成長著しい少女
遅れてしまい、申し訳ありません。
迷宮都市編、再開です。
迷宮都市バビロンは実に賑やかなものだった。
時刻は夕暮れ。
外に出ていたり迷宮に出ていた冒険者たちが戻ってきて来るために、特に人が多くなる時間帯だ。
そのためにバビロンの街へと入る為の門にはかなりの長さの人の列が出来上がっていた。
そしてその列のちょうど中央辺りにセフィリア達は並んでいた。
「よし、何とか門が閉まる時間には間に合いそうだ」
セフィリアの言葉にゴスペルも一度前に並ぶ人数を確認した後に頷き、同意を示した。
この世界は魔物という脅威が存在するがゆえに門限は厳しい。
その為に定刻、大体日没には例え並んでいる人がいようと門は強制的に閉められてしまうのが常識である。
セフィリアが心配したのは、その時間を過ぎて街に入れずに閉め出されてしまう事だった。
その前には一応案内役として彼女たちを先導した少年少女冒険者パーティーもいた。
イアがでは後ろに並ぶ人たちはどうしているのだろうと振り返ってみると、どうやら各自野営をする準備を進めているようであった。
中には他の冒険者やパーティーと共同で野営をしようとしている者達もいて、他の街では見れない、冒険者が多い迷宮都市ならではの光景がそこには広がっている。
それを物珍しそうに眺めるイアであったがしかし、そんな迷宮都市ならではの問題ともまた遭遇することになる。
サリィの頭の黒い犬耳、ではなく狼の耳がピクリと動き、その表情が露骨に嫌そうなものに変わった。
その変化を見て大体を悟ったゴスペルにオーギュスト、そしてリカンも同様だ。
しかしセフィリアは気づいていてもどこ吹く風といった感じで後ろを振り返りすらしないし、カレラは猫の姿のまま退屈そうにセフィリアの華奢な肩の上で呑気にあくびなどしていた。
やがて一行の後ろに並ぶ人々を掻き分け、現れたのはいかにも柄の悪い冒険者達。その全員が男女に関わらず全員が本当に戦いをするのかと疑いたくなるような成金装備に身を包んでいた。
簡潔にまとめるならチャラ男とギャルの集団である。
どうやら閉め出されるのを面倒がって先に並んでいた冒険者達を追い越してきたらしい。
それは立派なマナー違反であり、その証拠におそらく追い抜かれたであろう冒険者達は夜営の準備をしながらも険悪な空気を漂わせ、その冒険者達を睨んでいた。
しかし等の本人達にそれを気にした様子はない。というよりは、そもそも自分達が恨まれるという考えが頭にないのだろう。
冒険者達がフィリア一行を見た反応は大きく2つ、男女で別れた。
男達はサリィとセフィリアの容姿に口笛などを吹き、ゴスペルとオーギュストに対し舌打ちを。
女達は逆に、恐らく自分達よりも優れた容姿を持つであろうセフィリアとサリィに妬みの視線を飛ばしていた。
もっともそのチンピラ冒険者達の礼を逸した行為がこれで終わりなはずもなく。
1人の男がなれなれしくもセフィリアに声をかけてきた。
「ヤぁ綺麗なお姉さん。 ちょっとお先を失礼するついでに、どう? 俺らと一緒に来ない? そんなおっさんたちと一緒にいるよか、絶対楽しいからさ! 毎日遊んで暮らさせてやるし、絶対に損はさせねえからさ。 な? そっちの獣人のお姉さんもさ!」
全く予想を裏切らない自己中心的な言葉を発してきた男に、セフィリアは一瞬だけ視線を後ろへとむけた後、すぐにまた前を向き、言った。
「色々と言いたいことはあるが‥‥‥‥‥ なんで私たちがお前たちに列を譲らないといけない? それに生憎と私がお前たちの仲間になることは他でもないそちらの仲間の女性が嫌がっているようだ。 それを差し引いてもどのみち私はお前に魅力を1mmも感じない。 私を口説き落とそうなどと、100兆年早いよ”坊や”」
セフィリアの言葉はあくまでも淡々としたもので、そこには感情の色は何一つみられない。
ただただ無関心。
圧倒的強者であるセフィリアにとって、妄言を吐くこの冒険者たちは興味を引くことすら無い道端の石ころ以下の存在であったのだ。
その態度に声をかけた男はあっけにとられるが、男よりも先に逆上した女冒険者たちがセフィリアにつかみかかろうとするのを見て、自身もまたその言葉を訂正させてやろうとセフィリアに襲い掛からんとする。
だがそんなことができるわけがない。
何故ならセフィリアの愛弟子は、こういった輩を絶対に許さないからだ。
「イア。 もうやっていいぞ」
「やっと? もう、遅いよセフィリアさん」
「「「「「なっ!?」」」」」
突然目の前に現れた黒衣の少女に、冒険者たちは驚き、硬直する。
その隙はイアにとっては命を刈り取ることのできる、ありがたすぎる隙だ。
「バイバイ、相手が悪かったね」
ボカッ!! ドカッ!! バキッ!! ボゴォッ!!
「かッ、はっ‥‥‥‥‥!?」
イアが拳で、蹴りで、規律を守らぬ不快な冒険者の意識を一撃で刈り取っていく。
急所を的確に穿たれ、意識が闇に落ちてゆく中、チンピラ冒険者達の視界に映った黒衣の少女・イアはさながら悪魔の様であった。
「この、化け物女がぁ‥‥‥‥‥‥」
だからチンピラ冒険者は完全に意識を失うその前に、まるでうわ言のようにその暴言を口にした。
それを耳にしたイアの動きが止まる。
ゴスペルにサリィ、オーギュスト、リカンはもしや今の言葉で相当傷ついたのではないかと心配し、イアへと歩み寄る。セフィリアも一応といった感じでその後に続いた。
イアは未だに動かない。
その体は小刻みに震えていた。
「イア?」
セフィリアがイアの名を呼ぶ。
その呼び声に反応し、上がったイアの顔に浮かぶのは‥‥‥‥‥‥
悲しみではなく、喜びの表情であった。
「ねえセフィリアさん聞いた!? ”化け物”だって! 私もそう呼ばれるくらいには強くなれたんだよ!」
あっけにとられるゴスペル達を置き去りにしてイアはセフィリアにそう告げた。
イアの目標ははるか遠くにあるセフィリアの背中だ。
そんなイアにとってセフィリアとは”化け物”という言葉すら霞む超常の存在であり、化け物という言葉はイアの中では暴言というよりは、その者の強さを示す称号のようなものに成り下がっていた。
だからイアは自身が”化け物”と呼ばれたことに傷つくでもなく、むしろ喜んで見せたのである。
そんなイアの頭を、セフィリアは笑いながら軽く小突いた。
「あう」っと、可愛らしい声をあげてイアがのけぞる。
「興奮するのはいいが、今は落ち着け。 嬉しいのはわかったから。 な?」
「あ! う、うん。 そうだね‥‥‥‥‥」
セフィリアの言葉にイアは喜びの表情から一転、恥ずかしさに顔を朱に染め、うつむいてしまう。
そんなイアの頭を、セフィリアがポンポンと叩いていると、いつの間にかセフィリアの肩から降りていた猫の姿のカレラがイアの肩までするすると昇っていき、ちょこんと器用に座ると『可愛らしい反応ね』と囁いて更に顔を赤くさせた。
そこにともかくイアが傷ついたわけではないことを知り、安心したゴスペル達も駆け寄り、口々にイアを称賛した。
もっとも、「ちょっとずれてはしないか?」という指摘もされたが。
そしてこのちょっとした騒ぎはこれで終わりでは終わらなかった。
パチパチパチパチ!!
周囲の冒険者たちが拍手をイアへと送ったのだ。
その表情は晴れやかなものであり、耳をすませば「かっこよかったぞ~!」など、「強いじゃねえか! こりゃ期待の新人登場か?」などと、称賛の声ばかりが聞こえてくる。
あくまでもマナーはマナーであり、決して守らなければならないものというわけでもないが、それでもそれを堂々と破り、悪いとも思わないような人物が人から好かれないのは明白である。
その証明が、今のこの沸き立った場だ。
最も最初の興奮はどこへやら。
イアが恥ずかしさに今にも火が出そうなほどに顔を赤くしていたのは言うまでもない。




