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影隠し  作者: 真希
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第三話:浦城一族

ぐるぐると悠馬のまわりをうろつく理沙は、あの大きな熊のぬいぐるみを探している。あれほどのものを、一瞬でどこに隠したのか。痩身の悠馬が服の下に隠し持っている可能性はゼロ。

呆れながら、悠馬は依頼内容を理沙に確認し、報酬もきちんと約束する。

「でも、あたしのお小遣い分しかでないわ」

「さようなら」

即刻帰ろうと進行方向を変えた悠馬に、あわててしがみつく理沙であったが、悠馬の歩きのスピードは速かった。金が手に入らないとあって、やる気を無くしたのか、ぬいぐるみをあの男たち渡すべく悠馬は後退する。

金に厳しい、別のいい方をすればケチである。悠馬の性格を理解した理沙は、頼るべきは悠馬しかいないとわかっているから、どうにかしてひきとめようとする。

「わかったわ!お金はちゃんと払う!パパのへそくりからでも何からでも、規定料金分はしっかり払うから戻ってきてよ!」

「話を戻そうか」

期待に満ちたその声は、理沙の父親のへそくりが幾らあるのかを計算し始めている。現金な人だと思いつつ、理沙は悠馬が嫌いになれなかった。むしろ、好意的な思いがある。この世のものとは思えない美貌のせいもあるだろうが、三人の雇われ男たちを触れもせず追い払ったせいでもある。

悠馬はそこに立っているだけだった。

拳銃を取り出し、殺気を振りまいていたのは男たちのほうだった。なのに、悠馬は平然と向き合い、理沙を窮地から救った。得体の知れない恐怖は、悠馬の味方だろう。理沙は絶対の自信を持った。

「絶対あの人たちや、パパに渡さないでね」

「はあ。ちなみに中身聞いてもいいかな?」

「え」

「ぬいぐるみの中身。ただの綿だけじゃ、あの重さにはならないよ」

わかっているのだ、悠馬は。

ほんのわずかな重さでも、普通のぬいぐるみとは別のものが詰まっていることに、悠馬は渡された時に気づいていたのである。依頼品を興味本位で開き見てしまうのは、プロのすることではない。

「言わなきゃダメ?」

「別に」

まるで興味がない悠馬である。悠馬以外の人間ならば、それなりの好奇心で中身が見たくなっているだろうが、悠馬は本当に興味がなさそうである。仕事とあらば、たとえその箱の中身が核兵器だろうが、リンゴ一つだろうが、悠馬はきちんとこなしてみせる。それが悠馬のプロとしての腕前だった。

理沙は思い切って、悠馬に話し出す。

「あのぬいぐるみの中には、プログラムの詰まったチップが入っているの」

「へえ」

「第二次世界大戦で使われた原子爆弾があるでしょう?あれのせいで、日本は負けを宣言したわ。けどね、あの時の日本には核を超える最強兵器が機密に保管されていた。戦争で使わなかったのは偶然だけど、おかけでその兵器は更なる強化と進化を続けることになったわ。そうして完成したのが、このチップ。あまりにも複雑な構造と膨大な計算式で、成功例はこれ一つ、二度と同じものは作れないとパパが言っていたわ」

「君のパパが?」

「パパは研究員なの。これを作ったのもパパよ。はじめは銃や戦車をいかにして改造するかを悩んで、日本軍事機関に情報を提供していたけど、ある日パパは気づいたのよ。そしていつのまにか、これを完成させていた。家族のあたしやママが気づかないうちにね」

なぜ急に、何を悟ったのか。理沙の父親は、悪魔のささやきを聞いたのかも知れない。

そして、作り出したプログラムチップは、実に強力な武器となった。これひとつあれば、すべてが力によって制裁される。へこへこと下げていた頭を上げて、自分が相手よりも優位に立つようなそんな力を、一夜にして手に入れられるわけだ。日本という枠を越え、世界を従えさせることすら可能である、と理沙は言った。

「もちろん、日本政府はそんなチップを野放しにはしなかった。すぐに提出するように軍事機関が催促してきたわ。けど、パパは断った。だってチップさえあれば、軍事機関だって怖くないもの」

軍事機関を支配し、自ら操ることすら、そのチップを持てば可能だという。

しかし、そのチップを使用する前に自衛隊によってチップを盗まれてしまった。防犯センサーが起動し、すぐさまチップを奪い返しに父親は立ち向かったが、チップなしの彼は自衛隊にかなわなかった。両足を失い、それでも立ち向かってくる理沙の父親の執着心に、自衛隊は恐怖すら感じていただろう。その甲斐もあってか、銃撃戦が終わったころには、チップを奪い返すことが出来た。それから今までチップを死守することができた。

「でも、いつまた、軍事機関が動かないとも限らないから、あたしはチップを持ち出して逃げたわ。チップさえなくなれば、パパも死ぬことはないでしょう?それなのに、パパはあいつらを雇ってまで、チップを取り返したかった。あたし、怖かったわ。チップのせいでパパは人が変わったし、たくさんの血も流れるんだって思ったから」

残虐な光景を描いてしまったのか、理沙は身を抱えて震えている。この少女の必死の願いも、父親が無残に潰してしまうは、はたしてこの世の常なのだろうか。少女の願いをかなえるために、父親が手をかすことこそ常ではないか。

伏せた悠馬の視線が、ふと曇ったようだったが、理沙は見ていなかった。

「お金をもらったら、すぐに帰ってね。パパに見つかると厄介だから」

「了解」

「誰にもしゃべらないでよ?自衛隊が来ても、知らないっていえる?」

「……馬鹿にしてる?」

「いいえ、でも、不思議なのよ。さっき預けたばかりなのに、もうどこにもないなんて。いったい、何処に隠したの?」

「内緒」

「まさか、もう誰かに渡したなんてことないわよね?そうだったら、心配だわ」

「心配ない。誰にも見つからないよ」

「駅のロッカーとか、下水道の中とか、すぐにばれる場所じゃないわよね?」

「おもちゃ屋に紛れ込んでることもないから、大丈夫」

「なら、どこにあるの?手に持ってる、わけじゃなさそうだし」

「秘密」

「無理矢理にでも在処を吐かせるしかねえな」

「ん?」

理沙にしては品のない言葉と口調に、思わず足を止めた悠馬の背後から、殺気がこぼれてきた。

閃光を伴って降り注がれたのは、鋭く尖ったナイフ。

アスファルトに突き刺さるほどのそれは、しかし、悠馬に傷をつけてはいない。悠馬が反射的にさっと避けたおかげで、ナイフが刺さっただけに終わったのだ。理沙も無事である。悠馬に付き押され、尻餅ついたが、それだけで済んだ。

「もう、何よ!」

命を狙われていたことすら、理沙は気づいていない。突然、押した悠馬に文句ばかり言っている。

けれども悠馬は、理沙の声を聞いていない。ナイフが飛んできた方向、ナイフを投げた人物を見ていた。

全身を茶色い布で覆っている長身の男が歩み寄ってくる。不敵な笑みを浮かべ、悠馬をジロジロと眺めていた。風で布がめくれると、彼が襲撃犯であることが一発でわかった。全身にナイフを巻きつけていたからだ。

スッと手を伸ばし、突き刺さったナイフを抜き取ると、それを手で弄くりながら、またしても悠馬に目を移す。どう見ても、何か用がありそうだ。

「聞いてる?紫影さん!」

隣の理沙はまだ騒いでいた。ナイフ男は、理沙のほうにも目を移したが、すぐにまた悠馬に戻す。嫌な目つきだ、と悠馬は不機嫌そうに見返す。

「よせやい、そんなに見られると、男の俺でも気がどうにかなっちまいそうだぜ」

「変態」

「俺だけじゃねえさ。あんたに見られりゃ、男女問わずあんたに惚れちまうぜ」

「話はそれだけ?」

「おっと、あやうく本題を忘れるところだった」

忘れてしまえ、といわんばかりの視線を悠馬はナイフ男へ投げつけ、理沙を小突いてさっさと歩き出そうとする。ナイフ男が行く手を阻むが、悠馬はめんどくさそうな表情を変えずに、顔を上げた。

「退いてくれるかな、変態君」

「勝手に人を変態呼ばわりするんじゃねえ。俺はおまえが持ってるぬいぐるみとやらをもらいに来ただけだ」

「変態改めロリコン」

「違う!ぬいぐるみと言っても、その中に含まれている最強兵器が欲しいんだよ!」

「ちょっとあなた!なんで、ぬいぐるみの中にチップが入ってるって知ってるのよ!」

血相変えて理沙が飛び出し、悠馬が下がった。父親のもとから盗み、ぬいぐるみにつめて家を飛び出したのは、自分とそれから研究員ぐらいしか知らないはず。なぜ、こんな見も知らぬ相手が知っているのか、理沙は混乱していた。

ナイフ男は理沙には興味無さそうに視線を外し、悠馬だけを相手にする。

「俺は浦城うらき一族の長男、浦城和雄だ。こっちが名乗ったんだ、名前くらい教えてくれるよな?」

「紫影悠馬」

「一生忘れないぜ」

「変態」

「いい加減、話を進めさせてくれないか」

「どうぞ」

「ちょっと待って!」

ようやく話が進むのかと思いきや、理沙によって話が中断される、どころか始まりもしない。ナイフを握りなおした和雄だけでなく、空を見上げた悠馬でさえ、理沙が邪魔だと思わずに入られなかった。一向に先に進まないではないか。

そんなことはお構いなし、理沙は自分の思ったことを次々に口にする。

「浦城ってあの、もしかして、パパと同じ研究員の?」

「同じ、じゃない。部下だった。そのチップが出来たせいで、俺の親父は片瀬雄一郎――つまり君の父親に殺された」

「嘘。パパは、研究員を殺したりしないわ」

「したんだよ。チップの力を試そうとしてな。俺の親父は実験材料にされて死んだ」

「そんな……」

「別に恨んじゃいない。だから、おまえを殺そうなんて考えてないから安心しろ。いや、あのチップを渡してもらえなければ、殺すぞ」

「どうして?チップはもう手の届かない場所に隠したわ。それでいいじゃない」

「親父の復讐のためにチップを奪い、破壊したいだのって言う考えはさらさらない。チップを手に入れ、片瀬よりも日本政府よりもトップに立ち、世界を支配したいっていう願いはあるがな」

父親の死を嘆くのではなく、その死から自分に有利な情報を得たというのか、この和雄という男は。

「俺だけじゃない、母さんと弟も別口の情報を確かめにいってるぜ?まさか、『ぬいぐるみにチップを仕込んで逃げ出した娘』の情報が当たってるとは思わなかったがな」

「はずれさ、帰りたまえ」

「いいや、俺の見たところ、あんたが隠し持ってる。どこに置いたかは知らないが、場所を吐いてもらうぞ」

「知らないな」

「余裕なのは今のうちだけだぞ」

彼は懐から鋭い武器を取り出す。今度はナイフではなく、注射器であった。それも、悠馬に向けて投げるのではなく、自分の腕に刺そうとしている。

「これはな、筋肉強化剤だ。そのチップを作る過程で生まれたものさ。それを親父は持ち帰り、それなりの工夫を加え保存しておいたものを俺がこうして、利用してるってわけだ」

「君の母親と弟も、それを?」

「いいや、母さんも弟も別の武器を持っている。知りたいか?」

「ぜひ参考に」

「秘密」

さきほどの悠馬と同じセリフを吐き捨て、和雄は飛び上がった。一回の跳躍で理沙の身長を飛び越え、悠馬の眼前まで迫ったのは人間のできる技ではなかった。これが筋肉強化剤の出した結果だろう。

振るったナイフの刃先が悠馬の首筋に朱線を流すために空を走った。

風に散ったのは赤い血ではなく、ただの空気。和雄の刃先は悠馬をきることが出来なかったのである。

悠馬は一歩はなれた場所に立っている。

「避けたな」

「もちろん」

「俺のスピードを超えたのか」

筋肉強化した和雄の脚力と素早さは、のんびりとした悠馬の避けるスピードをはるかに超えるはずであった。だが、悠馬は避けた。

偶然だろうか。再び駆け出した和雄の拳は、悠馬の腹を抉るはずであった。

それなのに服すら掠りもしなかったのは、和雄のスピードを悠馬が超えている証拠であろう。口を吊り上げて、和雄は愉快気に走る。

「強化した俺より早いってのかい?紫影悠馬」

「さて」

「話す余裕まであるじゃねえか」

シュ、シュッと空気を切り裂き進むナイフの音が乾いた空気に鳴り響く。理沙はぼうっとその成り行きを見守っているが、犬の散歩をしていたおばさんや、ショッピングしていた女子高校生たちは甲高い悲鳴をあげて逃げ惑い、瞬時にしてそこから立ち退いていく。大混乱となった。

そんななか、悠馬と和雄は攻防――ほとんど和雄の攻めだが――を繰り返している。

右へ、左へ翻弄しているのは和雄か、それとも悠馬か。これだけ動いていながら、どちらの疲れている様子は見せない。

「知ってるかい、紫影さんよお」

「何を?」

「この街にはとんでもない化物が住んでるんだってな。ランドセル背負った情報屋の婆さんとか、十字架の効かない吸血鬼とか。そもそもこの街の地下には、人間以外の生物がうようよ生息する世界があるって噂だ。妖怪とか、お化けとか、魔物とか色々と呼ばれているやつらだよ」

斜め下から持ち上げられたナイフを避けた悠馬に、和雄は思いっきり突いて来たが、さらりと逃げられる。まだ一度も悠馬に傷をつけられない。

「だが、一番の化物は影を操る美男子だそうだ」

「ほお」

「やつの影に魅入られたが最後、闇に飲まれるってな。あまり多くは語られてないが、そいつが強いと誰もが認めているらしい。もしかしたら、チップと互角に張り合えるかもしれないと言っていた」

「言っていた?誰が?」

「弟さ。オカルト好きなやつでな、その妖魔たちがいっぱいいる地下帝国ってのにも、言ったことがあると自慢していたが、俺にはさっぱりだった。だが、いまなら俺にもわかる。この世には確かに化物がいるってな」

ちらり、と和雄は悠馬の足元に広がる黒い影に注目した。黒々とした影、これは陽光の作った偽の人間だろうか。まるで生きているようだった。そして、悠馬同様、美しい。

「おまえだよ。この街の化物はお前だよ、紫影悠馬」

「化物とは失礼な」

「だとすれば、チップの回収は厄介だな。一度、母さんたちと合流してからまた来たほうがよさそうだな」

決断すれば、行動は素早かった。右突きを放ち、悠馬の態勢を崩すと、サッと身を引き飛び上がる。そしてそのまま、脱兎のごとく道路を横断し、あっと言う間に道の向こうに見えなくなった。

ぼんやりとする理沙、見送る悠馬の視線もまた、呆気にとられている。

「何しに来たんだよ、あいつは」

ナイフを投擲し、話かけてきたのは和雄だった。だが、目的のぬいぐるみも回収できず、悠馬に傷をつけることも出来ず、ただ、帰っていった。始めから関わらなきゃよかったのに、と思わずにはいられなかった。

だが、情報を得た。悠馬は、今回の仕事が簡単に終わりそうもないと踏んだ。日本軍事機関なかでも優秀な兵士として自衛隊がまずあげられる。人間離れした力を持った浦城一族、裏世界に通じた知識をも持ち合わせているとなれば厄介な相手だ。

そしてどちらも、チップを狙っている。その力ですべてのものを支配しようと企む二つの勢力に対し、チップを作っただけの片瀬の力は軟弱なものだ。悠馬が加わることで、どれほどの力になるかはわからない。

それにしても、悠馬は大きな熊のぬいぐるみを――最強兵器のプログラムチップを、一体どこへ隠したのだろうか。


わけのわからん小説かもしれませんが、ここから先でどうにか繋げるつもりです(冷汗)

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