それは些細なきっかけで
長らく開けてしましましたが、作者の生活の都合上やむを得ずの行動だったことをお知らせするとともに、読者の方々にはお詫び申し上げます。どれだけ時間がかかろうと完結はさせますので、どうかお付き合いいただければと思います。
イアは絶望的状況に陥っていた。
イアは心身ともに、少女とは思えない程強靭な物を持つ。
しかしそれでも深層心理として、本人も自覚できていなかったトラウマが、克服できていないものがあったのだ。それは”1人で強大な敵に襲われることの恐怖”。
最も、今のイアの実力であれば、たやすくとはいかずとも実力者と渡り合えるだけの力は持っている。だがそれでもトラウマという枷にとらわれてしまった今、その力は半減していた。
しかも対峙するのは元をたどればセフィリアの持つ規格外な力、その具現と言っても過言ではないアーカルム22王、そしてその獣に見初められた翁、”試練”の王だ。
その拳は容易に肉を切り、骨を断つであろうイアの武器と互角、いや、それ以上に打ち合い、時には蹴りも交えた猛攻により少女の体に少なくない傷を刻み付けていた。
その表情にありありと浮かぶのは、罪悪感から浮かぶ申し訳なさそうな顔でも、自身の願いを叶える大きな一歩を踏み出したことに対する喜びでもない。怒りの表情であった。
「この程度か!! 小娘、これでよく最強を目指すなどほざけたものよ!!」
対するイアは苦悶の表情を浮かべたまま、防戦一方だ。
しかも時折距離をとろうとするのだが、すぐにその間隔を詰められてしまうせいで休むことさえもできないままでいた。
当然ながら、イアはどうやってこの状況を打破しようかと思考を巡らせていたが、未だに有効な策は浮かばない。
負ければ命を落とす戦いの中、その脳は未だかつてないほどに回転を繰り返す。
しかしその分疲労は募り、動きは悪くなる一方だ。そしてそれに比例するかのように”試練”の王のいら立ちも募り、猛攻はさらに激しさを増していく。完全な悪循環が出来上がってしまっていた。
イアは攻撃を受けながら、”試練”の王の隙を作るべく魔法を放つ。
それは以前セフィリアに一撃を与えるに至った大量の火矢、”フレイム・アロー”。今の今まで、魔力の枯渇を恐れ、使わなかった奇策だ。
最もこれが直撃したところで”試練”の王にとっては蚊に刺されたようなものだろう。故にイアはそれを”試練”の王に向けてではなく、今いる部屋の天井、壁、床に、余すとこなく乱射した。すると魔法によって引き起こされた爆発によって大量の煙が巻き上がり、たちまち部屋を覆いつくす。
イアはその粉塵を吸い込みせき込みそうになるのを抑えながら、気配を消してその場を離脱した。
これに”試練”の王は当たり前の如く対応し、まるで軽く準備運動をするかのように腕を軽く振り回す。
たったそれだけで、部屋を覆いつくしていた粉塵はちってしまい、視界は開けてしまった。
どころか大量の粉塵は恐ろしい勢いで吹き飛ばされたことにより壁に小さな無数の穴を穿った。
「‥‥‥‥‥何?」
”試練”の王はここでようやく一度動きを止める。
なぜなら自身の視界の中にイアの姿が映らず、そして吹き飛ばされた粉塵により傷を追えば血痕は多少なりとも残っているはずだが、それも無かった為だ。
ここにきてようやく、イアが”試練”の王からの一時撤退に成功したのである。
それは”試練”の王にとっては誤算でもあったが、しかしようやく戦況が変化する兆しを見せたことに険しい表情を少しだけ緩めた。
「いいだろう、だがいつまでも姿を隠したままでいれると思うな」
そう呟いて、翁はイアを探すべく歩きはじめるのだった。
‥‥‥‥‥その後ろに僅かな足音が続いていたことには気づかずに。
『賭けに勝ったはいいものの‥‥‥‥‥‥ 今の私にできることは何がある? 私が勝つには多分これが最後のチャンス。 けれど今の私の持ち合わせるものでは一撃で仕留めきれるかどうかは怪しい‥‥‥‥』
イアは息を殺し、足音を殺し、極限まで自身の気配を殺しながらも、どうやって相手を倒すかに未だ思考を巡らせていた。
イアが潜んだ場所。それは”試練”の王の背後であった。
試練の王は2mを超える高身長に、鍛え上げた肉体はかなり巨大だ。
なら灯台下暗し。案外足元、それも背後は死角になっているのでは?そう予想したイアは一か八か”試練”の王に張り付いたというわけである。
無論、異常に鋭い”試練”の王に悟られる可能性はあった。しかし何度も戦いから離脱しようとしていたイアを見ているのだから、探すのであればこの場所よりも遠い場所に逃げた可能性を疑うのでは?そう思ったのだ。
結果、何とか目論見通りにイアは”試練”の王の猛攻から逃れたわけだが、それはつかの間の休息を得たとはいいがたい。
何せ隠れているとはいえ敵は目と鼻の先にいるのだ。いつ気づかれてもおかしくはない状況、その緊張は尋常ではない。そしてその緊張を解いた途端全てが終わるのだ。休むことなどできようものか。
しかもそれも時間が経てばいずれ気づかれてしまうことは言うまでもない。
「‥‥‥‥」
『!!』
ふと、翁が背後を振り返る。
イアは反射的に伏せその視界から外れるも、額からは嫌な汗が流れた。
結局1分もしないうちに翁はまた前を向いて歩き始め、イアも気取られないように気を付けながらその後を追う。
そもそもイアは半ば強制的にこの場に移動されたようなものであり、この階層がどれほどの広さを持つのかは一切把握していないが、どうやら相当な広さがあるようで、しかもそれなりに入り組んだ作りになっているらしい。思いのほか、時間はあるようだった。
『考えて‥‥‥‥思い出して‥‥‥‥ 私が今持っている物は何? 使えるものは何? ”試練”の王‥‥‥超常の力を持つ存在に対抗できる手段‥‥‥‥ 武器は決定打に欠ける。 魔法も難しい。 なら残るのは‥‥‥‥?』
ない、と思いかけたその時だった。
『超常の力、存在‥‥‥‥? 神‥‥‥‥神?』
そういえばいたではないか。
自身には仲間とも違う模範となってくれるであろう存在が。
『気づくのが遅いよ、私』
ごめんね、とイアは自身の内から聞こえた声に内心で謝った。
そしてイアの意識は自身の内へと移り変わる―――――――――――――――。
□□□
眼前の女神はイアの前で穏やかにほほ笑み、口を開く。
―――――――――今がどういう状況なのか‥‥‥‥なんて質問は無し、だよ。今からあなたに最初で最後の戦いを披露するんだから。
簡潔に説明すると、今から私があなたの体で”試練”の王を倒す。
‥‥‥‥不服?
安心して。感覚としてはあなたが戦うのと何も変わらない‥‥‥‥‥ただ私が、先の未来であなたが手に入れる技術、それを伝えるだけ。だって私は未来のあなただから。先取をするだけなの。
いい?あなたは私の技術を吸収する事だけを考えて。
私が授ける力と技術、その全ては遅かれ早かれあなたが手に入れるはずだったもの。習得できないものなんて一つもない。
その言葉にイアは頷く。
女神は満足げに頷くと、イアの手を取った。途端、イアの中に様々な物がまるで濁流のように流れ込んでゆく。
それは力であり、知識であり、そして、記憶―――――――――――――――
イアはそれ全てを自身の物とするべく集中する。
するとそれらは面白いようにイアの中に溶け込み、そして一部となっていった。それはさながら、新たに自分の体が作り替えられていくような感覚。
そして女神はイアに声をかける。それは反撃開始の号令だ。
‥‥‥‥‥心の準備はできた?
じゃあ、いくよ。
”女神フォルトゥーナ”の戦いを、その目に焼き付けて!!
■■■
「‥‥‥‥? どうしたガイア。 何故そんな遠い目をしている?」
相変わらず他のアーカルム22王など気にしないとばかりに、神々を束ねる者の元で娯楽に興じていた”世界”の王は、読んでいた本から視線を移すとガイアの横顔をみてそう訊ねた。
対するガイアは簡潔に、しかしその表情に悲しみの表情を浮かべて答える。
「ちょっと、ね。 仲のいい友人が1人、自分の使命を全うしたみたいだったから‥‥‥‥ 嬉しくなっただけよ」
その友人というのがガイアと同じ神であるのは言うまでもなく、そして表情とは全く合わないその言葉に何かあったのだと察した”世界”の王は特に深く追求することもなく、「そうか」と一言呟いて視線をまた本へと戻した。
その推察は的中している。
なぜなら彼女の友人は使命を果たす代わりに、”世界に対し、過干渉はしない”という決まりを破った。それが意味するのはつまり‥‥‥‥‥
けれどそれは、気にしても仕方のないことだ。
何故ならそれを知っていてなお、友人はその選択をしたのだから。あくまでも他人でしかないガイアにその意思を否定することなどできはしないのだ。
「だけど‥‥‥‥最期に一言くらい言ってくれてもよかったじゃない。 ‥‥‥‥‥バカ」
文句を言うガイアの目の端からは、人知れず透明な雫がこぼれていた。
■■■
「!? まさかわしの背後につけておったとは!! だがこれだけの敵意を向けられて、気づかぬほどわしは愚かではない!! ぬかったな小娘!!!」
突如として背後から感じたすさまじい気配に、”試練”の王は背後につけられていたことを知り、その拳を振り向きざまに放った。
しかも偶然にも場所はそれほど幅も広くない一本道。
後退はできても左右に避けることは叶わない。まさに袋のネズミ状態にイアは置かれていた。
これで終わりか―――――――――――――――そう思われたが。
”試練”の王は気づくべきであった。
イアの武器が、いつの間にやら拳ではなく、”短剣”に姿を変えていたことに。
その表情が余裕のない苦悶の表情ではなく、むしろどこか余裕さえ感じる表情に変わっていたことに。
何故なら今のイアにはその内には”神”の力が。”未来を知る自分”が宿っているのだから。
イアの金髪が揺れた。
そしてその姿は”試練”の王が認識するよりも早くその背後へと移り、そしてこれまでとは比べ物にならない程に強烈な蹴りを打ち込んだ。
”試練”の王の巨体が揺れる。
戦いは終わりへと向かって、確かな加速を始めた。




