”本気”の試練
一方で。
歩く理不尽と言っても過言ではない化け物は仲間たちと戯れている最中であった。
場所は作りこそ簡素なこの”試練”の迷宮の中でも最も広く、そして華美な空間。
洞窟内である迷宮の一室を彩るのはただの光源としての役割だけではない、立派な装飾として施された迷宮特有の鉱石たちだ。それらは今、この空間に吹き荒れる魔力を帯びて美しく輝いていた。
だがその美しさに見惚れる余裕がある者はいなかった。
「はっはっは! ほらほら、カレラだけか!? 私の動きについてこれるのは!! まだ本気には程遠いぞ!!」
セフィリアの口調はからかっているものまさにそれだが、しかし振るわれる猛威はその軽い口調とまるで釣り合わない。
ただやみくもに降られただけのように見える斬撃、その全てが致死の一撃であり、しかも虎視眈々とセフィリアの隙を伺う者達の急所を的確に狙った一撃だ。全てを完全に回避しなければ致命傷はさけられない。しかもセフィリアが使うのは剣だけではない。時には殴りかかってくるし、果ては魔法まで打ち出す始末だ。当然の如く全てが一撃必殺の。
「あら、そんな余裕でいいのかしら? 私もまだまだ手の内を全て晒したわけじゃないのよ?」
だがそんな状況でもまるで恐れることなく突貫し、更には余裕の笑みを浮かべて襲い掛かるのは氷を纏う吸血鬼。
彼女が纏う凍てつく鎧は、それこそ氷などいともたやすく溶かしてしまうほどの熱にさらされようと溶けることなく彼女の身を守り続け、時にはその冷気で魔法を、セフィリアの体さえも凍てつかせようとする。
最もそれだけで止まるセフィリアでもない。
だが鬱陶しいのは事実らしく、時折凍り付いた自身の服や霜の降りた肌を見ては眉をしかめていた。
そして他の面々も、それこそ必死に回避を続けるばかりでろくに近づくことすらできないものの、しっかりとセフィリアの動きを捉えてはいた。その証拠に、全て躱されてこそいるものの、時折攻撃を仕掛けているのだ。
その何がすごいのか。
ゴスペルはかなりの重装備に身を包んだまま、大剣と言う一撃一撃が重く遅い武器を扱っているのだ。そして対峙するセフィリアはと言えば恐ろしいほどの連撃を繰り出す。のろのろとしていればあっという間にお陀仏だ。そんな状況の中で攻勢に出ることができるのは称賛に値する。
オーギュストはそもそも戦闘職でない。
更に扱うのはゴスペルと同じく移動速度が落ちることは最早避けることのできない大槌だ。それを人外なセフィリアと吸血鬼であるカレラを除けば最年長の老兵は軽々扱い、喰らいついているのである。
サリィは獣人ならではの柔軟性、そして機動力を活かし、常にぎりぎりの回避を繰り返しては愛刀でセフィリアへと斬りかかっていた。そしてサリィも剣の腕に関していえば相当なものだ。しかしセフィリアの意識を裂くにに至らなかったのは単純に一撃の重みが軽すぎたためである。
だが攻撃回数に関していえばまず間違いなくダントツでトップを独走していた。
リカンはといえばそれこそ役立たずに思えるかもしれないが、それでも妨害役に徹しており、確実に他の面々をサポートしていた。
彼は攻撃能力皆無だが、そこを補うのが彼の楽器に宿る精霊だ。
精霊は自然に溶け込む存在だ。
その為森に居付く妖精族との交流が深いのである。
そんな精霊は自然物に干渉する魔法を得意とし、それを人は精霊魔法と呼ぶ。そして迷宮も大きく変質こそしてしまっているものの、自然物であることに変わりはない。精霊魔法が本領を発揮する場所なのだ。
しかし元よりそれでどうにかできる相手出ないことをリカンは深く理解していたため、攻撃を仕掛けることなくただただ妨害に徹していた。
ときに迷宮の地面が隆起したり、セフィリアが回避した先に突然溝が現れたりするのはこのためだ。
もちろんセフィリアなら、力技で何とかすることもできただろう。
更には十八番の魔法で気配を消して潜むリカンを見つけ出すことも。
しかしセフィリアはあえてそれをしなかった。なぜならそれでは全員に対する訓練、この場に合わせるならば”試練”にならないからだ。
そしてカレラだが、カレラはここぞとばかりに自身の今までに積み重ねた力、そして技の全てを、まるで誇示するかのようにセフィリアと斬り結んでいた。
セフィリアの剣はおそらく斬れぬものはない魔剣だ。しかもその特性上、セフィリアが有り余る魔力を供給してやれば仮に今斬れずとも斬れるようになってしまうだろう。セフィリアが攻撃をするときも剣で直接斬りかかるのではなく斬撃を飛ばすだけにしたり、防御するのではなく回避しているのもこのためだ。
だがカレラは武器を携帯していない。
彼女が扱うのは基本的に魔法なのだ。そしていま彼女が振るう剣も鉱物や魔物の素材などで造られたものではなく、魔法で生み出された剣。つまりは彼女が魔力切れにならない限り、無限に生みだせる剣なのだ。
故にカレラは剣で切り結び、破壊されたらまた作り直し斬りかかるという行動を繰り返していた。
そしてカレラにとってこの魔法はそう難易度の高い、つまり魔力消費の多いものでもなかった。なぜならこの剣はカレラが纏う冷気を基に生み出されたもので、何もない空間から生みだされる、つまり0から1を生みだしたわけではない。ギリギリではあるが、まだ常識の範疇に収まる現象なのだ。そういった場合、魔力の消費量も抑えることができるのである。
だがカレラは自分で宣言している通りに、まだ実力を隠していた。
何故最初からそれを見せなかったかと言えば、セフィリアの動きを観察し、確実に優位に立てるであろうタイミングで使いたかったからだ。
そしてカレラだけでない、他の仲間たちが善戦してくれたおかげで、カレラは予定よりも早く、多く、セフィリアの動きについての情報を集めることに成功していた。
そしていよいよカレラは動く。
今までずっとセフィリアに張り付いていたカレラは、不敵な笑みを浮かべたまま後ろへと後退した。
その行動にいぶかしげな表情を浮かべたセフィリアだが動きが止まったわけではない。すかさず追撃の為の魔法を数発見舞った。
だがそれを難なく回避したカレラは懐からとあるものを取り出した。
それは透明な瓶だった。そして中に入っているのは並々に入った紅い液体。
カレラはそれの栓を開けると、一息に全てを飲み干してしまった。
その正体は血だ。
しかもただの血ではない。それはセフィリアが血に飢えないようにと渡した、セフィリアの血なのだ。
吸血鬼の吸血行為にはいくつかの意味がある。
それは吸血鬼の強い欲求を満たす為と言う意味もあるが、吸血鬼は相手の血を吸うことで魔力を得るのだ。そしてもう一つ。吸血鬼にとって血は酒と同じである。
実は吸血鬼、血を吸うと酔いにも似た状態に陥るのだ。
そしてこの状態に陥った時、吸血鬼は痛みに鈍感になり、更に力のタガが外れる。
日常では迷惑この上ないが、しかし戦いにおいては反則じみた強化だ。人で言うところの酒を飲むだけでそれだけの力が得られるのだから。
そしてカレラにはこの状態の時でしか出せない奥の手があったのである。
カレラは血を呑み終えると、なんと未だ斬撃やら魔法やらを振りまくセフィリアへと突貫した。
セフィリアはその行動に目を見開きながらも自身の剣を構え、更に逃げ道を塞ぐように四方から魔法を打ち込んだ。
だがそれでもカレラは余裕の表情を浮かべたまま速度を落とすことさえしない。更には防御姿勢にはいることすらしないのだ。
これに焦ったのは周囲の仲間たちである。
だがセフィリアはその行動に嫌な予感を覚え、カレラを攻撃する姿勢ではなく、防御姿勢へと移ったのだ。そしてその勘は見事に的中することになる。
カレラは相変わらずのセフィリアの勘の良さで自身の思惑通りに事が進まなかったことに不満げな表情を浮かべながらも、その魔法を行使した。
それは長い時間をかけ編み出した、カレラだからできる魔法。
「復讐の血よ、我に仇名す全てを呑み喰らえ!」
呪詛のような言葉を発したカレラ。
その直後に、セフィリアの魔法がカレラの体を直撃した。
圧倒的威力の魔法によりカレラの片腕がはじけ飛ぶ。
そうすれば当然強烈な痛みと共に傷口からは血が溢れ出すが、しかし今のカレラは痛みを感じない。
そして驚くべきはそこからだった。
流れ出した大量の血液が紅い蛇やらコウモリやらに姿を変えると、なんとカレラの体を穿った魔法、更には今まさにカレラめがけて放たれた魔法を呑み込み、そして全く同じものを打ち返したのだ。恐るべきはその数。
カレラに放たれた魔法はおそらく5,6発。対してカレラの血から生みだされた眷属たちが放った魔法はその数と同じ数10発。それがセフィリア唯一人を目掛けて放たれたのだ。
セフィリアは防御姿勢をとったまま無意識化で魔法により防壁を築き上げる。
しかし他でもない自身の魔法、それもかなりの数を完全に受けきることはできずに、セフィリアが後退した途端にその防壁は木っ端みじん、どころか跡形もなく消え去ってしまった。
これがカレラの奥の手。
吸血鬼の間にだけ伝わる呪いの一種、「復讐の血」だ。
その能力は自身の受けた外的な攻撃を倍以上の数、あるいは威力で打ち返す強力な魔法だ。しかも呪いであるため、防ぐことはできても打ち消すことはできないという強力なものだ。
しかしこの呪い、術者も死ぬことを前提とした呪いだ。
なぜかというと、相手の魔法を完全に模倣し、さらには数や威力を増幅したものを打ち出すのは術者の血から作り出される眷属なのだが、その為には眷属には最低でも相手が魔法を放つ際に使用した魔力の倍以上の魔力が必要になる。
そしてその眷属に魔力を供給するのが術者であり、多くの場合、眷属たちに自身の魔力のほとんどを持っていかれ、最後には死に絶えてしまう自滅技なのだ。
しかしカレラは違う。
カレラは元々魔力量が膨大であるのに加え、今はセフィリアの血をそれなりに含んだ上に狂戦士のように全ての能力のリミッターが外れている。
そのおかげで、カレラは眷属たちに魔力を吸われても十分に動き回ることができるのだ。
カレラは失った鎧を瞬く間に再生させながらさらに氷の鎧をまといなおし、そして後退したセフィリアを休ませまいと襲い掛かる。
セフィリアも決して気を抜いていたわけではない。
しかしセフィリアが相手にしているのはカレラだけではなくイアを除いた仲間たちの全てだ。後退する隙を突かれることを警戒していれば、どうしても注意力が散漫になってしまう。
「ぐっ!? このっ‥‥‥‥‥」
「遅いわ! さあ、一気に畳みかけさせてらうわよ!!」
結果としてセフィリアはうまく防御することができずに、カレラの一撃を受けてしまった。
それにカレラはさらに勢いづき、そして他の仲間たちもここが好機だと一気にセフィリアへと詰め寄る。
そもそも何故セフィリアは仲間たちを相手取り、そして戦っているのか。
それはイアの”試練”をするにあたり、セフィリアでは本当の戦いをするに至らないこと。つまりは手加減をしてしまうから。
戦いとは基本的に相手の命を奪うまでが戦いだ。
しかしセフィリアはイアを殺さないし、イアがセフィリアを殺すことは、そもそもセフィリアが死ぬかどうかすら怪しい存在である以上不可能としか言えない。
だからイアへの試練はセフィリアではなく、”試練”の王が行うこととなり、そしてセフィリアは代わりと言うわけではないが他の仲間たちの”試練”として立ちはだかることになったのだ。
そしてセフィリアは、どうやら思っていたほど余裕がないことを悟り、嬉しさと共に、自身の意識から”甘さ”が消えていくのを感じた。
どうやらこちらの試練も一筋縄ではいかないようだ。




