂であるからか、これからの戦いの規模を思い、奮い立っていた。そしてそれは他の神々も同じである。
”現世に深く干渉はできない”。
この縛りを破れば自身の存在が消えてしまう可能性があるとはいえ、それでは現世に大した施しもできない。特に”戦神”と称された者らは皆、戦いを好む存在。もはや何のために存在しているのかわからない。そう思うものも少なからずいたのだ。
だから”勝っても負けても自分たちが消滅する”とわかっている神々の中に、一人として府の感情を浮かべる者はいなかった。
「・・・・・・さて、いよいよ終わりの時だね」
『準備は整ったか? こちらはすでに私以外は皆現界していたので、協力的なものには声をかけておいた。 あちらで合流するだろう』
「それ以外の”アーカルム22王”は?」
『立ちふさがったならば消しても構わん』
異形の姿のままの”世界”の王、その横にいたガイアは最終確認を済ませ、いよいよ並び立った神々に向き直る。それと同時、神域内を断続的な破壊音が襲った。
最早神域には誰も戻っては来ないだろう。
その存在の必要性がなくなったことで、神域が自壊し始めたのだ。
「さあ行きますよ、皆の者!! これが最初で最後の大仕事です!!」
それを合図に神々は神域を飛び出した。
その龍は眠っている間、ずっと同じことを思い続けていた。
かつて、自身の対の存在であるあの龍を落とした時。
自分たちよりも遥かに小さいその身に、自分たちをはるかに超える力を宿し、戦いに介入してきた憎き存在のことを。
雪のように白い髪、赤い瞳。
ただただ力を求める本能に従い生きる、”祖なる龍”である自身が欲情することはないが、それでも美しいと感じたその存在。
再生された戦いの記憶で、またも自身が敗れる。
もちろん記憶とは過去の物なのだからその結果が変わることは決してない。だから龍は苛立ち、その身を揺らす。
あまりに巨大すぎる体躯が揺れるだけでそれは地揺れとなり、星を揺らした。
だが龍は、喜びも感じていた。
何故ならようやくすべての傷が癒えてきており、目覚めることができそうだったからだ。
天を支配していた龍だけでなく、あの憎き者にも刻まれた傷は深く、完治にはまだ途方もない時間を要するはずであった。ところがどういうわけか、その身に膨大な力がそそがれていたおかげで、すさまじい速さでその傷が癒えたのである。
目覚めが近づいた龍は知っている。
今この世界に、かつてないほどに上質な餌が群れていることを。
抑えきれぬ欲求が、目覚めを促す。
休止していた心核が脈打った。
休眠していたことで止まっていたその体に血が全て通った時が、目覚めの時だ。
天を堕とし、喰らった帝王。地を統べる支配者、地獄龍ゾアンの目覚めの時だ。




