少女の一日
※2018/2/20 食い違いの修正
イアの朝は早い。
元々辺境の村娘であったイア。
村での生活というのは、やはり街などに比べれば圧倒的に不便で、大人だけでなく、子供もできる仕事は積極的に回されていた。そのため、老若男女関わらず村人たちの目覚めは早いのだ。
その為、朝起きること自体は苦ではない。
ベットから上体を起こすと、軽く伸びをする。
ベットは2人用で、イアの隣ではセフィリアが寝ている。
イアは先に窓にかけられたカーテンを開けてから、セフィリアの肩を軽く揺すった。
するとやがて瞼がゆっくりと開き、寝起きでとろんとした紅い瞳がイアを捉えた。
「おはようセフィリアさん」
「あぁ‥‥‥‥ おはよう、イア」
セフィリアも体をおこし、眠そうに目をこする。
対しイアは、顔を赤らめてそっぽを向いた。
セフィリアは今までいつもの格好から着替えることはなく、寝る時も常に同じ服装だったのだが、イアがそれに難色を示しセフィリアに寝間着を買わせていた。そして最近はそれを着て寝ているのだが‥‥‥‥
セフィリア、布面積が広かったり、ガードの固い服を嫌うのだ。
何故かというと本人曰く、拘束される感じがして嫌いらしい。
そしてそれは寝間着でも同じらしく、ネグリジェ、しかも、それの中で最も扇情的なものを選んだのだ。
その結果、イアは目覚めのたびにただでさえ扇情的な服を着ているというのに、更にそれをはだけさせたセフィリアの姿を毎朝見る羽目になってしまったのだ。
現に今も、肩紐がずり落ち、少しのふくらみしかない胸を隠すこともせず晒し、あげくには下の方でさえも本来なら服が隠してくれるはずなのに、むしろ扇情的なデザインのせいで若干白い下着が見えてしまっている。
同性であるイアですら直視できないような色気を放っているのだから、これが異性だったら絶対押し倒されるだろうな‥‥‥‥そんなことを考えているイアをよそに、「ん、なんかまた大きくなったような‥‥‥」と、以前は真っ平だったが若干膨らんできたらしい胸をもみだす始末。
とりあえず起こしはしたので、イアは先に着替えを済ませ、いつもの黒づくめの姿になると、先日買ったばかりの髪留めで髪をまとめて、朝食をとるべく食事処の1階へと向かうのだった。
大の男と同じかあるいはそれ以上の量の朝食を一人で平らげたことによって他の利用客を驚かせつつ、イアはケトルーアの街の近隣の草原にいた。手には鉤爪、視線の先にはラビッツ。毎日続けている訓練の一つ、”ラビッツ狩り・近接縛り”である。
イアが毎日こなしている訓練は3つ。
この”ラビッツ狩り”と”大型魔物の討伐”そして”ゴスペルとの模擬戦”だ。
たったの3つ?と思うかもしれない。
けれどイアからすれば3つも、である。
ラビッツ狩りはスキルの恩恵を受けるイアをもってしてもかなり神経をすり減らすし、大型魔物の討伐はセフィリアがイアの成長に見合った魔物を連れてくるのだが、必ずイアの実力でぎりぎりか、厳しい相手しか選ばないので毎回死闘を繰り広げることになる。
そしてその後の模擬戦だ。
単に実力という意味では、セフィリア特製の魔術薬を毎日飲むという抜け道的な手段をとっている事もあって急成長を続けるイアだが、対人戦についてはどんな方法をとろうとも最終的には経験するの一言に尽きる。
もっとも、イアも戦い方というか、姑息な手段といったものも覚えてきている。
というか、格上の魔物相手だと、そういう手段を覚えざるを得ないのだ。
しかしそれについては長年傭兵として、魔物も、人も大勢相手にしてきたゴスペルには及ばない。
その為、力だけならばいい勝負をできるようになったものの(それでも十分凄い事なのだが)、未だゴスペルを下したことがない。
「でも今日こそはっ!!」
イアの一撃が2匹仲良く草を食んでいたラビッツの首を落とす。
イアは武器についた血を払うとラビッツの死体の足を持ち、逆さづりにする。血抜きだ。
訓練で狩ったラビッツはこうして血抜きをしておき、あとで合流するセフィリアに渡す。
そしてセフィリアが例の如く、魔法の便利収納に保管しておくのだ。その収納にしまったものは劣化もしないので、旅の途中の食事として使うもよし、ギルドの依頼として納品があればそれを渡すもよしと、訓練目的の狩りとは言え、そうして仕留めた得物を無駄にしないように心掛けているのだ。
やがて10分もするとセフィリアがどこからともなく現れ、ラビッツの肉を回収すると共にイアにあるものを渡した。
それは丸い岩のようなもので、両手で抱えるほどの大きさのそれはなかなかの重量がある。
「セフィリアさん、これは?」
「ああ、それはこのあたりにあった巣から拝借してきたコカトリスの卵だ」
「コカトリス?って、あのコカトリス!? 石化させるっていう?」
コカトリス。
それはイアの故郷を襲ったキラー・アーミー・アントと同じ6等星の魔物だ。
そして、現在イアは銀級であり、その銀級に推奨される等星としては最高位に位置する魔物である。
見た目は緑色の巨大な鶏といった感じだ。
ただしコカトリスの尾は羽ではなく、蛇なのだが。
もっともこれは蛇が生えているというわけではなく、蛇を模したコカトリスの器官なのである。そしてこの尾に噛まれると、その部位が硬質化、つまり石化してしまうのだ。
それ以外の攻撃についてはさしたる脅威はないのだが、やはり石化が使えるということ。そして、以前イアが相手にしたペルクルとは違い、元より凶暴な性格であること、肉食であることが、その等星を6等星にまで引き上げているのである。
そんなコカトリスは金級以上の冒険者の間では”難所”と呼ばれている。
これは、金級冒険者へと昇格するための試練として、このコカトリスの討伐が用いられるからだ。
コカトリスは厄介な相手だ。
石化はもちろんのこと、空も飛ぶ。
そんな相手であるために、コカトリス戦には確かな実力が求められる。
個人ならば技量が。パーティーならば連携が求められるのだ。
もっとも、コカトリスに個人で挑む者はさほどいない。
1人で挑めば間違いなく苦戦を強いられる、強敵であることには違いないからだ。
さて。
そしてセフィリアが持っているのはそのコカトリスの卵。そして卵を持ち出されたら当然親は取り戻しにやってくるわけで‥‥‥‥‥
「さあイア、今日の相手は激怒したコカトリス2体だ。 がんばれよ!!」
「もうっ!! 頑張るけど危なくなったら助けてよ!!」
「「ギョエアアアアアアアアアアアアア!!」」
第二の訓練、開始である。
上空から2匹の緑色の巨大な影が降下してくる。
その目は自らの卵、それを抱えるイアに固定されている。
2匹の内の1匹、頭に赤い冠を持った方が真っすぐイアへと襲い掛かった。
以前までのイアならば慌てて回避していただろう。だが今のイアは違った。
イアはジャケットからとあるものを取り出すと、それを降下してくるコカトリスの顔面へと投げつけた。それはリンゴより少し小さいくらいの大きさの球体だ。
コカトリスは避けるまでもないと判断したのか、そのままその球体に衝突する。
すると、球体が破裂し、白い粉塵をまき散らした。
「ギェアアアアアアア!?」
コカトリスは視界を奪われたことで空中で暴れるも、かなりの量が入っていたらしい粉塵は巨大なコカトリスを包むように漂ったままだ。
そしてイアは更にほんのり赤く光る小さい石を取り出す。
それは店でも簡単に手に入れることのできる魔石、”火の魔石”だ。
魔石は魔物が持つ体内生成される石で、第二の心臓のようなもの。実際、魔物は生物的な心臓をつぶされても、魔石があれば動くことができるものもいる。そしてこれこそが”動物”と”魔物”を区別する基準でもある。
そんな魔石は魔物の持つ魔力を制御する機関で、魔物によっては魔石が色、属性を持つこともある。
そのうちの1つが、イアの持つ”火の魔石”である。
そしてそれを未だ白い煙に包まれ暴れるコカトリスへと投げつけた。
ボッカァァァァァァァァン!!!
すると瞬く間にコカトリスをつつむ粉塵の全てが燃え上がり、大爆発を起こした!
そう。
イアが最初に投げつけた球体の中に入っていたのは小麦粉。しかも後の仕掛けの為にきちんと分量などを計算、調節されていた。
イアが起こしたのは”粉塵爆発”である。
これはゴスペルの入れ知恵だ。
イア相手にこれを使ったわけではないが、煙幕を使った時に、豆知識として教えたのだ。
それを初めて聞いたイアは、まさかパンを作る小麦粉でそんなことができるなんてと驚いたものだ。
爆発によってコカトリスは一気に瀕死へと追い込まれ、弱々しい悲鳴を上げて地面へと落下する。
とどめを刺すには絶好の機会に思えるが、それを許さない存在がまだ1匹。
番のコカトリスである。そのコカトリスは警戒するようにしばらく上空を旋回していたが、番の危機と知るや否や、その特徴的な尾をイアへとむけ、石にしてやろうと襲い掛かった!
だがそれでもイアは慌てない。
そもそもそんなことは簡単に予想できた展開だ。何の対策も考えていなかったわけではないのである。
イアはとあるものをそのコカトリスの方へと投げた。
「ギャ!?」
コカトリスはそれを確認すると慌てて尾を戻し、それを器用に足で受け止めた。
当然である。なにしろ自身の卵が投げつけられたのだから。
そしてそれを受け止めた直後、またも飛んでくる見覚えある球体。
それはまたもコカトリスの顔面へと当たると、白い粉塵をまき散らす。
だが、そのコカトリスは番の姿を見てその危険性を理解しているのだ。慌ててその粉塵を吹き飛ばそうと大きく羽ばたく。だがそこに、無情にも赤い小石が投げ込まれた。
ボッカァァァァァァァァン!!!
もう一度、空中で煉爆の花が咲く。
2体目のコカトリスも粉塵爆発によって卵ごと体を吹き飛ばされ、あっけなくその首を落とされるのであった。
「なんだイア余裕じゃないか?」
「まあ今回は怒ってる相手だったから。 単純な動きだったからやりやすかったよ」
銀級冒険者がパーティーで挑むようなことをさっくりとやってのけたイア。
セフィリアの言う通り、イアに全く疲れた様子はなく、余裕の態度であった。
実際、イアがご丁寧にコカトリスを相手にしていたならもっと苦戦したことだろう。
だが生憎と、イアはそんな考えは捨ててしまっている。本当に強くなりたいのであれば、お行儀のいい戦い方などやってられないのである。
そして実際、卑怯といわれれば卑怯なやり方だが、自分と同格かそれ以上の相手を同時に二対相手取り、尚且つあっさりと倒すことができたのだ。
「それじゃあほら、今日の分だ」
「ん。 ありがとセフィリアさん」
イアはセフィリアから受け取った魔術薬を飲み干すと、コカトリスの蛇のような尾を切り落とした。
大型の魔物は証明部位というのが決まっており、それをギルドへと持ち込むことで魔物に応じた報酬金を受け取ることができる。これは人にとっての脅威である大型の魔物の討伐を促す為である。
もちろん依頼として出されるものを受けるだけでもいいのだが、それを抜きにしても大型の魔物の脅威は減らしてほしい。そういった意見から生まれた制度だ。
「さて、これでイアは金級冒険者へと一歩近づいたぞ?」
「そうだね。 でも思ってたよりもあっさり倒せて拍子抜け。 もっと苦戦するかと思ってたけど‥‥‥」
「それだけイアが強くなったってことだろ? いい事じゃないか」
セフィリアの純粋な賛辞にイアは照れくさそうにするも、自慢気な笑みを浮かべた。
そしてイアはセフィリアと共にケトルーアの街へと戻る。
そしてギルドへと向かうとコカトリスの尾を2体分提出して換金。
1体当たり500銀貨、合わせて1金貨を受け取ると、そのまま訓練闘技場へと向かった。
そこは普段通りそれなりの人数の冒険者が利用していたのだが、2人に気付くとまるで潮が引くように場所を開けた。
その理由はセフィリアにある。
この街に来て早々、ギルドで厄介事に巻き込まれたセフィリア。
それを解決するためにその時ギルドにいた全員を相手に戦い、圧勝した。
結果としてその力を冒険者達に畏れられることになり、良くも悪くも関わるべきではない相手だと強く認識させることになったのだ。
またそのおかげか、手のひらを返した冒険者と、恨みを恐れたギルドによって事の発端である大商人モロ・ポーは激しい攻撃を受けているという。
ざまあみろとイアが思ったのは言うまでもない。
そんな事情もあって場所が空いたので、2人は戦うべくして向かい合う。
いつもであればゴスペルが相手をするのだが、今日は丁度武器の途中経過を確認しに行くらしく相手ができないということだったので、セフィリアが代理を務めることになったのである。
もっとも、その代理の方が圧倒的につよいのだが。
「じゃあイア。 お前が好きなタイミングで攻撃を仕掛けるといい。 私に一撃当てたらお前の勝ち、逆の場合は言うまでもないな?」
イアが頷いたのを確認して、セフィリアは配置につこうとイアに背を向ける。
その背に向かってイアが拳を放った!
「おっと」
しかしその一撃はあっさりと変わされ、距離を取られてしまう。
読まれていたのだろう。
だが読まれているであろうとはイアも知っていた。元々期待はしていなかった一撃だ。
イアは離れたセフィリアに駆け寄ることなく、懐に忍ばせていた投げナイフを放った。
コカトリス戦で用いた粉塵玉のような道具を、イアは多く携帯するようになっていた。投げナイフもそのうちの一つだ。刃には毒が塗られている強力な暗器である。
しかしセフィリアは結構な速度で飛んでくるそれをいともたやすく避けてしまう。
だがそこへ更に次のナイフが。それもセフィリアは避けるが、その先にも邪魔をするようにナイフが放たれる。
イアは元よりそれらが当たるなどと思っていない。ただ足止めの為に用いただけ。
そのおかげで、イアはセフィリアに逃げられることなく距離を縮めることに成功していた。
だがセフィリアは今度は迎撃の姿勢を取り、イアの正面に構えた。
このまま接近戦になれば万が一にもイアに攻撃を与える機会は訪れないだろう。だからイアはこの攻防の最期の一手を打った。
「『ファイア・アロー』ッ!!」
「何ッ!?」
イアが叫ぶと、虚空に火の矢が生み出され、そして放たれた。
イアの”魔法”である。
そしてこれが使えることは、まだセフィリアには教えていなかった為、完全に虚をつくことに成功した。
「くっ!? なんのっ‥‥‥!!」
だがそれさえもセフィリアは脅威の身体能力で間一髪のところで回避して見せた。
しかし、ファイア・アローとは魔法が使える者たちが扱う魔法の中では初歩の魔法。それ故に攻撃力は他の魔法に比べて低く、基本的に数を撃つ魔法だ。1本しか撃てないことの方が、むしろあり得ない。
イアが毎日飲んでいる魔術薬だが、そもそも魔術薬とは魔力を持つ者の血を含むものを服用することによって魔力の総量を増やし、本来ならば魔力が扱えない者でも魔法が使えるようになる薬だ。
そしてその効果は、血が含む魔力が多ければ多いほど増す。
であるなら、化け物じみた力を持つセフィリアの血を含んだ魔術薬を毎日飲むイアがその魔法を一発しか撃てないはずがなく‥‥‥‥
「『ファイア・アロー・サウザント』ッ!!」
虚空に1000本もの火を纏った矢が現れる。
「これぞ”数撃てば当たる作戦”だよっ!!」
そして魔法の矢がセフィリアに降り注いだ―――――――――――――
□□□
「くっそ~~‥‥‥‥ イアが今まで魔法を使ったことがないからって油断していた‥‥‥‥」
結果からいうとさすがのセフィリアも至近距離から1000本もの集中砲火を一本も当たらずというわけにはいかず。
勝負はイアの勝ちとなった。
セフィリアの表情は言っていることとは裏腹に、とてもうれしそうだ。
戦いが終わり、ギルドを後にしたころには、もうあたりは夕暮れ時になっていた。
今はもうすっかり暗くなり、場所は宿のベットの上。
イアはといえば初めての魔法でいくら初級といえど1000発はきついものがあったのか、宿について早々に疲労で眠ってしまっている。
セフィリアは安らかな寝息を立てて眠るイアの顔を優しく撫でてやる。
するとイアは眠ったままくすぐったそうにしながらも、その顔を緩ませた。
そしてセフィリアは自身も部屋の照明であるランタンの火を消すと、イアの隣で横になって目を閉じる。
「今日もお疲れ。 ゆっくりとお休み」




