”ディペンデンス”
とある日のこと。
セフィリアは珍しく剣を握っていた。
イアを訓練することがほとんどで自身は余り剣を振るうこともなかったセフィリア。
そもそもその辺の魔物など素手で倒せるのだからそもそも武器が必要ないというのもあるが。
ではなぜ今剣を手にしているかというと、それはオーギュストの頼みであった。
「じゃあちょっと魔力を流してくれるか?」
「ん、分かった」
オーギュストの言う通りに、セフィリアはその膨大な魔力を剣に流し込む。
するとセフィリアによって生み出された剣はそれを貪欲に吸収し、かつてのように脈打ち始めた。
ドクッ、ドクッ、ドクッ‥‥‥
「おお、こいつぁ何とも‥‥‥‥」
オーギュストはその光景に思わず驚きの声をあげる。
それはイアやゴスペルも同じだ。
2人は剣を振るっている姿は魔王と戦っている時に見たことがあるが、魔力を流した今の姿は初めて見るのだから。
金属特有の色と輝きを持つ剣に魔力が通る脈が浮かぶ姿は異様だ。しかも脈打っているのだから不気味ですらある。
オーギュストはそんな剣を真剣な目で眺めながらセフィリアに質問をする。
「けど、よく斬れるって以外には特別何かの能力があるわけでもないんだな?」
「ああ。 何の能力もないぞ」
オーギュストが気になっているのはそこだった。
持ち主の魔力を吸収する剣。
その性質は魔剣と変わらない。しかし斬れ味がいいだけで大した能力もないというのは魔剣としては異常である。
きっかけはオーギュストがセフィリアの剣に興味を持ったところからだ。
セフィリアがオーギュストに剣の具体的な性能について説明したのだが、そこで違和感を感じたオーギュストがこうして実際に扱うところを見せてほしいと頼んだのである。
その結果分かったことはというと‥‥‥‥
オーギュストは首を横に振った。しかしその目は新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いている。
「結論から言わせてもらうと、その剣は魔剣じゃねえ。 特性は似ているが、まず第1に、魔剣は確かに魔力を吸うが、与えられる限り吸い続けるなんてことはありえねえ。 第2に。 魔剣であるなら何らかの魔法的効果が付与されるはずなんだ。 もちろん何であろうと斬り捨てるという魔剣が存在しなかったわけじゃあない。 だがその剣は魔法的な助けを得ているようには見えないから、純粋な切れ味によるものだろう」
「‥‥‥‥‥つまりどういう事だ? オーギュスト」
ゴスペルがさっぱりといった感じで降参のポーズをとる。セフィリアもイアも何も言ってはいないものの疑問顔だ。
そんな3人にオーギュストは興奮気味に答えた。
「つまりその剣は現存する武器とは全く別物、まさに大いなる可能性を秘めた武器ってこっだよ!!」
オーギュスト曰く、魔剣とはある意味武器の一つの完成形であるという。
完成している、ということはそれ以上の変化はない事と同義だ。最も、その時点で相当の物にはなっているのだから変化しなくとも問題は無いのかもしれないのかもしれないが。
しかしセフィリアの剣は魔力を吸収するという効果を持ってこそいるものの、何の能力も持たない、いわば無地の状態であるのだという。
そしてそんな不思議な剣、オーギュストは”ディペンデンス”と呼ぶことにしたらしいそれは、無地の状態であるがゆえに、更なる変化、つまり進化が期待できるのだというのだ。
元となる武器に更なる加工、例えば鉄製の剣に魔物の素材を用いた強化を施すなどと言った強化法は存在する。
オーギュストはその元となる武器にディペンデンスを用いることで、魔剣をもしのぐ武器を創り上げることができるのではないかと睨んだようだ。
現時点で10等星の魔物であるアグリー・クイーンを簡単に両断できる切れ味を持つ(第1章・「圧倒的決着」参照)セフィリアの剣、ディペンデンスである。
もしもさらなる進化を遂げればどんな剣になるのか‥‥‥‥もはや武器とは呼べない代物になるかもしれない。
しかしオーギュストは早速自身の夢への一歩を踏み出せたことに喜びをあらわにするのだった。
その後、セフィリアは流石に自身が使う剣を譲るのは‥‥‥というわけではなく、単純に自分で育ててみたいからとオーギュストには王都についたときにでも新しいものを1本渡すということで落ち着いた。
のだが。
道行く途中で、イアはすっとオーギュストへと近づくと横に並んだ。
「あの、オーギュストさん?」
「お、黒い嬢ちゃん。 どうした?」
「イアです。 で、その。 これなんですけど‥‥‥‥」
「ん?」
そう言ってイアが差し出したのは自身の武器、鉄鋼鉤である。
しかしそれを見たオーギュストの目つきが変わった。
「こいつは、まさか‥‥‥‥」
「はい。 これもセフィリアさんが造った武器なんです。 多分で、でぃぺ‥‥‥」
「ディペンデンス、だろうな。 だとすれば‥‥‥、黒い嬢ちゃん、じゃねえな。 イアちゃん。 ちょっとこの武器に魔力を通してみてくれねえか?」
イアは頷くと、武器に魔力を流す‥‥‥‥とはいっても、その感覚はわからないので、とりあえず武器を握る手に、魔法を放つときのようなイメージで魔力を集中させていく。
すると、2人が期待していた通りの変化が起きる。
ドクッ
「「!!」」
イアの持つ鉄鋼鉤に脈が走り、そして脈動し始めたのである。
そしてそれと同時に、イアの魔力がゆっくりと減っていくのが分かった。
これが魔力を吸われるという事かとイアは思いながらも、まだ大丈夫そうだからとその感覚に身をゆだねる。
「これは‥‥‥‥間違いねえ。 これもディペンデンスだ! だとすれば、この武器もさらなる進化を遂げるかもしれねえ」
「本当ですか!?」
「ああ、だがセフィリアさんに比べて未だ力が感じられねえ。 おそらく流された魔力が段違いだからだろうな」
「そうですか‥‥‥‥ それで、実はオーギュストさんに頼みたいことがあって」
「なんだ?」
「オーギュストさんが造る最高の武具‥‥‥ これで作ってくれませんか?」
イアが頼みたかったこととは、それであった。
イアは力を貪欲といっていいほど求めている。
そんなイアが、鍛冶師、それも魔剣を作ってしまうような鍛冶師の、”最高の武具”という言葉に心惹かれないわけがなかった。
そしてその思いの強さは老年の鍛冶師であるオーギュストにも伝わった。
『この嬢ちゃん‥‥‥ 成程。 確かにわしと通じる部分があるようだな』
オーギュストが思い出すのはいつかのセフィリアとの会話。
イアと同じ。そういっていた意味をオーギュストは知ったのである。
であるなら、オーギュストはその強い意志に応えてやらねばなるまい。
そもそも、作ったとしても使うものがいなければ当然、意味がない。だが自身の最高傑作をどこの馬の骨と知れぬものに譲りたくないという思いは当然あった。
その点、目の前の少女、イアであれば申し分ない。
「分かった。 とはいえ、今のままじゃあ鍛えるにも中途半端だ。 まずはお前さんの魔力を毎日流し続けて‥‥‥‥‥って、おい、大丈夫かっ!?」
「‥‥‥‥ふぇ?」
オーギュストが返答を返すも、イアは聞いているのかいないのか、よくわからないような表情になっていた。
見れば若干色も青白い。
「ひょっとして魔力切れの感覚を知らなかったのかっ! 悪い、ちょっと痛いぞ!!」
バチイッ!!
ぼーっ、として目が虚ろになった、明らかに異常な様子のイアの武器を持つ手をオーギュストが思いっきりはたいた。
握っていた武器が手から落ち、イアがはっとした表情になる。
その音に何事だと先を言っていたセフィリアとゴスペルも振り返った。
「なんだ!?」
「ああ、実はイアちゃんが魔力切れになりかけてたんだ」
魔力切れの感覚は脱水症状に近いかもしれない。
まず今のイアのようにボーっとするところから始まり、進行するにつれ嘔吐などの症状がでるようになり、最終的に、つまり空になってしまうと死に至る。
怖いところは軽い症状だと、自身が魔力切れを越していると気づけないことだ。
最も一度体感すれば忘れることはないだろうが、一度も魔力切れを経験したことがないものの場合、そのまま空になるまで使って死んでしまう‥‥‥そんなことも、ゼロではなかった。
「全く‥‥‥‥ ヒヤヒヤさせるぜ」
「そもそも、なんでそんなになるまで魔力を流しっぱなしにしてたんだ?」
ゴスペルが安堵のため息をつきながらこぼし、セフィリアが一体何をしていたのかと問うた。
それに、オーギュストが罰が悪そうに答える。
「ああ、すまねえ。 実はわしがイアちゃんの武器がディペンデンスかどうか確かめるために魔力を流してくれと頼んだんだが、魔力切れの感覚を知らなかったのか、流しっぱなしにしてたみたいでな‥‥‥‥‥」
「うう、ごめんなさい」
オーギュストの説明の後に、イアが申し訳なさそうに頭を下げる。
セフィリアはその謝罪を聞きながら、じっとイアを見ている。
イアはやはり魔力切れのようで、ふらふらとしたままだ。
セフィリアは1つため息をついた後、何かを思いついたのか密かにほくそ笑んだ。
そしてイアへと歩み寄ると少し低い位置にある顔へと、自身の顔を近づける。
いつものイアであればこの時点で嫌な予感に従い、回避していたはずだろう。だが今回は残念ながら、魔力切れの影響でそれどころではなかった。
そしてセフィリアとイアの顔の距離がゼロ距離になり‥‥‥‥2人の唇が重なった。
「~~~~っ!!!?!??」
そうまでされれば流石にイアも反応せざるを得ない。
慌てて逃れようとするも力が入らず、さらにはセフィリアによって逃げ出せないように体を固定されてしまった。
そんなことをしている間にも、イアの口内にセフィリアの舌が侵入してくる。
もうイアの頭はパニック状態であった。
そんな様子を見てセフィリアは妖艶な笑みを浮かべ、大層面白がっている。
やがてセフィリアが満足したのか身を引くと同時に、イアは崩れ落ちる。
その表情は先ほどまでとは別の理由でボーっとしていた。
対するセフィリアはぺろりと舌なめずりをした後に、イアに「もう治っただろう?」と声をかけた。そこでようやく、イアは先ほどまでの魔力切れによる倦怠感がないことに気付く。
「血ほどではないが‥‥‥‥ イアを回復させる程度の量の魔力は、私の体液には含まれているだろうからな」
「そ、それにしたって‥‥‥‥ もっと他に方法は、無かったの?」
「それが心配をかけた罰、ということだ。 よかったな。 貴重な私のファーストキスだぞ?」
まだ若干頬を染めたまま訴えるイアに、したり顔で笑うセフィリア。
そんなセフィリアに、イアが恨めしそうな視線を飛ばしていたのは言うまでもない。
男たちはといえば、突然始まった2人の交流に、目をそらすのに必死であった。




