トラウマ
魔族の国、アスタリク。
決して住みやすい環境にあるとは言えないその国は、国境に山脈を持ち、中には活火山も少なからず存在する。何度かセフィリアと会ったこともある黒竜・ニーヴィルが住まう地でもある。
魔族は自分らが異形の姿であるためか、基本的に見た目などにこだわりもなく、種族間の壁もない。あるのはただ、闘争心だけだ。
厳しい環境に適応しようと進化した生物程、強く育つというのは必然だ。年中火山の熱に包まれ、場所によっては毒ガスが充満する場所すらあるアスタリクで生きる生物たちは、まさにどれも等級で表しても最高クラスの物ばかり。魔族たちは、それらと戦うことなどを日々の楽しみに暮らしている。まさに生粋の戦闘民族なのである。
「魔族の国は相変わらず”くるもの拒まず”、だな」
そうしみじみと、というよりは、呆れたようにつぶやいたのはセフィリアだ。
セフィリアは計り知れないほどの時間を生きているので、アスタリクを訪れたこと自体は初めてではない。もっとも何百年前の話にはなるが、その時も今とさほど変わらず、国境に砦を置くこともなければ、国内で異国の民とあったとしても威勢のいい挨拶を笑顔で返してくれる。親しみやすいといえば親しみやすいが、少し無防備すぎやしないだろうかと、旅を経て多少の常識が身についたセフィリアは思わざるを得なかった。
その言葉に対する仲間の反応は意外にも2通りに分かれる。
ゴスペル、オーギュスト、リカンはそれに同意を示したが、サリィ、カレラは否定というわけではないが、そんなこともないと首を横に振ったのだ。イアも少し迷っていたようだが、どちらかといえば後者だろうか。
「魔族はおそらく全ての種族の中で最も戦いに飢えた種族よ。 もちろん食事も睡眠もするけれど、それよりも戦いたいという欲求の方が強い。 多分だけど、何か問題を起こせばそれを理由にすぐに戦いを挑まれるわよ?」
「私はそこまで魔族について詳しくはないけど、つまりこの国にいる限りは、常に兵士に囲まれているような状態なんでしょ? じゃあ問題を起こす気にはならないんじゃないかなあ」
「私もそう思う。 前にセフィリアさんに挑みかかってきた魔王、様?のことを考えると‥‥‥‥」
「それもそうか」
カレラ、サリィ、イアと、立て続けに並べられた理由に、セフィリアはあっさりと納得する。おそらく一番の決め手は、最後のイアの言だろうが。
魔族を統べる王、魔王であり、”悪魔”の王でもある赤髪の魔王ジャミル。彼女に突然襲い掛かられたのは今となってはいい思い出だ。そのおかげで、旅の目的の一つが定まったといっても過言ではないのだから。
そう。
一行は目的の地であるアスタリクに、ついに辿り着いたのだ。
実際、ルーヴェン王国でも辺境である村から移動してきたわけになるが、その道中色々あったにもかかわらず、移動にかかった時間は半月もかかっていない。それは常識では考えられないことだ。まあ約二名、それが普通と言いかねない者もいるが‥‥‥‥‥いや、最近だともう1人増えただろうか?
ともかく、交通の便も決して整っているわけではないというのに、こうも早くたどり着くことができたのは、仲間たちが日々研鑽を積み、強くなっているという事の証明である。
死人が出てもおかしくはない、どこの軍隊だと叫びたくなるような進み方をしてきたのだ。
常人ならばはっきり言って、一週間と立たずと天に召されただろう。事実、リカンなど最初の一週間は軽く生死を彷徨っていた。
だがそのかいもあって、というべきか、すでにメンバー全員が、国から求められるほどの実力を手にしていたのだ。
最もそのことにゴスペルやオーギュスト、サリィにリカンは気づいていない。
もちろん時系列的に最後に仲間に加わったリカンはどうしてもこの中では劣るが、世間一般の基準にのっとれば、どこぞの騎士と互角に戦うことも不可能ではないだろう。彼の楽器に宿る精霊は気づいていたのだが、このことを言うと調子に乗るのではと思って伝えてはいない。もっともリカンがそんなことをする性格ではないという事は知っていたのだが。
一行は闘技大会が開催されるというアスタリクの心臓部、魔王城近隣の城下町へと辿り着く。
そこは時期が時期という事もあり、魔族はもちろん、武装した人間の男、見上げる程の巨体を誇る獣人。歴戦の戦士の空気を纏ったエルフの戦士など、一瞬戦争を寸前に控えた国なのではと思うほどの熱気に包まれた空間がそこにはあった。
「お? アンタら旅人か? ひょっとして闘技大会の参加者か!」
「そうだ。 お前も?」
「んにゃ。 俺は観戦専門だ。 戦うのも好きだが、闘技大会なんてレベルの高い戦いに、俺如きが混ざって水を差すのも悪いし、何より俺自身耐えられねえからな」
そんな空間の中ではまさに異質な集団、セフィリア一行に声をかけたのは、下半身は馬、上半身は人、頭は獅子という、ケンタウロスの亜種とでもいうべき風貌の魔族だった。
その口調には陰険なものは含まれておらず、セフィリアは驚きをそのまま口にする。
「意外だな。 見ての通り、私含め女も多いというのに。 見下したりはしないのか?」
「まさか! アンタらだって、この国の王が誰か、知らないわけじゃねえだろ?」
「そうだったな」
魔族がいう様に、この国の王は女性だ。だというのにその規格外さは、セフィリアには及ばないとしてもかなりの物。彼女という存在は、この国に男尊女卑という概念を取り払う役割を果たしていたのである。
力こそ至上の魔族に果たしてそんな差別的思想があったのかと思うかもしれないが、だからこそ、非力というイメージが強い女性は卑下されがちだったのだ。しかし今や女性であれ、いや、むしろ女性だからこそ、もしや魔王と同じように秘めたる力を持っているのではないかという、期待の目すら向けられるようになったのだから、そういう意味では魔王の力はまさに絶大だったと言っていいだろう。
「あんたたち、なかなかやり手みたいだしな。 決めた!! 今回はあんたたちに積極的に賭けるとするか!!」
「随分と適当な‥‥‥それでいいのか?」
「ああ、というか、仮にこれで大損だったとしても、そん時は俺がまだまだだったってことだ!! じゃあな、アンタらの健闘を祈ってるぜ!!」
そう言って、魔族はその鋭い牙を見せつけるかのようにニカッと笑って見せたのだった。
「はあ、毎度のことながらすさまじい熱気だなぁ。 気が滅入る」
「ゴスペルは前に来たことがあるんだっけ?」
「ああ。 けど、その時は遠目に眺めてただけだな。 依頼で寄ったついでに。 というか、この最早常時戦場にいるかのような空気になれなくてなあ」
「そうじゃなあ。 わしも仕事柄、熱さなぞ慣れておるつもりだったが、こりゃあまた別種の熱さだな」
「しかし私としてはある意味夢の地ではあります。 なにせこういう場でこそ、伝説というものは生まれるのですから。 しかも今回は、そのキャストもそろっている! ああ、今この時から、私の頭の中はいくつもの歌で埋め尽くされていますとも!!」
『変態エルフが!! だから楽器を握る力を強めるな!!』
城下町を散策しつつ、各々は語る。その内容は街の様相についてだが、ゴスペルの戦場という例えも仕方ないと言える。
まず人の街、それも都市ともなれば、様々な店が立ち並ぶものだろう。その種類も雑多で、買い物客でにぎわう光景というのが普通だ。しかしながらここ、アスタリクの城下町ではその常識はあてはまらない。
まず店は宿に食事処、酒場に武具店、そのくらいの種類しかない。つまるところ、娯楽と呼べるようなものがさして存在しないのだ。
もっともそれは人の基準であり、戦うことが最早本能の域に達する魔族からすれば、酒場があればそれで十分というものらしい。だが人が楽しむ町として不向きだという事に間違いないだろう。
「けど、私達からすれば最も居心地のいい街じゃない? だって、私達も結構な戦闘狂の集まりだもの。 ね?イアちゃん?」
「そうだね。 戦闘狂、かどうかはわからないけど、女だからって見下されたりすることがないだけでも楽かな」
「同感だな。 いちいち絡まれるのも面倒だし」
このチームの中でもトップクラスの力の持ち主である3人、カレラ、イア、セフィリアが言うのはある意味避けられない面倒事の事だ。
彼女らは美しい。
セフィリアに関しては例えでも何でもなく造られた美の持ち主。
イアは絶賛成長中だが、毎日を力の習得に費やす彼女の体は絞られていて、余分な肉は最低限のすらりとしたプロポーション。その顔は可憐でセフィリアとはまた別種の、可愛らしい表情だ。
カレラは吸血鬼の始祖であり、女王であったということもあって大人びている。そして纏うどこか近寄りがたい空気が彼女の魅力に磨きをかけていた。
サリィも人妻ではあるものの、その快活さと親しみやすい空気は間違いなく彼女の魅力だ。周りが周りなだけに少し劣っているように感じるかもしれないが、その実力も容姿も十分上位に入る。
さて、そんな女性たちに道すがらであった男たちは、果たしてどんな反応を示すだろう?
当然だが、放っては置かないだろう。
サリィに関してはゴスペルが横にいるし、黒騎士風の鎧を着こんでいる今となってはその威圧感もなかなかのものだ。だが絶世の美女が与える誘惑に比べれば、その威圧感も意味を成さない。寧ろ我がものにしたいという欲望から手を出そうとする者も後を絶たなかった。
これに慌てるのは男性陣である。
何せ近づいてくる男たちは、その薔薇が致命的な毒針を備えている事を知らない。ゴスペル達からすれば血迷った男たちが、主にセフィリアとカレラに、殺されないかという事の方が恐ろしいのだ。心配されている2人からすれば流石にその程度の我慢はするのだけれど、と思っているのだが。
もっともイアやサリィは腕の一本くらいはまぎ取るだろうなあ、と思っており、それは正しかったので、ゴスペル達の努力は報われていると言っていいだろう。
そういう意味では、アスタリクはある意味平和な場所と言えた。
「それにしても、早いね。 もう闘技大会だなんて。 村で魔物に襲われて、セフィリアさんに助けられたのが、まだ一月も経っていないことみたい」
しみじみとイアが呟くのも無理はない。
彼女が送った日々は壮絶すぎるのだ。迷宮都市ではセフィリアの力の片割れとも言えるアーカルム22王の内の一人を下している。誰も、「実は半年も前はただの村娘でした」と言っても信じまい。
最終目標は確か王都の学院に入学することが目的のはずだったのだが‥‥‥‥果たしてそれがどうしてこうなったのか。それは当人であるイアでも最早分からなかった。
「何せ師匠がセフィリアだものね。 仕方ないといえば仕方ないんじゃない?」
「どういう意味だ? カレラ」
「あら? だって吸血鬼を簡単に任すような理不尽の弟子よ? 当然じゃない」
カレラの少しからかうような言葉に口を尖らせたセフィリア。しかしカレラはそれにもっともな理由を口にする。それを聞いた仲間たちも同様に思うがままを口にした。
「まあそうだなあ。 俺も信じられんが、とっくに俺を追い抜くほどイアちゃんが強くなったのはどう考えてもセフィリアさんの手がかかってるからだろうしな。 なんせもうこれ以上の成長が見込めないはずの俺ですら、日々強くなって言ってるのを自覚するくらいだ」
「そうじゃな。 わしも鍛冶専門じゃが、もうそこらの有象無象には負けるとは思えんわい」
「それを言うならば、私など楽器を握ることが差ほどだというのに、今では戦いさえも弱い魔物であれば十分倒せるまでになりましたよ」
「む、そうか。 まあ、強くなること自体はいいことだし、まあ、いいんじゃないか?」
いつも通りなやり取りに、サリィもその尻尾を楽し気に振りながら混ざろうとした‥‥‥‥その時だった。
「え‥‥‥‥」
それは青年だった。
紫の髪と瞳。フードを目深にかぶった姿。なにより、その匂いには、ひどく覚えがあった。
フラッシュバックするのはあの日の光景。ゴスペルとの馴れ初めともいうべきあの日の出来事。彼女を、戦いから引き離したきっかけともなった、あの日。
心臓がバクバクと脈打つ。耳はぺたんと閉じ、その尻尾は力なく垂れ下がる。
間違いない。
「‥‥‥‥おい、おいサリィ!!」
「うぁ、ご、ゴスペル‥‥‥‥?」
「ああそうだ、俺だ。 どうした? 何があった?」
ゴスペルの声に呼び戻されるも、サリィの手は震え、明らかに動揺している。
その様子に仲間達も困惑するが、ゴスペルが自分に任せるよう言ったことでその場で何かが聞かれることはなかった。
その姿はもうなかったが、見まごうはずもない彼女のトラウマが、この街に訪れているという事実がサリィを蝕むこととなる。




