女神消失
運命の女神フォルトゥーナ。
彼女はイアに力を与えるとき、ある覚悟を決めていた。最もそれは遥か昔、気の遠くなるほど昔に決めていた覚悟だ。
その覚悟が何なのか。それは彼女の正体を知れば容易に知ることができるだろう。
彼女は生まれた‥‥‥‥というよりは、転生した。あるいは、造られたというほうが正しい。
「誰が」、転生したのか。それはイアが。
「何に」、造られたのか。それは世界によって。
星々でさえもいつかはその光を消し、新たな星の礎となるように、世界もまた循環している。
しかし今世界は、その機能が崩壊してしまっていた。
その原因は言うまでもなくセフィリアだ。
いわば世界の中核であったセフィリアの欠損は世界のシステムに深刻なダメージを与えた。
しかし与えていたけれども、機能はしていたのだ。ところが‥‥‥‥‥
『大切な者たちが‥‥‥‥‥ イアがいない世界なんて‥‥‥‥‥!!!』
フォルトゥーナの脳裏に彼女の悲痛な叫びがこだまする。
幾つも分岐する運命の行きつく先、その果てに、イアはことごとくその命を落とす道を辿った。
本来であれば、それは”仕方のない事”であり、それは一つの事実として完結し、時間は進んでいくはずであった。
しかし最早執着とも呼べるほどにイアを愛していたセフィリアはその運命を良しとしなかった。
セフィリアはイアが命を落とすしたとき、自身もろとも、世界を破壊しつくしたのだ。
それはどんな道筋であろうと同じ、その過程がどんなものであろうと、イアが命を落とした時、セフィリアもまた壊れ、世界を壊した。
しかし世界は今もこうして存在している。そしてイアもまた、フォルトゥーナという新たな存在として生まれ変わっている。
それは世界が進むことなく、同じ時間を繰り返しているから。
そう。セフィリアが世界を破壊した後、世界はまた最初からリセットされ、そして同じ道を辿ることを繰り返していたのだ。
しかし何であれ、正しく動作しなくなれば自然と正しい動きへと修正しようとするもの。
その為に世界のシステムによって生みだされた存在こそ、セフィリア暴走のきっかけともいえる命を落としたイアの記憶、経験をより集め、造られた神。運命の女神・フォルトゥーナ。
彼女はセフィリアによって繰り返される連鎖を断ち切るべく、生みだされた存在なのだ。
それ故フォルトゥーナはイアとセフィリアを観察し続けた。
イアが生まれたその日からセフィリアが出会う日、そして結末を迎えるその日まで。世界が破壊される結末を迎えたとしても、彼女だけはその役割故に生き残り、そして観察を繰り返した。
しかし彼女が何度イアの生存を試みようともうまくいかず、失敗を繰り返しては死んだイアと言う少女の記憶と知識は自分の物としてフォルトゥーナの中に蓄積されていくだけであった。
最もそんな最悪と言っても過言ではない役割を半ば押し付けられたとしても、フォルトゥーナの中に不快感はなかった。
イアとセフィリアが一緒に過ごしている未来、それはフォルトゥーナの描くハッピーエンドでもあり、それを迎えるために必要な事なのであれば別段不快になるような事でもなかったためだ。
しかしフォルトゥーナはあることに気づく。
どうあがいても、イアの元々の能力ではたとえ限界まで鍛えていようとも、セフィリアと共に歩む中で振りかかる火の粉、その全てから身を守るには至らないと。
当然フォルトゥーナは思案した。
イアを生存させるには何とかして普通では得られない人智を超越した力を得てもらう必要があるのだ。
しかしそんな方法はそうあるわけではない。
何せセフィリアと言うこれ以上ない師が隣にいたとしても超人どまりだったのだ。イアが常人である以上いくら才能があろうと、一度の人生で得られる経験値の量には限界があり、人としての壁は超えられない。
さらにいずれ”試練”の王と対峙する事も、この問題を難解なものにしてしまっていたのだ。それはかの王の異能が起因する。
”試練”の王の異能、それは『対象に対する第三者によるあらゆる干渉を拒絶する』能力。
例えば”試練”の王が異能の対象者とした相手に別な人物が補助魔法(足が速くなるなどの効果を与える魔法の事)をかけたとしよう。するとその魔法は効果を一切発動することができず、無駄撃ちに終わってしまうのだ。それは超常の存在、つまり神の加護であったとしても同様、その加護は完全に意味をなさなくなってしまうのである。自身の力で会得した力でない限り無力となるのである。
つまりこの異能がある限り、イアは自身の実力のみで”試練”の王を打ち破らなければならないのだが、何度か”試練”の王と対峙する運命をたどったものの、その中で結局一度も勝つことができず、殺されてしまっていた。
しかしフォルトゥーナはついにその異能の抜け道を見つけ、彼女に強大な力を与える方法を見つける。
フォルトゥーナの出した答え。
それはイアの生まれ変わりに等しいフォルトゥーナがイアに同化することによって、本来なら彼女が今のルートをすすむ中では得られなかったはずの才能や技術を授けるというものだ。それは彼女が神と成って得た力も例外ではない。
もう屁理屈とさして変わらない理論になるが、例え神になって呼び名が変わっていようがフォルトゥーナはイアなのだ。彼女が過去の自分と言って差し支えないイアに力を与えたところで何ら問題は無いだろう。
だが重要なのは、同化するということはフォルトゥーナという存在はイアと溶け合うということだ。そうなればフォルトゥーナという存在は取り込まれ、消滅することになる。
それがフォルトゥーナの覚悟。
けれどそれは元より気にするまでもないことだと、フォルトゥーナは思っていた。
『私の分まで、私がセフィリアと楽しく過ごしてくれればそれでいい』
フォルトゥーナはまるでなぞかけのような自分の立ち位置を再確認してくすと笑う。
もっともそれは誰の目にも止まることはない。
今尚、彼女はイアと溶け合い、その力を与えている最中なのだ。
その姿はすでに視認できる状態になく、どころか時間が経過すればするほど彼女の存在は薄れてゆく。
それをまるで気にも留めずに、フォルトゥーナはイアに力の使い方を、己が蓄えていた才能の全てを淡々と刻み込んでゆく。
おそらく誰一人としてこれから彼女が消えていくなどとは思わない程、自然に。
しかしながらイアは感覚的にそのことを理解していた。
何故なら同化していく中、彼女の記憶をも継承されていたイアは、彼女が今何をしようとしているかも理解していたのだ。
それでもイアは何も言わないし、言えない。
イア本人は戦いの真っ最中であり会話をする余裕がないというのも確かだ。けれどそれ以上に、イアには彼女の覚悟に水を差すような真似などできるはずもなかった。
『‥‥‥‥私は何一つ心残りなんてないよ。 だって、私はとっくに死んでるの。 亡霊と何も変わらない。 自分の願いの為に神になってまで生にしがみついてた‥‥‥‥‥ でもね。 今ようやくそれから解放されるの。 成仏とは違うだろうけど‥‥‥‥なんだか晴れ晴れとした気分なんだ』
フォルトゥーナは唐突に語り始める。
もちろんイアがその言葉に耳を傾けているかなど分からない。ただの独り言だ。
けれどもその言葉に、イアはきっと耳を傾けていたことだろう。
『今のあなたならもうおそれる物なんてない。 なんなら世界最強どころか、規格外のセフィリアにだって挑めるんだから』
それは確信に満ちた言葉だ。
きっと今彼女は自身に満ちた笑顔を浮かべていたに違いない。
だけどそれは何かをごまかす為に口にした言葉の様で。
『じゃあね、イア。 死んだりしたら承知しないから』
それが最後の言葉だった。
運命の女神・フォルトゥーナ。
彼女は結局イア以外の誰にも知られることなく、最愛のセフィリアとも終ぞ会わぬままに、己の全てを託して消えた―――――――――――――――
久しぶりの投稿。時間が空いた割には短い話になってしまいましたが、重大な話の打ち明けや、大事な人との別れ程、案外あっさりとしたものだと作者は思うのです。




