神との邂逅
イアの予想を裏切らず、能力検査用の魔導具を破壊するという偉業を成し遂げたセフィリアは、ともかく”審査”をするために神殿へと向かった。
今回もイアは当然として、ゴスペルも共に来ている。
「見ていないとどんなことになるか心配で仕方ねえ」とは本人の弁だ。
これにセフィリアが不満気な表情を浮かべ、イアが深く感動したのは言うまでもないだろう。
時刻は夕暮れ。
沈んでいく夕日を背景にたたずむ白亜の神殿の前に、一行はやって来ていた。
「ようこそ、フォルセティ様を祭る神殿へ。 ”審査”をご希望でしょうか?」
「ああ、そうだ」
「でしたら、この通りをまっすぐ進んで突き当りにある大扉、そこにフォルセティ様の祭壇がございますので、そちらへ向かってください」
「わかった」
セフィリアは案内役らしき司祭に道を聞くと、すぐさまその場所へと向かう。
イアはといえば初めての神殿に興味津々である。
セフィリアも視線をあちらこちらに飛ばしてはいるものの、それは興味からくるものではない。どちらかといえば品定めするような、そんな視線であった。
「それにしてもこんなに広いというのに、ずいぶんと人はまばらなんだな? それにさほどはこの神殿の関係者のようだし」
その疑問には後ろをついてきていたゴスペルが答えた。
「各地にあるフォルセティ様を祭る神殿には、”審議”を受けるために大勢の人がやってくる場所なんだよ。 だが、この神殿にあふれかえる程人がくるのは王都にある”国立騎士魔術師育成所”、通称”学院”の入学期間である春の初頭だな。 それ以外の時にも冒険者志望の奴なんかがくることはあるが、セフィリアさんみたいなイレギュラーでもない限り神殿に来ることはねえ。 そしてそんな冒険者を志す者も夏の今頃にはいねえからなあ。 こっちは冬が多い」
「それは何故?」
「さあな。 冬には役人だろうと商人だろうと職にあぶれるやつが多いからじゃないか? 使えない奴らが切られる時期が冬だ。 そういうやつらは荒事でもしねえと次の仕事を探すにしたって、その間食いつなげずに死んじまうのさ」
いわゆるリストラである。
そしてこの世界ではそんな人物たちは早くても次の春までは仕事の当てはないといっていい。
そしてそういう者達の飯の種となるのが、冒険者家業というわけである。
少し話がそれたが、ともかく、人気のない静かな神殿の通路をすすんでいくと、やがて見事な装飾が施された大扉があった。
扉には女神・フォルセティと思しき女神が描かれており、扉の横には天使の石像が置かれていた。
その壮大さに圧倒されているイアを横目に、セフィリアはその扉に手をかける。
すると見た目の大きさに反して扉は簡単に開き、その中の様子をあらわにした。
そこはドーム状の作りになっており、ガラスの貼られた天井は高く、そこからは夕暮れの光が差し込んでいる。
祭壇はその奥にあり、石造りのそれには見上げるほどの大きさの水晶がたてられていた。
「ようこそ、女神フォルセティ様の祭壇であり、”審議”の間へ」
部屋へと足を踏み入れたセフィリア一行に、その部屋にいたらしい司祭が声をかけてきた。
その司祭の服装は案内役の司祭が白色であったのに対し、黒色であることから、おそらくは地位の高い司祭なのだろう。
「フォルセティ様の”審査”を受けに来られたのですね? よろしければ手順をお教えいたしますが、どうなさいますか?」
「ゴスペルは知ってるか?」
「いいや。 俺はそもそも傭兵だからギルドの”審査”さえ受けたこともねえ」
「ふむ。 じゃあお願いしようかな」
「畏まりました」
セフィリアの言葉に司祭は説明を始める。
それは何度も繰り返し口にしたことが分かる程流暢だった。
「まずはあの祭壇にて跪き、フォルセティ様に祈りを捧げてください。 そして口に出す必要はありません。 ただ”審査”を受けたいと願ってください。 そうすればその願いにフォルセティ様が答え、あの大水晶にあなた達の可能性が示されるでしょう」
可能性、というのが要は称号やスキルということなのだろう。
「では早速。 一体どなたが”審査”を受けられるのでしょう?」
「あ~、その、代金を払ったりはしなくていいのか?」
そう言ったのはゴスペルだ。傭兵の頭目をやっていた当たり、やはりそういったことは気になる性分なのかもしれない。
それに対して司祭はとんでもないとばかりに首を振ってこたえた。
「私たちはフォルセティ様に信仰を捧げているだけであり、”審議”を行っているわけではありません。 もちろんフォルセティ様がそれをお望みになったのであれば、金銭を要求することはございましょう。 しかし神とは偉大なるお方。 そのようなものはお望みになりません。 であれば、我々も金銭を要求しないことは当然でありましょう」
「それは、見事な心構えだな」
セフィリアは思わずといった感じでつぶやく。
その呟きを耳ざとく拾った司祭は軽く頭を下げると「光栄です」とだけ答えた。
「じゃあ早速”審査”を受けさせてもらおうじゃないか」
セフィリアはそういって祭壇に向かったが、やっぱり嫌な予感がするイアは、その背を不安そうに見つめるのだった。
‥‥‥‥それにしても”神”、か。
セフィリアの頭の中に、その単語が染みついて離れない。
神。
その定義とは簡単に言えば、超常の力を持つことであろう。
実際、かつてのセフィリアも、セフィリアの存在を指していたかは分からないが、そう呼ばれることは多々あった。
しかし新たに作り直したこの世界で、セフィリアが力の大半を捨て、1人の人としてこの星に降り立った時点で、セフィリアそういった存在を作った覚えがない以上、神と呼ばれるような存在は存在しないはずなのである。
とはいえ、地震や嵐といった天災を神の御業として神格化することもなくはなかったので、今までは大して気にはしなかったのだ。
しかしギルドで自身が壊した魔導具。あれを見て認識が変わった。
”神”と呼ばれる存在は、確かにいると。
あれには自身が捨てたかつての力を、それこそ微かではあるが感じた。
自分が人として生きているよりも長い時間有してきた力である。気づかないわけがなかった。
であればその存在はいつ、どのようにして生まれた?
その存在はどれほどの力を持つ?
それはこの世界で人として生きてきて初めて体験した”未知”であった。
それに抱いたのは少々の”不安”、そして強い”興味”。
「さて‥‥‥‥‥司祭殿には悪いが‥‥‥‥‥」
この”審査”。
利用しない手はないだろう。
ここにある大水晶。それにはギルドの魔導具とは比べ物にならないほどの力を感じさせる。
それはセフィリアに懐かしいと感慨を抱かせる程。
セフィリアは祭壇にのぼると、跪くことなくそのまま要求をした。
「聞いてるんだろう? 神、フォルセティとやら。 私と話をしようじゃないか」
その不遜な物言いに後ろで聞いていた司祭は絶句し、その後顔を真っ赤にしてセフィリアへと詰め寄っていく。
「何をしているのです!!? そんなご無礼が許されるわけ‥‥‥‥‥!!」
―――――――――――――もちろん、構いませんとも。
「なっ―――――――――――――!?
司祭はまたも絶句する。
しかしその理由は純粋な驚きによるものだ。
空間全体に響くようにして響いた声。それは有無を言わさず、その声の主がまさに”神”であると理解させるような威厳ある声で。
「な、なぜ、なのです―――――――――――――」
その声が響いた後、部屋のすべてを塗りつぶすほどまばゆい光が大水晶より放たれ、その光にさらされた司祭、そしてイアとゴスペルも意識を失う。
そしてセフィリアの姿は、どこにもなかった。
□□□
「ああ、ずいぶんと懐かしいな。 この感じも」
それは上も下も、左も右も、前も後ろもわからないような、不思議な空間。
だというのに、世界のすべてが知覚できるいわば世界の”管制室”。
以前と違うことは、自身が人としての姿かたちをとっているという事。
「ここにいるということは、どうやら本当に神というのは私に似た存在だったようだな」
「―――――――――――――というよりは、貴方の”後継者”。 その表現が正しいかと」
呟きに答えた声の主の方向を見る。
そこにはあの神殿で見た姿とまるで同じ姿かたちの、女神の姿があった。
「お前が」
「ええ。 初めまして。 私が人の子に鑑定神・フォルセティなどと呼ばれているものです」
女神フォルセティは、女神らしい微笑みを浮かべてそう答えた。




