竜爪振るう少女と氷纏う吸血鬼
試練の迷宮・第50階層<最深部>
「ふむ‥‥‥‥‥」
この迷宮の王、”試練”の王は久しい挑戦者の訪れを知り、声をあげる。
その者は老人であった。
しかしその肉体は鍛えに鍛え抜かれ鋼のごとき筋肉の鎧に包まれていた。
身長はゆうに2mを超えるだろう。
更に彼は座っているのだが、その座っている場所もおかしい。
何故なら彼の尻の下には平らな床ではなく針の筵があったのだから。
しかし彼は痛みに顔をゆがめることもなければ痛みをこらえるために呼吸が荒くなることもない。
究極の肉体を得た男。それが彼なのである。
「腰抜けでないことを祈るかの」
そんな彼が何故ここにいるのか。
それはこの迷宮の最奥までたどり着き、彼と対峙したものしか知ることはできない。
門番に許可証とギルドカードを示し、セフィリア達はいよいよ『試練の迷宮』の中へと足を踏み入れる。
その迷宮はいつかの洞窟のように壁に埋まった鉱石が淡く光を放ち、真っ暗というわけではないようだった。これ幸いと、一行は早足に洞窟をすすんでいく。
迷宮となった洞窟などには人為的に作られたとしか思えないような罠があることは有名だ。
そして迷宮攻略はそれを警戒しながら進む必要がある為、基本的に歩きながら慎重に、が普通なのだが。
ガコンッ!
「ん?」
先頭を行くセフィリアが声をあげる。
足元を見れば床が重みで沈んでいた。どうやら感圧板であったらしい。
であるなら当然、それにより起動した罠があるわけで‥‥‥‥‥
ゴロゴロゴロッ‥‥‥‥‥
1本道で横幅もたいして広くはない通路の後方から重量感のある何かが転がってくる音が聞こえてくる。
振り返ってそれを確認すれば、何であるかは一目瞭然。
それは巨大な岩石であった。
通路をたやすく塞いでしまうほどに巨大な。
しかもこの通路は若干ではあるが傾斜がついており、その岩石は下り坂を転がってきていることになる。
であればそのスピードは徐々に速くなっていくのは必然だ。
ゴロゴロゴロッ!!
巨大な岩石が一行を押しつぶさんと迫る。
が、その、今にも押しつぶされそうな一行に慌てた様子は一切ない。どころか、「だからあれほど気をつけてと‥‥‥‥‥」等と軽口をたたきあうほどに余裕の態度であった。
何故なら一行はこの程度、力任せに解決してしまう人物を知っているからである。
「あはは、すまない。 迷宮なんて足を踏み入れたのは初めてで。 ちょっと注意不足だったか」
そんなことを言いながら先頭にいたはずのセフィリアは何時の間にか最後尾、一行と岩石の間に陣取り、剣を抜くと一閃した。振り返りもせずに。
バギィッ!!
「さ、気を取り直して行くか」
岩石は一刀のもとに破壊され、ただの破片へとなり下がる。
そして何事もなかったかのように一行はまた洞窟の奥へと足を進めるのだった。
1階層は最後まで道幅は大して広くもない1本道が続き、最初の岩石トラップをはじめ、罠が多数存在する場所であった。
そしてセフィリアはそれをわざとかというほど‥‥‥‥いや、実際わざとだったのだろう。
全てを起動させ、ある時は壁から槍が飛だしてきて串刺しにされそうになったり、針だらけの穴に落とされそうになったり、天井から炎が噴き出してきたりと多彩な罠に苦しめられた、かと思いきやそんなことは一切なく。
壁から槍が飛び出してきたときはセフィリアとイアが対象だったのだが、2人共異常な俊敏性と直感でこれを回避。ただの訓練に成り下がっていたし、針だらけの穴に落とされそうになったのは後続の面子でカレラだったのだが、お得意の氷の魔法で足場をつくり難なく脱出。炎が噴き出してきたときは火炎放射器のような機械をゴスペルが炎を浴びながらも破壊した。しかしオーギュストの作った古龍の素材によって作られた防具は炎をものともせず、何ら問題無くケロッとしていた。
1階層はそんな感じで折角の罠を力技でねじ伏せられ、あっさりと突破されてしまうのだった。
2階層。
「ようやく魔物のお出ましか」
セフィリアの言葉にまるで答えるかのように階層を繋ぐ階段を下ってきた一行を出迎えたのは、狼型の魔物、ウルフ種だ。
保護色と言うのか、その体毛は暗い洞窟に合わせた黒っぽい色で、紅い瞳が爛々と輝いていた。
それを見た一行はと言えば‥‥‥‥‥
「よし、じゃあ誰が次の階層への階段に一番早くたどり着けるか競争しよう。 一番遅かったら今晩の見張りを担当する事!」
「え~!? それだったらセフィリアさん絶対1位じゃん!」
「私はどの道見張りはするつもりだったしな。 私ともう1人見張りをするのが誰かっていう話だよ」
「ああ、そういう事か」
何と競争の予定を立て始めた。
魔物たちは基本的に1つの階層に住み着いて離れることはないので階段から降りていない一行には襲い掛からず、唸り声をあげて徘徊するだけだ。
その絵の何とシュールな事か。
「じゃあイアはカレラと、ゴスペルはサリィと、オーギュストとリカンとで1組ってことにするか。 私は先に行って待っておくから。 なるべく魔物は倒さずに、な」
セフィリアはそう言うとひらりと階段から降り立ち、襲い掛かろうとする魔物たちには目もくれず、さっさと迷宮の奥深くへと走り去ってしまった。
『ギャウッ!?』
魔物たちはその後を目で追う事すらできずにその場で硬直していたが、はっと我に返ると未だに階段の上に残る6人へと目を向けた。
そしていよいよその6人も動き出す。
「それじゃあ行くよ? よーい‥‥‥‥‥ ドンッ!!」
イアの掛け声を合図に6人は一斉に駆け出したのだった。
イア&カレラ
イアはかなり俊敏な方で、この一行の中でもトップクラスのスピードを誇る。
前方より小鬼の様な魔物が襲い掛かるが、速度に追いつくことができずにうろたえているところにイアはその手にはめた相棒の武器を振るった。
オーギュストによって作り出された竜爪とでも呼ぶべきそれは、紫色の軌跡を残しながら主の敵を無慈悲に切り裂く。
その爪には返り血が付着するが、しかしそれさえもこの武器にとっては極上の餌に過ぎない。
ドクンッ、ドクンッ
武器が不気味に脈打つと、付着していた魔物の血は跡形もなく消え去ってしまった。
これがイアの新たな武器の能力。
魔物の血とは人よりも多くの魔力を含む。
もっとも魔法薬として使うには魔物の血の中でも魔力がある程度多くなければならないが、この武器は魔力を含む血であればなんでも根こそぎ吸い取り、自身の糧とするのだ。そして次なる自身の強化に向け魔力を蓄えるのである。
そしてこの世界の生き物に魔力を含まないものなどいない。
人であれ、ごく少量ではあるが魔力を持つのだ。
つまりこの武器は魔物の血を吸うというよりは、生物の血を吸い取るのである。
イアは止まらずに走り続けながらも新しい武器の使い心地に満足げな表情を浮かべる。
走りながら魔物の肉を切り裂くなんて言う荒業は武器が相当の切れ味を持っていなければできない芸当だ。
何故ならもしも刃が肉によって止まってしまった場合、どうしてもそこで武器を抜く必要がある為一度止まらねばならない。
イアが魔物を斬り伏せつつも止まらず走ることができるのは、新たな武器が肉どころか、骨も、それが包む臓物さえも、たやすく断つことができる切れ味を持つからこそなのだ。
そんなイアの様子を後ろから眺めている人物が1人。
カレラだ。
カレラは内心でイアの殲滅スピードに舌を巻いていた。
とはいえど、自分がイアと同じスピードで魔物を倒せるか倒せないかで言えば答えは前者だ。
しかしイアにできることはカレラにもできるから別におかしい事ではない、ではなく、カレラだからできるだろうと思っていたことをイアがやってのけているから驚いているのである。
しかしカレラはそれでもなお、不敵な笑みを浮かべるとポツリと呟いた。
「ふふ、いいわ。 最初は見ておくだけのつもりだったけど、私もそれなりに全力で行かせてもらおうかしら」
カレラは目を閉じると意識を集中させていく。
これはカレラのオリジナルの魔法。他にできるものはおそらくセフィリアを除き他にいないであろう切り札の一つだ。
”死”の王に思考誘導を受けていた時には本来の力を引き出せなかったのか終ぞ見せることはなかった技。
「魔装・氷柩」
瞬間。
恐ろしいほどの冷気が彼女を包み込む。それこそ、彼女を氷の柩の中に閉じ込めようとするかのように。
だがそんな愚かなことをするカレラではない。
実はこれは、とある変化をするカレラが一瞬無防備になるその時間を守る盾なのだ。
ピキッ
氷にひびが入る。
それはまるで、ひな鳥が卵の殻を割り、生れ出ようとしているかの様。
ピキッ、ピキッ、バキャア――――――――ン!!
そして柩は砕け散り、内より出でたるは氷の鎧に身を包んだ戦姫。
白く輝く魔法の氷が鎧となってカレラを包み、そこは自身の絶対領域なのだと主張するかのように周囲には凍てつく冷気を発していた。
吸血鬼の姫は笑う。
「さあ。 狩りの時間よ」
そしていよいよカレラは駆けだした。
イアはカレラならば大丈夫だろうとぐんぐん先へと進んでいってしまったのでそれなりの距離が離れてしまっていたが、何の問題もない。
本気のカレラの走りは音さえも置き去りにし、やがて今まさに魔物、犬人の群れと戦うイアを捉える。数が数なだけに時間がかかっているようだ。
それを確認するや否や、カレラはその場で思いっきり踏み込むと、一気に魔物へと跳躍した。
その距離はゆうに数mを超えるだろう。
そして突然感じた冷気に驚き、振り向いたイアがカレラのその姿に驚きをあらわにするのを横目に見ながら魔物の一匹に全力の飛膝蹴りをかまして見せたのだ。
するとどうだろうか。
バキィィィィィン!!
響いたのはおおよそ生物を蹴り飛ばした音ではない。
それもそのはず。
カレラの纏う氷の鎧が放つ極低温の冷気にさらされた魔物は瞬間冷凍されてしまい、カレラは氷像と化した魔物を蹴り飛ばし、粉砕したのだ。
氷の姫の猛威はこれで終わらない。
カレラはそのまま氷の手甲で包まれた手で魔物を殴り飛ばし、またある時は氷の魔法を用いて、数十匹ほど残っていた魔物を瞬く間に殲滅していく。
その後に残るのは水晶のように白く煌めく氷の破片のみ。
カレラはチラリとイアを見る。
その視線にイアも気づき、見返した。
そしてカレラは視線を合わせたままにやりと挑戦的な笑みを浮かべて見せた。
すなわち「勝てるものなら勝ってみろ」と。
「上等!!」
イアはその笑みに同じく好戦的な笑みと、言葉をもって返した。
そしてもうこの場に用はないと駆けだす。
「そうね、そうこなくっちゃね!!」
カレラは嬉しそうに笑いながらその後を追っていく。
しかし大人げなくイアを抜き去っていくような真似はしない。
カレラは純粋にイアとのこの勝負を楽しみたかったからだ。
その表情は無邪気に遊ぶ子供の様に晴れやかであった。




