森の温泉
森という奇妙な場所に沸く天然の温泉を発見した一行はその日、その場所で休息をとることにした。
しかし当然、天然の温泉には脱衣所などあるわけがないし、そもそも温泉を囲う壁もないのだからもし人がここを通れば中は覗き放題だし、それ以前にいつ魔物に襲われないとも限らない。
しかしその心配はない。
なにせこの旅のリーダーは、規格外の塊なのだから。
「なんにせよ、壁は必要だな」
セフィリアは言うよりも早く魔法を行使し、温泉の周囲を囲うようにして地面を盛り上げていく。
幸いなことに温泉の周囲には大して木も生えていなかったからこそできた荒業だ。
セフィリアが満足して魔法を解除したころには、そこには十分に仕切りとしての役割を果たしてくれるであろう土壁ができあがっていた。
いや、土壁というにはいささか頑丈すぎか。
セフィリアがこの壁を作った原理は剣を作った、あの魔法と同じだ。
つまりこの壁は、地中に含まれる物質の中でもえりすぐった物で作られたものである。
その為に、最早見た目さえも土というよりは金属に近く、下手な砦よりも頑丈そうという感想をゴスペルとオーギュストに抱かせた。
しかし女性陣にとってみればそこは大して気にする点ではなかったらしい。
「よし、これで人目も気にせず風呂に入れるな」
「さすがセフィリアさん!」
『入口はどこにあるのかしら?』
「あ、そうだな。 じゃあここを‥‥‥‥‥ っと、斬りぬいて、ちょちょいと改造してだな」
「ねえねえセフィリアさん! 脱衣所はないの?」
「脱衣所? 確かにイアやサリィには必要か‥‥‥‥‥ じゃあそれもつくってしまおう」
最近セフィリアの規格外っぷりにいよいよ毒されてきたイアはセフィリアに突っ込むこともなく素直に称賛し、カレラやサリィに関しては驚くどころか足りないものを増築するよう頼みだす始末。
それを見ていたゴスペルとオーギュストは顔を見合わせた後に苦笑いを浮かべ、結局何も言わずにその様子を眺めていることにしたのだった。
そして温泉を発見し、作業を始めてからおよそ数時間が経ったとき。
そこにあったのは完全に石造りの、簡易なつくりとはいえ、温泉宿であった。
なぜこんなことになってしまったのか。
最初はただ壁をつけただけであった為に足りないものも多く、それらをつけ足していっただけだったのだ。
しかし。
「ここまでやったのであれば折角だし、装飾にも凝ってみよう」とセフィリアが言い出し、そして今回ばかりはそれに反対するものが誰一人としていなかったがために結果として小さな公衆浴場と呼べるまでになってしまったのである。
扉も最初は壁をくりぬいて、そのくりぬいた壁をもとにした扉、のようなものをつけていただけだというのに、他でもない、鍛冶師であるオーギュストが木製の扉を備え付けた。
最初はただ温泉を壁で囲っただけだったというのに、今は床もただの地面ではなく、石が敷き詰められた本当に温泉宿にあるような風呂のつくりになってしまっている。
いや、いいことなのだが。
また温泉の上には屋根がなく、露天風呂のようになっているのだが、一部にはちゃんと脱衣所が造られており、そこは屋根もちゃんとある。
そして壁も、最初は本当に”金属の壁”という感じの、硬質で、つるつるとした外見だったのに対し、今では石を積み上げて作られたように見えるよう、模様をセフィリアが彫ったので、ただの”金属の壁”には全く見えない。
きっとこれをこの一団以外の者が見たら、そのあまりの常識外れっぷりに顎を外れんばかりに開いたことだろう。
しかし幸か不幸か、この場にいたのはその常識外れっぷりに慣れているか、あるいは気にしない者しかいなかったのだ。
作業を終えた頃には日も傾き始め、セフィリア達は野営の準備を始めたのだった。
そして日は沈み、夜。
「やっほ~~~~~い!!」
ザッパ―――――――――――――――ン!!
まるで子供のようにお湯へと飛び込んだのは獣人の娘。サリィだ。
サリィがそれなりの深さがある湯に飛び込めば、盛大に上がった水しぶきがあたりに飛び散る。
やがてしばらくしてサリィが水面から顔を出すと、まるで犬がするかのようにプルプルと顔を振って水を飛ばす。
そして久方ぶりの湯の気持ちよさに若干身をそらしながらとろんと相好を崩した。
「元気がいいな、サリィは。 イアはやらないのか?」
「や、やらないよ。 そんな子供みたいなこと‥‥‥‥」
「クスクス、イアちゃんは見栄っ張りなのかしら?」
「なっ!?」
そんなことを言いながら入ってきたのはセフィリアにイア、そして猫の姿から人の、吸血鬼の姿に戻ったカレラだ。
身長としてはセフィリア、カレラ、サリィが同じくらいで、最年少のイアが若干低い程度であるので2人の間に挟まれるようにしてやってきたイアは2人の妹のようにも見えた。
そんなイアはカレラに図星を突かれて顔を赤くしながらも、湯船に飛び込むことはなかった。
やはりセフィリアという自身の憧れの人の手前、子供っぽいところは余り見せたくはないのだ。
そして3人も、簡単に体を流した後に(桶もオーギュストが作ったものだ)湯へと浸かる。
浸かった時の反応はそれこそ三者三様であったが、それでも全員が湯のまさに、魔性の気持ちよさに表情を緩める。
「はあ~~‥‥‥‥‥、やっぱり風呂はいいなぁ。 ファルの街で入ったのが初めてだったけれど、いつか風呂なしじゃ生きていけなくなってしまいそうだ」
「ふみゅう‥‥‥‥‥‥ お風呂‥‥‥‥‥最高‥‥‥‥‥」
「ふふ、2人共ふにゃふにゃじゃない。 でも‥‥‥‥‥ 私も水で体を洗うことはあったけれど、お湯につかるのも悪くないわね‥‥‥‥‥‥」
セフィリアはファルの街で入った風呂を思い出しながらしみじみと感想を口にし、イアは日頃の訓練の疲れもあってふにゃふにゃに。カレラは2人に比べればましであったが、それでも表情は気持ちよさそうに緩んでいた。
そこへ先に温泉に浸かっていたサリィが泳いでやってくる。
犬かきではない。普通に泳いでだ。
「ねえ、せっかくだしお風呂でおしゃべりなんてどう?」
「いいわね。 ねえセフィリア、貴方お酒持ってなかった? 確か王都で買ってたわよね」
「ああ、あるぞ。 オーギュストに泣きつかんばかりに頼まれてな。 どうせならとオーギュストだけじゃなく私たちの分も買ったんだ」
そう言ってセフィリアは虚空より魔法収納から酒瓶を取り出す。
そして盆と杯を取り出すとそれを温泉の縁に置いた。
「じゃあ酒盛りしながらおしゃべりしましょうか! 私もセフィリアとこうしてゆっくり話したかったしね」
「なんだ、王都で話したじゃないか」
「それとはまた別よ。 あんなの、ただの情報共有じゃない」
「ね、イアちゃん。 イアちゃんには好きな人とかいないの?」
「え?」
「だってイアちゃんもそろそろ恋するお年頃でしょ? 気になる人の1人や2人、いてもおかしくないじゃん!」
「好きな人‥‥‥‥ うーん、でも村にいたときはあんまり気になる人はいなかったかな」
「じゃあ、好みのタイプはどんな人なの?」
「え? えー、えーっと‥‥‥‥」
そして自然と、セフィリアはカレラと。
イアはサリィと、それぞれの会話に花を咲かせ、酒の効果もあって温泉からはしばらく楽し気な声が響くのだった。
一方ゴスペルとオーギュストはといえば。
「ああ、どうするかな‥‥‥‥‥」
「とりあえずは待ってもらうしかねえなあ。 向こうに攻撃する意思がない以上、わしもむやみやたらに殺したくはないしな」
そんなことを言う2人の周りには。
『キキキッ』
『キキッ?』
栗毛の猿似た見た目の2等星の魔物、ジキが大量に集まっていた。
しかしジキに2人を攻撃したりする様子はなく、ただじっと、座っているだけ。だがその視線は2人の背後にある壁、つまり温泉の方向をしっかりとロックしていた。
どうやら温泉はジキ達にとっても癒しの場所であったらしく、セフィリア達が入った後辺りから徐々に集まり始めたのだ。
そして最初は壁を上って風呂に入ろうとしていたのだが、猿はともかく、ジキは低位とはいえ魔物の為、流石に通すわけにもいかず武器を抜いて威嚇したところ、それからは壁にのぼろうとはしなくなったが、代わりにここでじっと座って待ち始めたのだ。
今温泉に入っている人間たちが温泉から上がれば、自分たちが入れるだろうということを悟って。
「どうやら俺たちが風呂に入るときは、ジキ達と一緒に入ることになりそうだな」
「まあ、それぐらいいいさ」
ということで、2人はセフィリア達が風呂から上がるのを、焚火をジキ達と囲んで待つのだった。
「おい、本当にこっちに神話として語れるような場所があるというのだな!?」
『間違いないさ!! ああ、こっちだ! こっちからうら若き乙女たちの匂いが‥‥‥‥‥!!』
「‥‥‥‥‥おい、ダメ妖精。 まさかまた女がいるだけとか言うオチじゃあないだろうな‥‥‥‥‥?」
『安心しな相棒!! 今回は間違いなくただの乙女じゃない、それこそ女神さまたちみたいなオーラをビンビン感じるぜ!! ああヤバ、このオーラ感じるだけで俺、イッちまいそ‥‥‥‥‥』
「このクソ妖精があああァァァァァァァ!!」
男の怒りの声が、一行のいる森に響き渡った―――――――――――――――。
明日は休載するか、あるいはいつもより短めの話をあげて、人物紹介などを追加しようと思っています。予めご了承ください。




