竜をも畏れぬ鬼畜の所業
ゴアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!
姿を視認できるまでに近づいた竜は、西洋風というのだったか。の見た目で、体色も、瞳の色も、チビドラゴンとまったく一緒であった。
恐らく親で間違いはないだろう。その証拠にその目は怒りで鋭くなっており、天をも揺るがす咆哮からは怒りを感じ取れる。
「お? なんかとばしてきたぞ~」
「「悠長にしてる場合か!!」」
「キュキュ~~!!」
黒い竜は口を開けると、一拍の内に数え切れぬ数の炎弾を飛ばしてきた。その大きさは竜の頭ほどあり直撃せずともただでは済まないことは容易に想像がつく。
慌てふためく2人を横目に、仕方ないかとばかりにセフィリアは腰の剣を抜く。そして構えをとった、が。剣を振るう様子はない。
そしていよいよ直撃寸前、炎の熱が肌に感じられるまで近づいたとき、セフィリアが動いた。
イアとゴスペルは炎弾の数を把握できていなかったが、セフィリアは違う。
その数は28発、そして3人を囲むようにして放たれているのを即座に見抜いていた。
そして‥‥‥
「せやっ!!」
セフィリアは眼にも止まらぬ速さで剣を振るった。
その回数は丁度28、放たれた業火と同じ数だ。そしてセフィリアの放った剣は寸分違わず炎弾の全てを両断する!
そしてその速さもセフィリアだからこその速さ。
まさに着弾まであと数秒もないところまで来ていた炎弾の全てを、セフィリアは消し去ったのである。
「‥‥‥さっすがセフィリアさん! よし、行こうゴスペルさん!」
「なっ!? ‥‥‥けどまあこうなった以上、仕方ねえよな!!」
その常識はずれな光景は、黒い竜の登場に慌てていた2人に落ち着きを取り戻させることに成功する。
どころかイアはセフィリアへの対抗心からか戦意さえも取り戻し、セフィリアの横へと並び立った。そうなってしまってはゴスペルだけが後ろで縮こまっているわけにもいかない。ゴスペルもその後に続いた。
そして炎弾を放った黒竜はといえば。
セフィリアの並外れた力を理解して怯えるどころか、むしろその動きに精密さが増した。
一直線にセフィリア達を目指していた黒竜は軌道を変え、回り込むように大きく旋回し今度はバラバラに、まき散らすように炎弾を放ち始めた。威嚇射撃といったところか。
「ちっ、冷静さを取り戻したか‥‥‥‥‥」
セフィリアはその黒竜の動きの変化に面倒そうに舌打ちする。
セフィリアの脳内では突っ込んできた黒竜を一刀両断にする予定だったのだが、冷静さを取り戻したのであれば自身と対等以上の力を持つであろうことを悟った相手に突っ込んでくるようなことはしまい。そもそも竜は頭がいい生物なのである。
どうするか‥‥‥‥‥
そう考えているうちにも、竜が放った炎弾は降り注ぎ、セフィリアは迎撃に動かざるを得ない。
だがセフィリアは気づかなかった。
実はそれによって、徐々にイア達から引き離されていることに。
見ているだけではいられないと意気込んでいたイアであったが、イアは拳、ゴスペルは大剣とどちらも近接戦型だ。相手がはるか上空にいるときにできることはない。
イア、ゴスペルはセフィリアのように炎弾を迎撃することはできないのだから。
だからこそ2人は気づけたのかもしれない。
炎弾の狙いが明らかに自分たちを離れ、逆にだんだんと遠くへと放たれていたことに。その意味に。
「まさかっ!?」
「くっそ、セフィリアさん!! こっちに戻ってきてくれ!! 竜がくるっ!!」
ゴスペルが叫んだ時にはもう、竜は2人めがけ音すらも置き去りにするほどの速度で一直線に降下してくるところであった。
「キュイイイイイ~~~~!!」
チビドラゴンの悲痛な叫びが響く。
と、それを聞いた黒竜の眼が見開かれ、一瞬だがその速度が鈍った気がした。
だがその軌道がそれることはない。
もう、たとえ不可能であろうと何とかするしかないと2人が構え――――――――――
「気づいていないとでも思ったかっ!!!」
ギャアアアアアアッ!!!?
メリッ、という音を響かせ黒竜の横っ面にセフィリアの飛膝蹴りが突き刺さった。
黒竜の行動は酷く正しいものだった。ただ計算違いが一つ存在したことだけは否めない。
それはセフィリアの能力の異常性だ。
黒竜の中ではどれだけ高い能力を持つと予測していても、あくまで自身の想像しえる範囲の中でセフィリアの実力を収めていたのだろう。
しかしそれは仕方のないことだ。予測とはあくまで自身の設定したものさし、それに定義された範囲でのみ成り立つのだから。
だがセフィリアに黒竜の、どころか、この世界のものさしは適用されない。そんな長さでは、全く足りない。
完全な規格外。
それこそがセフィリアなのだから。
黒竜は顔面を蹴り飛ばされ、悲鳴を上げて地面へと転がる。
大空を舞っていた竜が、地に降ろされたのだ。
「今ならっ!!」
「あ、イアちゃん!? ったく、本当に成長が早いこって!」
そうなれば、イア、ゴスペルの二人にもやりようはある。
「はあああっ!!」
駆け出したまずイアは起き上がろうとする竜の足の爪、その一本の付け根に鉤爪を突き刺した。
細かな鱗に包まれた竜の体だが、そこまでは包まれてはおらず、柔らかな肉をえぐられて、5本あるうちの一本が抜き取られた。
相当な痛みだったのだろう。
起き上がろうとしていた竜は声なき叫びをあげて体勢を崩した。
それをイアは容赦なく繰り返していく。
ゴスペルは大剣を背負いながら、クライミングの要領でイアの攻撃によって痛みに悶える竜の体を登っていき、そしてもう一つの柔らかい部分竜の翼、その付け根へと辿り着く。
とはいえそこも他の部位に比べれば薄いものの、しっかりと鱗に包まれている。
だがそこは男であり、大剣を武器にする力自慢の傭兵だ。このぐらいの薄さならば
「力で押し切るっ!!」
竜の背で男の声が響く。
それはゴスペルが剣を振る掛け声のようなもの。
一声上がるごとにガキィン!!と硬い者同士がぶつかり合う音が響く。
それが20は続いただろうか。
ゴスペルの長年の相棒だった大剣の刃も欠け始めていたが、翼を覆う鱗の大半も禿げてしまい、その下の肉をさらしていた。
ゴスペルは大剣を両手で握りなおすと、溜めの後に渾身の一撃を放った!!
「おおおおおおおおおおおっ!!」
バキィイン!!
音と共に砕け散ったのはゴスペルの大剣。
だが地に落ちていったのは半ばから折れた大剣の刃だけではなかった。
ギアアアアアアアアッ!!
竜の悲鳴。
そして落ちてくる巨大な黒の翼。
「へへっ、こいつあ、王都でも自慢できる貢献だなあ」
誇らしげに笑うゴスペル。傭兵は、竜の方翼を、見事落として見せたのだった。
と、そんなふうに2人がここぞとばかりに攻撃するのを眺めながら、セフィリアは首をかしげていた。
『なんで反撃しない?』
そう、爪を抜かれ、片翼も落とされたというのに、竜は未だに反撃しようとしないのだ。
流石にこれはおかしい。
そう思いセフィリアが竜の顔を見ると‥‥‥‥その視線はイアの方に乗るチビドラゴンに固定されていた。
『‥‥‥‥ひょっとして知らずのうちに人質を取ってたってことか?』
恐らく炎弾を撃っていた時。
その時はチビドラゴンの存在に気付いていなかったのだろう。あるいは気づいてはいたもののあそこまで密着しているとは思はなかったか。
ところが突進してきたときにイアにくっついたチビドラゴンに気付き、手出しができなくなったというところだろうか。
それから攻撃していないところを見るに、チビドラゴンがこちらにいる以上向こうに敵対の意志はないことになる。
途端に、なんだかいじめているような気分になってきたセフィリア。
見ればイアは集中して気づいていないが、チビドラゴンも必死にイアを止めようとしている。
子供を人質に、いや、ドラゴンだから竜質か?をとって親をなぶる‥‥‥‥‥もはやただの鬼畜である。
罪悪感で胸がいっぱいのセフィリア。
「イア!!! ゴスペル!!! 攻撃中止!!!! そのドラゴンにこっちを攻撃するつもりはないみたいだから!!!!」
「「はい?」」
その声にされるがままだったドラゴンの眼が、明らかにほっとしたものになったのだった。




