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影隠し  作者: 真希
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第五話:影

真っ暗で何も見えない。

ぎゅっと目を瞑ったままなのだと気づくまでに時間を要した。気づいたころには銃声も止み、悲鳴や足音も聞こえなくなっていた。

静寂。

薄っすらと開いた理沙の視界の中に飛び込んだのは、車椅子転がった父親と、立ち尽くす自衛隊、宙に浮いた銃弾、そして闇を纏った天使。

悠馬はニッコリと笑いながら、魚のように口をパクパクとさせる自衛隊たちに手を伸ばす。小さく悲鳴を上げたのは、鍛え抜かれた精神を持つといわれる自衛隊だろうか。だが、自衛隊でなくても、この光景には度肝を抜かれる。

発射された銃弾は、着弾することなく、宙にとどまったまま。

雄一郎は失神しているようだが、一つの傷もついていない。誰の血も流れなかった。宙で静止したままの銃弾は、すべて矛先を、唯一立っている悠馬へと向けていた。理沙も雄一郎も姿勢が低かったので、狙いを悠馬に定めたのであろう。だが、どれも悠馬の肌を傷つけることが出来なかった。

「なぜ……」

もっともらしい質問をした自衛隊員へ、悠馬はそっと笑いかけた。目を伏せるようにして視線を落とすと、そこに広がっている黒い闇を見ていた。

影。

悠馬の影。

そこにいた誰もが、現実を離れ、この世ではありえない光景を目にした。それを真実として記憶するかどうかは、脳が正常な判断を下せるかどうかにかかっている。

悠馬を中心として円状に広がった黒い影。人型をなしているのではなく、自在に形を変え、円状に広がっているのは事実か。そして、その影の上では、たとえ空中であっても、その範囲に入ったものは動きを支配されている。発射された銃弾は、黒い影に目をつけられ身動きできずにそこで停止したようだった。小さな銃弾の影は、黒い影の見えない触手に、捕まったようだった。

おかげで悠馬には届かず、誰の血も流れない。

けれども、流れているはずの血が凍った。

たった一撃で人間を死に追いやるはずの弾は、何十発あろうとも、たった一人を殺すことができないどころか、中途半端に宙に停止したのである。自衛隊の仕業ではない。平常な人間に、なせるわけがない。影が円状に広がったのは錯覚としても、銃弾が空中で停止しているのは錯覚では説明がつかない。

サッと悠馬の手がふられると、銃弾が廊下にバラバラと降ってきた。円状の影は、いつの間にか悠馬の影に落ち着いている。幻としか、思えなかった。

「な、なんだ、今のは……俺は夢を見ているのか……」

「いえ、リーダー、じ、自分も、見ました……」

ごくりと息を飲んだ音が、聞こえてくるようだった。それなのに、あいかわらずの悠馬の暢気な表情がそこにある。恐ろしいものに見えた。

「今のは、貴様の仕業か?いや、何者だ、おまえは」

「そっちこそ」

「我々は……国の要請で来たものだ」

「自衛隊が動くほどか。国は発砲まで許したのかな?いきなり、民間人を撃って、良心がとがめない?」

いきなり説教をはじめる男に、自衛隊員たちは顔を見合わせ、おかしな状況の理解を急いだ。けれども悠馬の顔をみていると、何がなんだかわからなくなってしまう。

「人様の家に勝手に入り込んでくるなんて、何様のつもり?」

片瀬家に不法侵入したのは、回答に戸惑う自衛隊ばかりではなく、悠馬もである。誰も指摘しなかったのは、雄一郎が気絶しているのと、理沙が口が聞けなくなるほど驚愕しているせいだ。

精神を鍛えられた自衛隊は、すぐに自分たちの使命を思い出し、銃を奮い立てた。今度こそと悠馬に狙いをさだめ、発砲寸前で動きを止める。

「動いたら、撃つ。その前に、質問に答えろ」

「聞きたいことなら、こっちにもある。さっきも言ったけど、君ら、自衛隊だろ?日本国民を傷つけることして違法にならないの?ずるいなあ、僕も国の後ろ盾が欲しいな」

「これは上からの指示だ。片瀬雄一郎の身柄確保ならびプロジェクトに関わった人物全員の暗殺」

始めから、悠馬を殺す気でいる自衛隊は、軽々としゃべり出していた。さっきのは気のせいで、今度こそ悠馬をしとめられる自信がある。これまで培って来た努力が、あんな幻想に破られるはずがない、と彼らは意気揚々と銃を構えている。だんだんと気が落ち着き始めると、もうおかしな現象のことはただの過去として捕らえられるようになる。

「貴様が雄一郎を庇い立てるというのなら、おまえを雄一郎の犯罪に手をかした人物として、こちらは捕らえる。悪いが、容赦なく撃たせてもらうぞ」

「別に庇ってない」

「こちらの判断だ。従ってもらう」

「一方的だな」

とはいえ、四方八方から銃を向けられている以上、悠馬たちには逃げ場がなかった。大人しく退散した方がよさそうである。

だが、逃げられそうにもなかった。

動こうとしただけで、銃口が牙を剥く。どちらにしても、結局は悠馬たちを殺す気でいる。

「質問してもいいかな?」

「この際だ、聞いてやる」

「君たちの後ろ盾は日本そのもの?」

「そうだ。日本は他国相手に第三次世界大戦を勃発させようとしている。無論、日本はチップの力を借りて勝利を得る。チップがあれば、戦国時代の日本統一よりも現代の世界統一の方がずっと楽に行なえるからな」

「ひどい話だ」

そうは思っていないような口調に、自衛隊のリーダーと呼ばれる男は苦笑する。謎めいた部分の多い悠馬の面白さを知ったのだ。のんびりとマイペースな性格を笑ったのではなく、その性格があまりにも悠馬に似合っていたから、笑えたのだ。悠馬そのものだといえる。

たとえ世界が炎で焼き尽くされようとも、悠馬だけは笑顔絶やさずに立っていそうだ。朝起きたら顔を洗うのと同じく、悠馬がそこにいるのは当たり前だと、きっとそう思うだろう。

「おまえのようなやつが、雄一郎に加担していたとは思えんな」

「加担なんてしてない。ちょっとした知り合いなのさ」

「どういう知り合いだ?研究員仲間だろう?」

「冗談じゃない。ついさっき、そこで話したばかりさ」

「……知り合いとは言えまいな」

「なら、見逃してよ」

「できない。一応、おまえが何かの情報を隠し持っているとも限らないから、ここで処分することにする」

「何もないよ」

「いま、俺が言葉にしたことを聞いただろう?それだけでも、十分情報を持っていることになる。チップに関する記憶はすべて抹消せねばならないのだ」

「チップの話なんか、さっぱりだよ。とりあえず、兵器になるらしいけど、実物は見たことがないし」

「チップが存在すると知っているだけでも抹殺するに値する」

「まったくもって、ひどい話だ」

自衛隊長はゆっくりと近づき、銃口を悠馬の額にぴたりと押し合える。確実に仕留めるには、こうする他ない。逃げもせず、怯えもせず、悠馬はリーダーの瞳を覗いていた。

悠馬の男女とわず見惚れてしまう美しさに、思わずリーダーはたじろいだが、決して視線をそらすことはしなかった。

「さきほどのように変な術を使っても無駄だぞ。この距離なら、外さない」

「弾が出ればね」

「出る」

そう信じて指に力を込めた。

銃声は――上がらなかった。空弾ではない。カチリ、という引き金を引いた音すら誰にも聞こえなかったのである。何の音もしなかった。

リーダーは指を引けなかった。引き金に込めた力は、自らの意志に反し、引き金を引かなかった。それ以上進むことを躊躇ったのではなく、なんの前触れもなしに石化した。

指だけではない。全身もまた、思い鉛が負荷されたように、動かなくなってしまった。目の前で微笑む悠馬が、悪魔に見える。

「弾が出ない銃は捨てなよ」

すると自衛隊長の手は、銃をぽとりと落とした。隊員たちが愕然とその様子を見ている最中、隊長は歯を食いしばって、何かに耐えている。見えざる攻撃が隊長を苦しめているようだった。

すぐさま、銃口が悠馬に向けて発射をするかに見えた刹那、自衛隊員たちもまた、隊長と同じく全身の自由を奪われた。意思とは別に銃を取り落とし、焦燥を隠すことができなかった。自分の意思ではない、銃を落とすなど、したくなかった。

黒い巨大な影が自分の影とつながっている。いや、自分の影の方が巨大な影に飲まれている。その影がひとつとなり、悠馬のすらりと伸びた足先に繋がれていた。

まるで意志をもった黒い影――魔影を操る魔人のごときその畏怖なる存在に、そこにいたすべての人間が恐怖を抱いた。

逃げられない。

緊迫の状態が続き、さすがの自衛隊も持久に耐えかねた時、影はフッとその姿をもとのサイズに戻した。

だが、誰も自分の足でたっていられるものはなく、みな、へなへなと崩れ倒れる。やはり立っているのは、悠馬だけ。いや、壁にもたれつつではあるが、リーダーと呼ばれた男もかろうじて立っている。屈辱に震えるその目は、困惑と憤怒が混合されている。

悠馬は新たなる敵を見つけたのか、視線は自衛隊ではなく、別の方向を見ている。廊下へつながる扉とダイニングルームに通じている通路とあるが、悠馬は前者を見つめている。しまってはいるが、その扉の向こうに立つ人物が悠馬には見えるのかもしれなかった。

少しだけ家の内部温度が下がる。

「歩ける?」

ガクガクと震える理沙に尋ねたのだと、数秒してからわかった。

答えるだけの力もなく、すぐに理沙は父親と一緒に気絶し、母親の上に重なってしまう。

やれやれ、と肩をすくめた悠馬は、すっと両手を上げる。すると、自衛隊長とその隣にいた体つきのいい隊員二名が、すっくと立ち上がり、いきなり理沙、理沙の母親、雄一郎とをそれぞれが担ぎ上げたではないか。

「な、なんだ、これは!どうなっている!」

「まあまあ、落ち着いて。リーダー」

「貴様に呼ばれる筋合いはない!っち、なぜ俺が片瀬を運ばなければならないのだ」

「人手不足なんだ。協力してくださいよ、自衛隊でしょ?」

彼ら自衛隊の影が、悠馬の影と繋がっているのを誰も見たものはいない。

ただ、自分たちの仲間が、罪人である片瀬一家を、処分目的ではなく確保しただけに過ぎない。しっかりと担ぎ上げたあと、そのまま、悠馬の後ろについて行くのを見届けてもなお、信じられる光景ではなかった。

扉は閉まった。静けさがこの家に戻る。

呆然とした彼らに、自衛隊本部から引き上げ命令があったのは直後のことである。必死の声は、片瀬邸の周囲を監視するレーダーに異様な発信と未知なる生物の影が現れたとの報告をしたが、いま、目の前で奇妙な光景を見た彼らには、どうでもいい話であった。

数秒後、この豪邸が、象に踏み潰されたようにぐしゃりと押しつぶされ、破壊された。



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