”王”すら御せぬ人の”欲”
さて、大掛かりな計画ほど、どこかでほころびが生まれ、狂ってしまうものだ。
それが世界を変革する為の計画ともあれば、なおさら。
突然だが、”死”の王を覚えているだろうか。
セフィリア一行がカレラと再会したきっかけともいえるかの王は、出会ったとき、セフィリアの正体も見抜けぬほどにその力を落としていた。しかもこれを、かつての力の片割れとも呼べる存在でありながら、セフィリアはさして苦戦することなく撃破してしまった。
次は神々についてだ。
イアの力を見定めるべくして訪れた神殿にて出会った女神フォルセティ。彼女をはじめとする神々は基本的に自身の存在する世界、仮に神域とでも呼ぼうか。そこから降りてくることはなく、傍観に徹している。
これらはすべて、”頂上の力を持つ存在は、現実に干渉してはならない”という大前提が存在するからだ。
それを破ってしまえば力はみるみるうちにそがれ、”死”の王のようにその力を大きく落としてしまうことは避けられない。アーカルム22王はそれでも目的のため、そして、自らの欲のために顕現し、人とかかわりを持っているが、その存在が薄れ、やがて消えてしまうのも時間の問題であった。
神域。
人ならざる、神々の住処であるいわば別次元に存在する空間。そこで今、めったに見られない光景が広がっていた。
巨大な円卓を囲う老若男女すべてが、何かしらをつかさどる神。その誰もが一様にまじめな顔で何かを待っていた。
やがて上座に当たる位置に、一人の女性が現れる。
現れる、というのはあながち間違った表現ではない。扉を開けて部屋に入ってきたわけでもなく、空から舞い降りたわけでもない。光とともに、静謐な空気をまとった女神が現れたのだ。
名をガイア。神々を束ねるものであり、大地そのものをつかさどる神である。
神の姿は不変のものではなく、変幻自在だ。
ガイアは動きやすさから幼子の姿を好むが、こういった場であれば威厳ある姿をとるのは自然なことである。
「皆、よく集まってくれました」
その声は静かで、威厳あるもの。なぜか遠く離れた位置に座る神であってもその声は明瞭に聞こえ、神はそれぞれ無言で首を垂れた。
「世界に災厄がもたらされようとしています」
どよめきが起こるが、それに構わずガイアは話を進めていく。
「世界を滅ぼす可能性を孕んだかの龍が、意図的にその眠りを覚まされようとしているのです。 かつて、天と地を支配していた龍の争いに関しては、われらを生み出した存在でもある世界の意思・・・・・・今はセフィリアと名乗る彼女のおかげで、難を逃れましたが」
「ふん。 何故今回その龍が目覚めることに大慌てしている? 一度は防いだ災厄だろう。 なら二度目も同じことではないか」
ガイアの言葉に横槍を入れたのは、鋭い目つきの巨漢。
まとうのは服ではなく鎧。しかしその顔の左半分にはひどい傷があり、布切れがまかれてはいるものの、隠しきることはできてはいない。そしてその傷はファッションなどではない。
彼こそは永遠に続く戦いの世界、神々の戦場を治めていた戦神であった、オーディンだった。
かつてセフィリアの気まぐれで滅ぼされた神は今、ただ「必要になったから」という理由で蘇り、ここにいた。邪魔だったから消され、必要になったらまた生み出され。まるで道具のような扱いをされたからか、オーディンの言葉には棘がある。なぜなら一度目の災厄をしのいだセフィリアという人物が自身を殺した存在であると知っているからだ。
「確かに、そう考えるのが普通でしょう。 しかし、龍という存在は非常に特殊です」
「それは、”力を蓄え、より強くなろうとする”特性のことを言っているので?」
「そう。 あなたならば、龍が我ら神すらも凌駕する災厄となる可能性があるということを理解できるでしょう? 龍神よ」
龍神と呼ばれた緑の神に黄金の瞳を持つ青年は重々しくうなずく。
龍神という名の通り、龍という存在を生み出し、そしてその頂点に君臨するこの神こそ、その力を与えた張本人であるのだから。
しかし、と、龍神はガイアに異を唱える。
「とはいえ、世界を乱す存在とならぬよう、呪いとも呼べる制限をかけていたはず。 いくら何でも、神をも超える力を得るとは思えないのですが」
制限とは、魔力の過剰摂取により起きる、魔力暴走のことだ。
力の吸収はすなわち、この世界では魔力の吸収といっても間違いではない。神をも超える力を得ようとするならば、それこそ龍といえど、心臓がいくつあっても足りぬだろう。神とはそれだけの力を持つ存在なのだから。
その疑問に対する答えは、ガイアではなく、どこからともなく響いた声により告げられた。
『その制限をかいくぐる方法が一つある。 龍を神、あるいはそれに近しい存在に成り上がらせ、神の力をも受け止められるほどにその器を肥大化させるという方法が』
「「「「「!?」」」」」
「何者だ!?」
その声は神々の知るものではなく、戦慄が走る。
皆が困惑する中、もとより苛立ち、気が立っていたオーディンが即座に反応し、怒声を上げる。
それに答えるように、異形は姿を現した。
人の姿をとる神々、それを見下ろすほどの巨大さを誇るそれは、すべてを塗りつぶすほどの黒に、脈打つ赤い心臓のようなものを浮かべた、ナニカ。
例えるならば、クリオネであろうか。もっともクリオネのように愛らしい形ではなく、のっぺらぼうの歪な人型で、表面から動物の顔、骨、あるいは機械、道具、様々なものが浮かんできては沈んでいくという、おぞましい姿ではあったが。
『神々よ、我はアーカルム22の王が一柱、世界の王。 我等の使命は新世界の創造であるが、我はこの世界の破滅を望むわけではない。 此度は破滅を回避するべく、我が知りゆる情報を与えんと参上した』
その姿と名乗りに、いよいよ場の空気は剣呑を通り越して殺気立ち、それぞれが本性を現し、侵入者を滅ぼそうと力を解き放つ。
愛馬にまたがり、必滅の槍を手にしたオーディンをはじめ、黄金の輝きを放つ神々しい龍やら、様々な姿へと変貌した神々が臨戦態勢となり、場はいよいよ混沌と化す。
だがそれをとどめたのも、この場を取り仕切るものであるガイアの一喝であった。
「静まれっ!!」
たったの一言。
しかし普段であればまずありえない彼女の怒声に、場は一瞬にして静寂を取り戻す。
それを確認してから、ガイアは改めて口を開く。その姿はほかの神々とは違い、この場に現れた時から変わらず、美しい女性の姿、女神としての姿を保ったままだ。
「”世界”の王は、私がこの場へと招いたのです。 何故、等とくだらないことは言わぬよう。 それだけ深刻な事態に陥っているということの証明だということぐらい、冷静になれば気づくことでしょう。 さて、では皆、一度話に耳を傾けよ」
有無を言わさぬように矢継ぎ早に告げられたその言葉を合図に、”世界”の王は改めて口を開く。
とはいってもその異形の姿に口はないのだが。
『では語ろう。 事の発端は、自らの使命にかられ、先走った同胞の過ちだ・・・・・・』
そして”世界”の王が語ったのは、彼が現状知りゆる、”教皇”、”女教皇”の軌跡だった。
アーカルム22王。
それらは神とはまた違った使命を持った、22の超常の存在だ。しかしその王たちの統率はまるでなく、その使命感も様々だった。
現状でも構わないと、使命を放棄し、黄昏るもの。中立の考えを持ち、積極的な行動を見せぬもの。強い使命感を持ち、どんな手を使おうとその役目を果たさんとするもの。先の王、”教皇”、”女教皇”の王が、まさしくそれであった。
その2つの王は、新たな世界を創造するべく、まずは自ら新たな世界を創造することを試した。
しかし、これらの王の力だけでは、創世などできなかった。それもそのはず、新たな世界が創造されることは、セフィリア、世界の意思の代行者ともいえる彼女によって不可能とされてしまっていたからだ。
このことは世界を管理するものとして、世界の情報を掌握している神々、例外的にセフィリアに興味を持っていた”世界”の王は知っていたが、他の王は一切知らぬことであった。
彼女を危険因子として監視していた神々と違い、別段気にする理由もなかったのだから当然だ。
しかしそんな事は知りもしない王は、禁忌とされていた行動を知らずのうちに行ってしまったことによって、その力を大きく削がれてしまう。それこそ、カレラにとりついていた”死”の王の弱体化とは比べ物にならないほどに。
だから2柱の王は決める。
自身の存在を犠牲に、人の子にその意思を託すことを。
だがこの2柱にとっての誤算があった。
それは、意思を託した人の子が、どうしようもなく歪んでいたこと。
一方で。
セフィリアはというと、詩人エルフ・リカンにつかまり、今までの話を根掘り葉ぼり聞かれていた。
話している中でセフィリアの頭の中で、すさまじく濃厚だった1年足らずの物語が再生される。イアと出会ってから、セフィリア自身はもちろん、彼女を取り巻く環境さえも大きく変化した。今まで存在さえも知らなかった神、そしてアーカルム22王。それが頻繁に接触するようになったのも、思えばそれが先駆けであった。
鼻息荒く、何やら新しい歌を作っているらしいエルフを横目に、セフィリアは思考の海に沈む。
そもそもアーカルム22王は新世界を創造するために今ある世界を滅ぼそうと考えている危険集団という話を神から聞いたが、今のところ、我欲のために動く者とは会っても、そんな危険思想の持主とは会っていない。果たしてアーカルム22王とやらは、本当にそんなことを考えているのだろうか。そんな疑問を抱く。
というか、そうなるくらいなら、”新たな世界を創造することの禁止”という制限を解けばいい気がしてならない。
何せその制限は、セフィリアの思いつきで決められたものであり、絶対に必要なものではない・・・・・どころか、今となってみれば邪魔なものでしかない。
そこまでわかっていながらしかし、セフィリアはそれをしない。いや、できない。
何故なら今のセフィリアにそんな力はないからだ。
最も、”死”の王から力を奪ったように、別の存在として生まれ変わったかつての自分の力を取り戻せば不可能ではなくなるだろう。だがそうすれば最後、セフィリアはまた意思なき存在となり、この世界で一つの命として生きることはできなくなる。それがセフィリアは嫌だった。
イアの成長を見たい。ゴスペルはじめとした仲間たちとまだ旅をしていたい。
皆と共にいるだけの1年間は、セフィリアが今まで存在していた幾億という年月よりもはるかに価値ある時間だったのだ。
だからセフィリアは、まるで子供のようにわがままを通し続ける。
今の楽しい日々を、もう少し、もう少し、重ねたいが為に。




