久方ぶりの休息
ぶっ飛び組の日常
アスタリクの宿屋で質は期待しないほうがいい。
というのも、アスタリクで言う”質のいい”とは、恐らく人とはまるで基準が違うからだ。高級宿と言われれば、一般人では入ることすらためらわれるような調度品に彩られ、いかにも「高い部屋」、というイメージが浮かぶが、アスタリクは違う。安宿も高級宿も部屋の構造、装飾はまるで変わらない。変わるのは置いてあるベッドの質に、出される食事の量が増える程度だ。
そのことをセフィリア一行は各々、実際に泊まってみることで実感したのだった。
アスタリク滞在2日目。
宿で一泊した後は、闘技大会の開催される日、日数にして3日程になるが、その期間は各自自由行動となった。
とはいっても、セフィリアとイアは相変わらずセットで行動しているし、カレラも2人と一緒に行動するということで、結局3人はいつも通りということになった。違うのは他の4人だ。
オーギュストは最初に言っていたようにアスタリクならではの鉱石を求め、イアの武器‥‥‥ではなく、セフィリアの剣をもってアスタリクの山岳地帯へと旅立ってしまった。
というのも、イアの武器はゴスペルが改造するまでもなく、前回の戦いでイア自身が全く別の物に変質させてしまい、すでに自由自在に変化する新たな武器として確立してしまったのである。いわば、派生強化の最終段階に至ってしまったのだ。こうなってしまうと最早オーギュストに入り込む余地はなく、それ以上の強化は断念せざるを得なかった。
しかし意気込んでいたところをくじかれてしまったことに変わりはなく、不完全燃焼であったゴスペルが目を付けたのがセフィリアの剣であった。というのも、セフィリアは確かに剣を使うものの、その気になれば剣など使わず戦う事だって可能だ。どころか、元々武器など使わない戦いをしていた彼女であれば、実際の所、剣は必ずしも必要な物ではなかったのである。そのことに目ざとく気づいたオーギュストはセフィリアに頼み込み、剣を譲ってもらったというわけだ。
もっとも彼女からすれば剣なぞいくらでも作れるので、頼まれずとも作ったのに。そう思っていた。
そしてゴスペルは、突然様子がおかしくなってしまって以来、どこか本調子でないサリィと一緒だった。
寧ろ、今回の個人行動はこの2人に気を使っての物だという事は誰しもが理解するところである。
サリィはもちろん、皆に心配をかけないよういつも通りの態度を心掛けていたし、その演技は素人目なら全く気にならないレベルだったと言えよう。だがその振る舞いは異常なレベルの観察眼を持つセフィリアやカレラはもちろんのこと、他の仲間たちには無理をしていると一目でわかった。夫でもあるゴスペルは特に。
「ごめんなさい‥‥‥‥でも、ありがとう」
セフィリアが自由行動を決めた時、そういったサリィの姿にいつもの元気はなく、仲間たちはいつもではまるで想像もつかないような彼女の姿に、ただただいつも通りの彼女に戻ってくれることを祈るだけだった。
事情はどうあろうと、久しぶりの自由行動であることは事実。
少し無神経かもしれないが、それでもイアとセフィリアはこの時間を楽しんでいた。
場所はアスタリクでも1,2を争う危険地帯、荒野だ。
そこは街の周辺とは比べ物にならない程の荒れ様で、水場などなく、ともあれば植物も当然生えているわけがない。食物連鎖の成り立たないその地には、動物も存在しない。いるのは生態系という枠組みから逸脱した怪物だけである。
―――――――――――――ッ!!!
そんな怪物の叫び声が荒野に響きわたる。
その叫び声はある種の催眠のように、気づかれないレベルで聞いた者の思考を混乱させる効果を持つ極悪な物だ。餌が皆無と言っていいこの場所に、奇跡的に訪れた得物を一匹たりとも逃さないために身に着けたのだろう。
怪物に名はない。何せその姿を見たものはおらず、仮にいたとしても、この怪物から逃れることなどできず、命を落とすのだから。
「やかましいぞ」
しかしセフィリアが指をぱちんと鳴らすと、まるでそれをかき消すように心地の良い歌声が響き始めた。
セフィリアの周囲には色とりどりの光の玉が浮いている。それは一見していつもの魔力光の様であったが、よくよく見ると、その光は可愛らしい小人であり、それが楽しげに歌っているのである。
リカンの楽器にも宿る精霊だが、彼らは魔力から生まれる。
それが様々な条件を満たしたとき、自我を持った精霊となって顕現するのだ。
しかしリカンの精霊がそうであるように、精霊は基本的に物に宿ることが多い。それは魔力がなくなってしまえば消滅してしまう存在であるため、何かを依り代とすることで存在の安定を計るからだ。
ところが何事にも例外というのは存在する。発生した精霊の中には、依り代などを必要とせず、一つの生命として存在できるものがいるのだ。それらは精霊とは呼ばれず、妖精と呼ばれ、別格の存在とされる。
そして今、セフィリアの周りで舞う小人たちこそまさに、その妖精であった。
リカンの楽器に宿る精霊は、リカンに本来ならば使えない、戦闘系の魔法の際を補うという役割を果たしている。このように魔力から生まれる精霊や妖精は、破格の能力を持つ。
セフィリアが生み出した妖精たち、その能力はこの場に最も適するよう、セフィリアが調節したもの。その能力は見たまま、”歌う”ことだ。
「「「~~~~♪」」」
勿論ただの歌ではない。
その歌は怪物の叫び声を打ち消し、明るい音色で戦う者達の心を高揚させる。
「この音楽‥‥‥‥昂る! いいね、なら、こいつで豪快に暴れてやるよ!!」
まるで人が変わったかのように叫んだのはイアだ。
彼女は元は近接特化で、武器も手甲しか使わなかった。しかし先の戦いで覚醒を果たし、今や扱える武器に限りはない。そしてその腕は超一級の戦士さえも凌駕する。
「行くぞ? 頼むから1分持ってくれよなあ!!」
彼女の武器が光るとともに姿を変える。重い音と共に大地に突き立てられたのは、ゴスペルが扱うものよりも巨大、長さはイアの倍以上はある極大剣だ。
それを信じられないことに片手でひょいと取り上げると、雄たけびと共に怪物へと斬りかかった。
怪物の姿は異様の一言だ。
荒野に根を降ろす数10、いや、数100mはあろう巨木。だがその幹にあたる部分には気味の悪い顔の様な亀裂があった。枝のように見えるものの先をよくよく見れば、その先にあるのは花でも何かの実でもない。おそらく今まで怪物に捕食されたのであろう哀れな獲物たちの成れの果てであった。
腕であったり、頭部であったり。それが何かを必死につかもうともがいているのだ。
怪物にそんなつもりが無かったとしても、あまりに悪趣味なその姿にイアは顔をしかめ、その憂さを晴らすかのように振り下ろされた枝の一つを、両手に持ち直した大剣で豪快に切り飛ばした。
だがおそらく、植物が原型であろう怪物に痛覚は存在しないのだろう。
枝が斬り落とされたことをまるで気にせず、次々に無数の枝が振り下ろされる。
しかし残念ながらそれでイアに傷を付けることは叶わない。それでも、その動きは迎撃のために止められてしまう。
「あら、じゃあお先に失礼して」
「あ!! ずるい、カレラさん!!」
イアめがけて振り下ろされた枝。それをイアが受け止めている間に、いつの間にかイアと同じ位に怪物に接近していたカレラが足場にして怪物の本体である幹へと駆け上がっていってしまったのだ。
しかもご丁寧に怪物が暴れて足場が不安定にならないよう、その枝を地面ごと凍結させてしっかりと固定している。
「植物って血が通ってないから嫌いなのよね。 でも、氷が使える私にとって、雑草駆除は得意分野よ」
そう言いながら不敵に笑ったカレラは、冷気を周囲へと放ち始める。
それだけでは大した攻撃をしているように聞こえないが、しかし怪物からすればたまったものではない。元より植物がベースの怪物にとって火や極低温は、致命的弱点である。だが環境故に火に対しては強い耐性を有していた。一方で、環境的にも縁の無いものである冷気に対しての耐性は、最早完全に喪失していたのだ。
人で言うならば、体の表面をバーナーであぶられているようなものである。しかもじっくりねっとりと。
ギィオオオオオアア!!?
「あら? 痛いの? でもこんな程度で死なれたら不完全燃焼もいいところだもの。 まだまだ死なせてはあげないわよ?」
実にいい笑顔を浮かべながら走り続けるカレラは、絶妙なさじ加減で冷気を操作し、怪物を痛めつけていく。
たまらず、怪物は枝のさほどがカレラを振り落とそうと矛先をイアから逸らした。
「私をほおっておくなんて、いい度胸!!」
だがその明確な隙を見逃す程イアは馬鹿ではない。
数が少なくなった枝をぶった斬ると、極大剣を担いで枝を駆けあがっていく。
一人を振り払おうとして、二人目の侵攻を許してしまった怪物。
いい加減にしろとばかりに、怪物はその身をぶるぶると振るわせ始めた。するとどういう原理なのか。枝の一部と化していた者達が、なんと分離し、枝につながっていたそのままの姿で2人に襲い掛かったのだ。
その数は数えるのもばかばかしくなるほど。
いくら怪物が巨体で、その枝もかなりの太さもあるとはいえど、その上は隙間なく埋め尽くされるほどになっていた。中には本当に収まりきらずに枝から落下した者達もおり、重力に逆らえずひき肉のような姿にその身を変えたものの、しかし数秒後には何でもないように動き始め、彷徨い始める。
その様相はいくつもの浮かばれない者達を産み落とし、従えている様であり、地獄という言葉こそ正しい。
だが‥‥‥‥‥
「こんなのでどうにかできるとでも!?」
イアが剣を振るう。
少女がふりまわしているとは思えないほど巨大な大剣は容易に怪物の僕たちを再起不能なまでに引き裂いた。
それも一度では終わらない。今も怪物の声を塗りつぶすように鳴り響く、セフィリアの妖精たちの歌声に合わせ、彼女もまた暴れ狂う。斬ってはまた斬り。
足も止まることはない。無数にいたはずの怪物の僕、その数は見る見るうちに減っていく、その光景は痛快ですらあった。
「数が多ければ何とでもなると思うのは‥‥‥‥‥ 馬鹿の考えね」
カレラはそう嘲ると、あえて身に纏う冷気を消し、代わりに鎧を身に纏った。氷の戦乙女は氷剣を手に疾走する。おそらく冷気を全力で放ち、本体を凍死させてしまえばそれで終わりだろう。
しかしそれでは味気ない。面白くない。
何より‥‥‥‥妹分に力を見せつけることも、重要な事だろう。
「イアちゃん、勝負しましょう? この木偶を倒した数で」
「む、いいね。 望むところ!!」
この2人からしてみれば、怪物の力など畏れるまでもなかった。
何しろ彼女らはもっと強大な敵と相対したことも一度や二度ではない。更には、彼女らの慕う人物は、その敵でさえ、片手間に倒すことのできる超越者なのだ。それに比べれば、なんとこの怪物の脆弱な事だろうか。
こうして怪物の巨体は、2人の遊技場と化したのである。
怪物の僕であるゾンビ達は、その気味の悪い体を引きずりながら敵へと襲い掛かる。随分と遅いその動きは、死体と何ら変わらぬ存在であるが故。
常人であれば薄気味悪さに腰を抜かすことだろう。そして成すすべなく、この哀れな奴隷の仲間入りをするのだ。
「おらぁ!! 消し飛べ! 私の力を思い知れぇ!!」
黒衣の少女が暴れまわる。
得物のあまりのリーチに、彼女を中心とした半径2m程は、完全な空白地帯となっていた。とてつもない数のゾンビを斬り殺したその剣にはしかし、血は一切付着していない。それは高速で振り回されるがゆえに、付着した血もすぐに払われてしまうからだ。
代わりに彼女からは絶えず血の雨が降り、周囲には血特有の生臭い匂いが立ち込めていた。
「ちょっと? 血の匂いが服にうつるわよ? まあ私にその心配はないけど」
カレラが呆れたように言うが、興奮状態にあるイアの耳には届かない。
自分は氷に身を包んでいるために匂い移りなどしようはずもないので、気にせず蠢く肉塊の群れへと突っ込んでいった。
「さ~て。 ”切り刻め”」
カレラの周囲に浮遊する氷剣が、声に従い乱舞する。
人に振るわれるわけではなく、ただただ敵を切り裂くために自由自在に動き回る剣の殲滅力は恐ろしい。しかも仮に砕かれようともすぐに再生可能、尚且つ触れるだけで凍傷はさけられない氷剣ともあればなおさらだ。しかもそれを指示した本人も接近戦で次々と骸を作り出してゆく。
こちらは血の代わりに、それが凍てつき、固まった、赤い氷片がまき散らされ、さながら赤い吹雪を生みだしているようであった。
やがて枝の上にあふれかえっていたゾンビ達は全て死に絶え、そうすれば2人は次なる枝へと飛び移り、同様の作業を繰り返す。移る際にきちんと枝のまるまる一本をカレラが凍らせ、凍死させた後に、イアが大剣で木っ端みじんにして再起不能にしていくため、無数にあった枝は徐々にその数を減らしてゆく。
異形の姿とは言え、数十秒ごとにその枝が砕かれ、禿げていく光景は、急速に枯れていくのを眺めているかの様だ。
そんな光景を見るものは、果たしてどんな感想を抱くだろう。
おぞましい怪物に圧倒的な戦いをする2人に感動するだろうか。
しかしそれが彼女たちと同等、あるいは、それ以上の力を持つ者だった場合はどうだろう?
「「「女王様~」」」
「はぁ。 退屈だ」
最早悲鳴しか上げなくなった怪物の声に混乱をもたらす効果などは既に存在せず、手持無沙汰となったセフィリア、妖精たちからすれば生みの親、女王様は2人が暴れる様子を見ながらも、楽し気にする2人の中に入っていくことができず、じゃれついてくる妖精たちの相手をしていた。
彼女はイア達、仲間と共に旅をすることによって、その人間らしさは以前とは日にならない程になっていた。今も、”空気を呼んで”、2人の勝負に水を差さないように傍観していたのである。
しかしそれも限界だった。
「『炎神の咆哮』」
ドガアアアアアアアアアアアアアアア!!
セフィリアの魔法が、炎に耐性を持つはずの怪物の巨大な幹を吹っ飛ばす。
それはつまり、ちょうど中心から巨木がへし折られたのと同じで。
「「ちょっとセフィリア(さん)!!」」
当然、怪物の上にいた2人は崩れ落ちる怪物の上半身(?)と共にすさまじい勢いで放り出された。
「「「女王様、すごい~!!」」」
「ふん」
2人の非難の叫びに、セフィリアは不機嫌そうにそっぽを向いただけだった。
‥‥‥‥目算100m以上離れているはずの彼女たちが、なぜきちんとやり取りできているのかを気にするのは、今更だろう。
どんな時と状況でも、結局この3人はあまり変わらないようだった。




