幕間・愛は恐怖を超えるのだ
幕間‥‥‥‥とは一体?
バキッ、ベキッ‥‥‥‥‥
森林の奥深く。
そこから明らかに木が折れる音とは違う、硬質な物が砕ける音が響き渡っていた。
横たわっていたのは、魔物。
それもこの森の主とでもいうべき、恐るべき金級の魔物だ。
しかし巨大な鹿のような風貌のその魔物の目に光はなく、腐臭が漂っていることからその魔物にすでに息がないことは明白であった。
では音の発生源は何なのか?
それはまるで様々な部品を無理やりくっつけたかのような、そう、人造人間とでもいうべき怪人だった。
その怪人が、自身の倍近くはありそうな魔物の腹辺りに顔を突っ込んでおり、そこから音は響いていた。
何をしているのか、最早言うまでもあるまい。
「ああ、たらふく食えよな」
そんな怪人に声をかけるのはフードを目深にかぶった人物。
声が少し低い事、背格好からおそらく青年程であろうことは分かった。
しかし怪物はそんな青年の声などまるで耳に入らないとばかりに一心不乱に魔物の肉を喰らい続ける。
「そんな姿になっても、大喰らいは変わんねえかよ。 シスターに飯がいくらあっても足りないって嫌味いわれてたの、もう忘れたか?」
だというのに、青年は怪人に声をかけ続ける。
「‥‥‥‥‥ごめんな、ごめんなぁ、ゴメン、ゴメン‥‥‥‥‥‥―――――――――――――――」
青年は怪人の名前を呼んだが、その声すら怪人が魔物を咀嚼する音にかき消されて消えた。
サリィはゴスペルの制止も振り切って森の奥へと進んでいた。
求めるのは未知の魔物の鱗なりなんなり、ともかく誰もが認めるような手柄、痕跡だ。
そしてサリィはそれを発見する。
「これは‥‥‥‥‥」
それは血痕だ。
しかも引き擦ったのだろう。その血はさらに奥へと1本の道のようになって続いていた。
そしてその血の量からも仕留められた魔物がかなりの大型であることは明白。
それを仕留めたとなれば、サリィの追う”未知の魔物”である可能性は十分にありうる。
獣人は鼻が利く。
これだけの量があれば、血の匂いを辿るなど造作もないことだ。
サリィはいよいよ目的の物を見つけたと興奮を覚えながら、その血を辿っていくのだった。
しかし、サリィは先に進むにつれて違和感を覚えることとなる。
何故なら血の匂い、それが徐々に辿れなくなってきたからだ。
とはいっても、決して血が突然途絶えた、なんてことはない。むしろ逆だ。
血の匂いが濃ゆすぎるのだ。
どこから漂っているのか、方向感覚を失ってしまうほどに。
そしてそれは獣人であるサリィだからこその悪影響をもたらす。
『うぅ、酔いそう‥‥‥‥‥』
余りに強烈なにおいを嗅げば気分悪くなるのは当然のこと。
そして獣人という、ただの人間よりも何倍も優れた嗅覚を持つ種族であるサリィにとって強烈な血の匂いに包まれたこの場所は、まさに地獄であった。
そしてそれにより散漫になった注意力では、それの存在にギリギリに近づくまで気づくことができなかった。
バキッ、バキッ、グシャッ!!
「っ!?」
あまりにおぞましい音に反射的に近くの茂みに身を隠したサリィ。
そしてそれが、サリィの命を救うことになる。
ドゴオオオォォォ―――――――――――――――ン!!!
「~~~~~~~~~~!!?」
サリィが先ほどまでいた場所。
そこに木が突き刺さっていたのだ。
「あら? なんかいたと思ったんだが‥‥‥‥‥ 気のせい、か?」
聞こえたのはまだ若い男の声。
そしてその独り言から、サリィはその男が自身の気配を察してこの木を投擲したのだと知り、そのあり得ない怪力に戦慄する。
が、そんなことを思っている場合ではなかった。
「チッ‥‥‥‥ ああ、もう。 人殺しなんてしたかねえのに。 あのくそ爺と婆の命令には逆らえねえんだわ」
ザッ、ザッ、ザッ
土を踏みしめる音が、サリィの元へと近づいてくる。
『こ、こないでっ‥‥‥‥‥!!』
サリィの中にあった自信は、規格外の力の前に砕け散った。
今あるのは、ただ”気づかないでくれ”という願いのみ。
しかし、青年は無情にも告げるのだ。
「ああ、ダメだ。 そんな下手くそな気配の消し方じゃあ。 ‥‥‥‥‥ああ、ひょっとして獣人か? なんか、獣臭い匂いもするぞ」
ザッ、ザッ、ザッ
いよいよその足音がすぐそこまで近づいてくる。
「そのまま隠れてろよ。 せめて、気づく間もなく一瞬で終わらせてやるから‥‥‥‥‥‥」
青年の声が、サリィの頭上よりそう告げた。
『ああ、もうだめ、かぁ』
サリィはあきらめの言葉を心の中でこぼし、脱力した。
拳を振り絞っているのだろうか。
ザリザリっと、足が地面をえぐる音がサリィの耳に届く。
「ごめんな」
青年が謝罪の言葉の後に、その拳をサリィの隠れる茂みめがけて放たれ―――――――――――――――
ることはなかった。
ベチャッ!!
「うわッ、何だよこれ汚ねえ!!」
「!?」
青年が叫ぶ声が聞こえたのとほぼ同時に、サリィの腕が何者かにより引っ張られる。
脱力していたサリィはそれにろくに抵抗もできず、引かれるがままに駆けだした。
「ああ、っくそ!! 待ちやがれっ!!」
バキバキバキッ!!
そんな声の後に、木が倒れる‥‥‥‥‥‥いや、折れる音が響いた。
その音に思わずサリィの手を引く者は振り返り、「おいおい嘘だろう!?」と叫ぶ。
そしてサリィを抱くと、そのまま横へとローリング、回避した。
ドゴオオオォォォ―――――――――――――――ン!!!
倒木が大地へと突き立てられ、轟音を響かせる。
しかしその間にサリィを抱えたまま、男、ゴスペルは全力で逃走。その姿はそこにはなかった。
青年はそのことに激怒する、かと思いきや、その表情は穏やかな物だった。
「ああ、よかったじゃねえか。 ちゃんと助けてくれる誰かがいてよ」
青年は自身の背後を振り返る。
怪人は、もう巨大な魔物を、全て自身の胃袋に収めてしまっていた。先ほどのやり取りにも気づかない程食事に熱中していたのだから、おかしくもない、のかもしれない。
青年は怪人に声をかける。
名前とは別の、もう1つの名を。
「行くぞ、”塔”の王。 もうここらの魔物は一通り食い尽くしただろう」
そして青年と怪人はゴスペルとサリィ、2人を追うことなくその森を去ったのだった。
□□□
そこからの流れはありふれたものだ。
その出来事がきっかけで、サリィはゴスペルに完全に絆され、冒険者ではなく、傭兵としてゴスペルについて回るように。
ゴスペルも最初は抵抗をしたものの、諦めることないサリィに折れ、結婚するに至ったのだった。
そして2人は王都に居を構え、サリィは喫茶店を開くことに。
その出来事がきっかけで、荒事に関わることを若干恐れるようになってしまった為だ。
しかしゴスペルは傭兵をやめることはなく、家に長くいることはあまり無かった。
サリィはそれについては何も言わなかったが、しかし今回、ゴスペルが率いる傭兵団が壊滅したと聞いたサリィは、気が気ではなかった。
無事に自分の前に戻って来てくれたからよかったものの、サリィは今回のことで1つ、決めたことがあった。
それは”もう、ゴスペルから離れない”ということ。
そんなことを考えていた矢先だ。
セフィリア達が王都を旅立つ前日。ゴスペルが何とセフィリア達とまだ旅を続けたいと告げたのだ。「乗り掛かった舟だ。最後まで面倒を見てやりたい」と。
サリィは何となくそういうであろうことは予想していた。
何故ならサリィはゴスペルがどれほどお人よしなのかを身をもって知っているからだ。
だからサリィもあらかじめ用意していた答えを夫に告げた。
すなわち、「私もいっしょに行く」、という答えを。
「おいサリィ、もうセフィリアさん達出発の準備済ませてるみたいだ!! 先に行っておくぞ!!」
「分かった!! ちょっと待ってて!!」
ゴスペルの声に返事をするサリィの手には、もう随分と久しぶりに手に取った旅の道具、そして武器が握られていた。
店の扉にはすでに閉店を知らせる張り紙を張ったし、従業員にも事情を話したうえで解雇した。もちろん、退職金は渡している。
あの日に刻まれた恐怖はまだ残っている。
しかしそれよりも、サリィはあの日自分を救ってくれたヒーローが、夫が、知らないうちに命を失ってしまう事の方が怖いのだ。
だから黒狼は旅立つ。愛する夫の背を追って。
明日の投稿は遅れるかもしれないことを、事前に連絡させていただきます。




