”審査”の結果は
「では、このくぼみに血を一滴たらしてください」
そういうと職員はイアに魔道具と針を渡す。
イアはそれを受け取ると自分の親指の腹に針を刺して血を出し、その指をくぼみに押し当てた。
すると魔導具、石か何かでできたそれの表面をくぼみにつけられたイアの血が、意思を持ったかのように動き始め、文字を形作り始めたのだ。
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イア・人種
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筋力・80(+5)
体力・75(+5)
魔力・100
精神力・130(+20)
<スキル>
「格闘術・Lv1」 殴る・蹴るなどの格闘の技能の才。関係する技能全般に補正効果を与える。
「心身掌握(固有)」 自身の感情のコントロール、それに伴う身体能力のコントロールを可能とする。
<称号>
「運命の神・フォルトゥーナの関心」 運命の女神・フォルトゥーナが関心を示している状態。
「生還者」 絶望的状態から生還した。
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「おお、悪くないんじゃないか? ”運命の女神”とかいう胡散臭いのに目をつけられていること以外はな。 な? 職員さん?」
「う、運命の女神様が、胡散臭い、ですか‥‥‥‥ええ、それどころか恵まれているといっても過言ではないでしょう。 固有のスキルを持っているうえに、女神さまに関心も持たれている。 これはこの先が楽しみですね」
セフィリアの言葉にうろたえた職員だったが、その口から出た言葉は肯定的なものだ。
「じゃあ!?」
「はい、イアさん。 あなたは冒険者として十分にやっていけるだけの才能を秘めています。 今日から是非頑張ってくださいね」
職員はにこやかにほほ笑むとイアにそう言葉をかけた。
それを聞いたイアは安堵のため息をつく。
「よかったじゃないかイア。 じゃあ次は私‥‥‥‥」
だな。
そう言って自分も”審査”をしようとしたセフィリアの手を、イアが止めた。
「なんだ?」
「セフィリアさん。 先に私の登録済ませよう?」
「なんでだ」
「絶対、そっちの方がいいから」
イアの目は、本気だった。
何をそんなに必死になっているんだろうかと思いながらも、セフィリアは別にそれを断る理由もないので素直にイアの登録を優先する。
「じゃあ、イアの登録だな。 で、戦闘スタイルの適性がどうのっていう話だったが‥‥‥‥」
「そうですね。 イアさんは「格闘術」のスキルを持っておられるようですし、接近戦でしょうね」
そういうと職員は、手元のイアの書類に流石の速さでスラスラと空白だった個所を埋め、カウンターの下で何事かをした後に、国民証とほぼ変わらないサイズの、銅製の板を差し出した。
その表面には書類に書いていた情報そのままが記載されていた。
「これが登録証、通称”ギルドカード”ですね。 これを持っていることがギルドに所属するものであることの証明になります。 そして、依頼を多くこなしたりするとランクの更新が行われるのですが、その際にもそのカードが必要になります。 実はそのカードは、ギルド固有の魔道具を使うことで今までこなした依頼などを記録、確認できるシステムになっているのですよ。 ですから、そのカードがないとその確認ができないのでランクの更新もできないわけです。 さらに今回は無料でお作りしたこのカードですが、もしなくされた場合は再発行に手数料をいただきますし、3回目以降は『所持品の管理能力なし』とみなして以降のカードの製作は拒否させていただきます。 ここまではいいですか?」
イアは真剣な表情でコクリとうなずく。
それを確認した職員は説明を再開した。
「次にギルドのランクについてですが、これはカードの色で『銅級』、『銀級』、『金級』、そして『黒級』の4段階になっています。 そしてランクに応じて受けられるギルドの依頼の難度も決まっており、銅級では3等星までの魔物、依頼としては5等級まで。銀級は6等星まで魔物、依頼としては10等級まで。金級は9等星までの魔物、依頼としては15等級まで。そして黒級は全ての魔物、依頼を受けることができます。 イアさんはまだ銅級ですから魔物は3等星、受けられる依頼は5等級までということになります。 魔物の等星については基準ですが、依頼の等級は絶対厳守です。 破った場合は罰則の対象になりますから、決して不相応な依頼は受けないように」
このランク制度、等級制度は冒険者達を守るための制度だ。
かつてまだこれらの制度がなかったころ、金に困っていた者達が次々に冒険者として登録をし、高額な、高難易度の依頼を受け、多数の死者が出るという事態が多発した。
しかも魔物の大半は他の生物を喰らうことで成長していくため、結果として、一時期魔物に対処するためのギルドが強力な魔物を生み出す原因を作るという結果になったのだ。
よってギルドはこの制度を定め、無意味な犠牲が増えることを防いだのである。
「以上で説明は終わりです。 何か質問はありますか?」
「いえ、丁寧にご説明していただき、ありがとうございました」
「気にしないでください。 仕事ですから」
イアのお礼の言葉に、職員はさわやかな笑みをもって答えた。そこには一仕事終えた感が漂っていたが、忘れてはいけない。
「さて、じゃあ次は私の”審査”だな!」
まだセフィリアの”審査”は終わっていないのだから。
「じゃあ手早く済ませようか」
セフィリアは職員から魔道具を受け取ると、すぐさま自身の親指を噛んで傷つけ、それをくぼみに押し当てる。
本来ならばイアがそうであったように、その血が文字を形作るはずであったが、変化は一向に起きない。どころか、パチパチッ、と、壊れたような音すらし始めた。
セフィリアはイアの嫌な予感が的中したことに顔を引きつらせながら、どう見ても壊れたとしか思えない魔道具を職員に差し出す。
「職員さん? これ、弁償しないといけなかったりするか?」
そうだったら面倒だなあと思いながら、セフィリアは半ばあきらめた感じで職員に問うた。
しかし職員はといえば、その額に汗をにじませ、驚愕の表情を浮かべたまま微動だにしない。
「お~い?大丈夫か職員さん?」
「はあ‥‥‥‥やっぱりとんでもないことになった‥‥‥‥」
「イア‥‥‥‥『やっぱり』ってなんだ、『やっぱり』って。 私だって別に狙ってこうしてるんじゃないんだぞ!?」
そのやり取りを聞いて再起動した職員は「ちょっといいですかっ」と形だけの断りをいれてひったくるようにして壊れた魔道具を凝視する。
「その、なんだ。 壊してすまなかった‥‥‥‥‥」
「いえいえいえ、そんなことは別にいいんですよ!! それよりも仮にも神のご加護を受けたこの魔道具が壊れたという事実の方が重要です!!」
さりげなく魔道具が壊れたことを「別にいい」と断じた職員は興奮冷めやらぬといった感じでセフィリアに詰め寄る。
「いいですか? 確かに魔道具も道具であるがゆえに寿命で壊れたり、何らかの外的要因で壊れることはもちろんあります。 ですが、神のご加護を受けた魔道具というのは、そのどちらでも壊れることは全くと言っていいほどありません。 これはこの世界における常識といっても過言ではない。 ですが、なぜかあなたの血で現にこの魔道具は壊れた。 これがどれだけのことかわかりますか!?」
「それは確かにすごいな」
「すごいどころじゃありませんよ!?」
もはや最後の言葉は悲鳴じみていた。
しかしそんなことを言われてもどうすれば、というのがセフィリアの内心である。
実際、自分がその魔道具を壊したことがどれだけ凄いことなのかよりも、自分は、このままギルドカードを作れるのかどうかの方が重要だったからだ。
とりあえず未だ興奮している職員をなだめると、結局この後どうすればいいのかを聞いた。
「そうですね‥‥‥正直どうすればいいかわからない、です。 この”審査”はあくまでその人物が冒険者に適しているかを見定める目安にすぎませんが、それでも、その結果が全くわからないというのも問題なのです。 なにせ、後になって『実は称号に示されるほどの危険人物でした』とかじゃあ、目も当てられませんから。 ですから、手間はかかりますが、鑑定神・フォルセティ様の神殿で”審査”を受けてきてもらえませんか?」
「まあ‥‥‥‥そういうことなら仕方ないのか‥‥‥‥‥」
申し訳なさそうにそう提案した職員の言葉に、納得はしたセフィリアはしぶしぶ肯定の意を示す。
「ね? 私の言ったとおりになったでしょ?」
「ぐっ‥‥‥‥‥」
そのイアの言葉はセフィリアのあるかわからない急所に的確に突き刺さった。




