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5. 侯爵令息 リチャード・チェスター (2)

 そのまま私は毎週二泊三日でチェスター侯爵家に通い、リチャードぼうやと一緒に家庭教師の授業を受け続けた。


 剣の授業を一緒に受けたのが良かったのか、私は彼から仲間ないしは友達と言う扱いを受ける様になった。


 8才の時には、ぼうやは木登りに興味を持った。

「あぶないから、ぶら下がって飛び降りられる高さより上に行っては駄目よ」

「へ~ん!男は上を目指すのさ!」

…どうやら男らしさを誇りたい年頃らしい。まあ8才児だからねぇ。


 日増しに高い木に上りたがるぼうやに気が気でなかったけれど、友人扱いを止められる恐れがあるから強くは言えなかった。


 ある日、下から三本目の太い枝に足をかけたぼうやは、足を滑らし、そのまま手も滑らせて木から落ちた。


 ぼうやの動きの一つ一つがスローモーションの様に見えた。


 あの子の体内の水分を操って落下速度を下げる…無理!あの子は結構、体内魔力が強い。さすがに侯爵家の跡取り。私の魔力は弾かれてしまう。


 じゃあ、大きなウォーターボールで受け止める…無理!8才の体重があの高さから落ちたら、水なんて弾き飛ばしてしまう。


 なら、壊れないアイスボール…私はまだ小さなアイスボールしか練習したことがなかった。でも、他に方法が無いなら!


 腕を上に伸ばしてその先に直径4ftのお盆状の氷を作る…あまり厚く出来ないけど、それでぼうやを受け止める…無理!止まらない!氷を崩しながら落ちて来るぼうやの下になんとか回り込む。せめて頭だけでも守らないと!


 気付くと私の身体の上に坊やが倒れている。


 ぼうやを降ろして何とか起き上がろうとすると…痛いっ!膝も腰も背中も強打したらしく、強い痛みを感じる。でも、早く動いてこの子を医者か聖魔法師のところに連れて行かないと…私はあまり上手じゃない、水魔法の軽治癒の魔法で打ち付けた患部の痛みを紛らす。動ければ良いんだ。


 リチャードぼうやも身体を起こそうとしていた。

「痛ててて…」

だから両肩を持って起き上がるのを助けた。

「大丈夫!?痛いのはどこ?」

「大袈裟だな…大した事ないぞ」


「馬鹿っ!あんな高さから落ちたら、死んでもおかしくないんだからっ!そうしたら、おばさんもおじさんも、周りの人達も悲しませていたんだからっ!」


 私はぼうやを抱きしめた。


 思い出される死のイメージは、あの悪夢の彼女の死の床の思いだった。後悔と死のイメージに沈んで行く絶望の世界…侯爵家の跡取りに生まれたこのぼうやには、この年でそんな世界に落ちていくのは早すぎる。命だけは助かって良かった…子供の高い体温を感じながら、私は神に感謝した。


 そこでふと感じた。あれ、こうして触れているとぼうやの体内の魔力や生命活動の流れが分かる。全体的には滑らかに流れている…すこし腰と肩にうっ血がある?


「痛…」

ぼうやの言葉に我に返った。


 ぼうやの手を取って声をかける。

「立てる?」

「ちょっと腰が痛いけど、立てると思う…」

だから私が手を引っ張ってぼうやを立たせた。


「急いでおばさんに聖魔法師を手配してもらいましょう」

「大丈夫だよ…」

「私がまず謝って、聖魔法師を呼んでもらうから、早く行きましょう」

「なんでお前が謝るんだよ…」

「監督責任ってやつよ。それはどうでも良いの。ともかく早く診てもらわないと」


 有無を言わさずぼうやの手を取って歩く。特に顔色を変えることはないから、歩くのには問題ないのだろう。


 城の扉を守る騎士に頼む。

「大至急、侯爵夫人に会いたいので、取次をお願いします。また、リチャードが打撲を負いました。聖魔法師の診断を受けられないでしょうか?」

「分かった。お嬢様は大丈夫なのか?」

「私は問題ありません。至急、侯爵夫人に報告したいので、そちらをお願いします」


 侯爵夫人はすぐ扉までやって来た。

「どうしたの、セシリア?」

私は頭を深く下げた。

「申し訳ありません!リチャードが木に登るのを止められなくて、結果、リチャードが木から落ちてしまいました。お叱りは後でいくらでも受けますから、まずリチャードを聖魔法師に診てもらえる様に手配をお願いします」

侯爵夫人はちらりとぼうやを見た後、私の身体を見た。


「セシリア…あなたも土で汚れているわ。どういう状況だったの?」

「その…落ちて来るリチャードを受け止めようとして、一緒に倒れました」

侯爵夫人は険しい顔をした。

「セシリア…あなたも自分を大切にしないといけないわ。無茶をして怪我をするのはリチャードの自業自得なんだから」

「いえ、下にいた私はなんとでもなります。でも、落ちて来るリチャードの、せめて頭を守る必要があったから…」

「セシリア…」

侯爵夫人は私をぎゅっと抱きしめた。


 そこで侍従がやって来た。

「聖魔法師の準備が出来ました。救護室までお願いします」

そこで侯爵夫人は騎士二人に指示を出した。

「この二人を救護室まで運びなさい」

そうして、子供二人は騎士に抱えられて救護室に向かった。


 聖魔法師は二人を診察して言った。

「二人とも腰に強打の跡がありますが、骨には異常がない様です。後は勢いよく転んだ程度の打撲ですね。どういう状況なのですか?」

聖魔法師と侯爵夫人が私を見た。でも、さすがに事実を口にするのは憚られた。だって…


「セシリア」

侯爵夫人は容赦なかった。

「あの、15ftの高さの枝からリチャードが落ちまして…」

侯爵夫人はこめかみに指を当てて俯いた。聖魔法師は溜息を吐いた。


「それでこの程度で済んだのなら奇跡ですね。それでお嬢様はどのような状況で打撲を受けたのです?」

「その…リチャードの頭を守ろうと地上で受け止めました」

聖魔法師も頭を抱えた。

「下手をしたら二人とも重症以上の容体になったかもしれないのですよ…お二人とも無茶はお止めください」

「でも、リチャードの命の方が大切だから…」


 侯爵夫人は溜息を吐いた。

「二人とも、自分の命に無頓着過ぎるわ…人の死に方を100通り教えてあげましょう。ねぇ、説明図を描ける?」

侯爵夫人は聖魔法師を見ながら言った。

「ええ、お二人の教育の為なら、それくらいお安い御用です」


 そういう事で、ぼうやと私は見るのも聞くのもおぞましい、人の死に様を100通り教えられた。


 ぼうやは怖がって私の腕に抱きついた。

「ちょっと、リチャード!そんなに強く抱きつかれたら、私が抱きつけないじゃない!」

「恐いからしょうがないだろ!セシリアだってそんなに俺の腕に抱きつくなよ!」

「だって恐いからしょうがないじゃない!」


 リチャードぼうやは頭の打ちどころが悪かったらしい。それまで『お前』呼ばわりしていた私を『セシリア』と名前で呼ぶようになった。

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