セフィリアの魔法
王都ナルメアを目指す一行。
ファルを出てから色々と問題に巻き込まれもしたが、いよいよ王都ナルメアが遠目に見える位置までたどり着いていた。
「わあ、あれが王都‥‥‥‥!!」
イアの目に映るのは、高くそびえる。
その奥にうっすらと城がそびえたっているのが見える。
そんなイアに鍛冶師ということもあり、詳しいのかオーギュストが説明役を買って出た。
王都ナルメアは王城を頂上とした山のような3段の造りになっており、更に王城の周りにはそれなりの幅と深さをとって水が流れており、入るにははね橋を渡るしかないのだという。
そして王都の区分けだが、大きく3つに分かれている。
まず入ってすぐ、1段目にあたる場所が一般街。
王都にやってきた者たちがまず最初に目にすることになるこの区画は最も大きく、雑多に建物が並ぶ王都でも最もにぎわいある区画だ。
また王都に訪れたものを迎えるため、宿も多い。
そして2段目、2つ目の区画はギルドや商会の本部などがある中枢区画。
ここは冒険者などでにぎわう場所だ。また、商人が多く集まる場所でもあり、同時に冒険者、商人の持ち込む品が集まる場所でもある。
最後に3段目。ここは貴族街だ。
王城もあるこの区画だが、だからといって貴族しかいないというわけではない。むしろ貴族の住む範囲は区画内における、おおよそ3割ほどだ。
ではその他に何があるのか。
それは学院である。
学院の敷地は驚くほどに広い。
何故ならば中高合わせ、多くの学生が訪れるからおのずと校舎が巨大になったというのもあるが、何より、学院では剣術や魔法を用いた戦闘訓練も行う。
そもそも学院とは”国立騎士魔術師育成所”の事なのだから。
なので訓練所を有する王都騎士団と学院は敷地が統括されているのである。それに加え、遠方からの学生に向けた学生寮も備えている。
その結果、貴族街の残る7割のさほどを学院が占める程にまで巨大になったのである。
なので3段目は正式には貴族街となっているが、学術区と呼ばれることの方が多い。
そしてその中央にそびえたつのが王城、ルーヴェン城である。
王都がなぜこのようなつくりになっているのか。
それはここがかつて戦いの為に作られたものであるからだという。
しかし魔法があるこの世界。王城が最も目立つ場所にあっては意味がないように思えるが、それは間違い。
この場所においては、王城こそが最強の砦なのである。
もっとも国防の為、どういった仕組みを備えているかなどは知らされていないが、知るものから言わせれば、「王城がある限り王都は不滅」とまで言わせる程だとか。
そんな知識をオーギュストより教わり、王都ナルメアについて詳しくなったところでいよいよ王都へと入る為の巨大な門の前へとさしかかった。
だが、ことあるごとに何か騒動に巻き込まれてきた一行だ。
このまま何事もなく‥‥‥などというのは、残念ながら許されなかった。
「魔物の群れだあ!!」
そんな悲鳴が聞こえてきたのは、列の最後尾からであった。
王都の周辺は開けているため、魔物が好んで生息する森などはないのだが、全くゼロというわけではない。
しかしそういった魔物は定期的に騎士団、あるいは訓練という名目で学生たちが処理しているため、はぐれが稀に現れることはあっても、群れで現れるなど全くといっていいほどない。
明らかな異常事態であった。
「よくあることなのか?」
「そんなわけあるか!」
セフィリアが呑気にそんなことを聞いて、ゴスペルが即答する。
ともかく、魔物が現れたともなれば騒ぎを聞きつけた騎士たちがやってくるだろうがこの長蛇の列、その最前列にいるとなると、はっきり言って間に合いそうにない。
「行くぞセフィリアさん! どのぐらいの数の魔物かわからねえが、食い止めねえと!」
「ゴスペル! わしも行くぞ!!」
「お先!!」
「あ、おいイア!? ‥‥‥まあいいか。 やる気なのはいいことだしな」
そんなわけで並んでいる場所を離れ、最後尾へと駆けだす4人であった。
「なんだありゃあ‥‥‥」
「こいつぁ‥‥‥‥ 異常どころじゃねえぞ?」
ゴスペルとオーギュストがそうこぼしたのも無理はない。
何故なら2人の視界に入ったのは地平を、空を。
埋め尽くさんばかりの魔物だったのだから。
空を舞うのはペルクル、コカトリスはもちろん、それ以外の魔物も多数。
地を走るのはブロス・モー、バジキキ、更にはキラー・アーミー・アント、その他もろもろ。
総じて1,000を超えるのではなかろうか?
それをはじめに目にした者達は恐怖に腰を抜かしてしまっている。
だがその者達を責めることはできない。今は距離がある為に魔物の群れが見えていない前列のたち者もやがて同じような状況になるだろうから。
最もそれでも男2人は慌てることはない。
何故ならば2人は、おそらくこんな状況であろうと、いともたやすく解決してしまうであろう人物を知っているから。
「これはちょっと、今の私には無理かな‥‥‥‥ 悔しいけど、セフィリアさん。 お願い」
「そうだな。 まあ丁度やってみたいこともあったしな」
言わずもがな、セフィリアである。
さて、セフィリアのやってみたいこと。
それは魔法であった。
もっともセフィリアも使ったことがないわけではない。
アグリー・クイーン戦ではむしろ使い放題だったくらいである。
だがふと思ったのだ。
そういえばイアの前でそういう魔法を使ったことはないなと。
魔法を使うところ自体は、イアにも見せている。
だがイアがセフィリアから見事勝ちをもぎ取った時に使ったような、派手な攻撃魔法というものを使ったものがないなと、そう思ったのである。
とはいえ、今までそういった魔法を使う機会は、残念ながら全くといっていいほどなかった。
しかし今回。これは、まさに絶好の機会ではなかろうか。
ところがここで問題が出てくる。
『イアは魔法使う時になんか言ってたよな‥‥‥‥ 確か”詠唱”だったか?” 言わないとダメかなあ。 でも知らないしなあ』
魔法を使う際、今の常識として詠唱を唱え、放つことが一般である。
これは魔法を放つ際の効率が段違いだからというのが理由だ。
頭の中で思い浮かべるだけ、それよりも口に出してよりイメージを鮮明にすることによって魔法を体現する際の無駄を省けるのである。
具体的には、数字にして2倍ほど。
なので詠唱を唱えることは常識であり、詠唱が必要であると判断し、アグリー・クイーン戦の時のように碌な詠唱もせずに魔法を使わないというセフィリアの判断は正しい。
だが問題は、無詠唱が基本であったために詠唱を一切といっていいほど知らないのである。なにかなかったかと必死に思い出すセフィリア。
そのかいあってセフィリアは1つの詠唱を思い出すことに成功する。
『ああ、確かあれって詠唱だったような? やったら長かったし、数百年昔のだけど‥‥‥‥使えるよな?』
セフィリアの心配は、今回に限っては不必要な物だった。
だがセフィリアが心配すべき点は、そこではなかった。心配すべきは、その詠唱がどんな魔法なのかという事であったのだ。
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「な、なんなんだあれは‥‥‥‥ あんな数、俺たちにどうにかできる量じゃない‥‥‥‥!!」
そう漏らしたのは駆けつけた騎士だ。
騎士はその恐ろしい数の魔物に、湧き上がる恐怖を抑えることができなかった。
だが、と騎士は怯える人の列を見る。
このまま自身が王都へと戻り、門を閉めたとしよう。
そうすれば王都の被害は抑えることができるかもしれないが、ここにいる人々の犠牲は少なくはないだろう。
どうすればいいんだ!
騎士は内心で叫ぶ。
それを口に出すことはできない。なぜならそれを騎士である自身が口に出してしまえば、この場の空気はより悪化してしまうだろうから。
『ああ、神様、いるってんななら助けてくれよ‥‥‥‥!』
その願いは、あきらめの感情から生まれたものであったかもしれない。
しかし幸運にも、その願いはかなえられることになる。
怯える人々の前に突如歩み出たのは4人の人影。
変わった黒装束に身を包んだ金髪の少女。同じく黒い全身鎧に身を包んだ黒騎士の如き者。ドワーフらしき老人。
そして最後の1人。雪のように白い長髪の女性。
その人物がおもむろに襲い来る魔物の群れ、その方向へと歩み始めたのだ。
「ああ、無茶だ。 あんなのどうにもできやしねえよ‥‥‥‥‥」
誰かがそうこぼす。そう思ったのは騎士も同じであった。
だがその思いを、いや、どころか今の状況さえも忘れさせるような澄み切った声音の音が、唄が響いた。
はたしてこの場に何人いたのであろうか。それが詠唱であると、はるか昔に失われた詠唱であると気づけた者が。
『その光は我らに仇名す全てを焼く炎なり』
たったの一節。
それだけで女性の周囲に膨大な量の魔力が迸る。本来であれば目に見えないはずのそれは、今は白の光となって、雪のように女性の周りに漂っている。
『その光は叫びなり 吠えよ 吼えよ 咆えよ』
その魔力は風をも巻き起こし、女性の髪を、衣服をなびかせた。
もう魔物の大群は、その全容がはっきりと見える位置までに迫っている。
だがそこで、唄は終わりを迎えた。
それはつまり、詠唱が完成したということで‥‥‥‥
『”炎神の咆哮”』
白かった魔力は瞬く間に赤味を帯び――――――――
騎士が、いや、女性以外の者たちが視認できたのはそこまでであった。
何故ならば余りの光と音に、そこにいた者たちすべてが一瞬で意識を刈り取られてしまったのだから。
魔法によって魔物の群れの中央、その地面に生み出されたのは紅の巨大な、それこそ魔物の大群全てを収めてしまうほど巨大な魔法陣。
そしてそこから上がったのは余りに高温の為、白い光を放つ火柱であった。
魔法がその効果をもたらした時間は1分にも満たない。
しかしその魔法が終わった後の大地には魔物は愚か、草の1本も残らない融解した大地が残るばかりであった。




