4. 侯爵令息 リチャード・チェスター (1)
案内されたテーブルには、かなり上等な布地のドレスを着た女性と、かなり上等な服を着ているが、かなりやんちゃそうなおぼっちゃまが座っていた。
母が頭を下げて挨拶をした。
「ご子息のめでたき日にご招待をいただき、誠にありがとうございます。シンクレア伯爵の妻、エレノアとその娘のセシリアにございます」
「よくおいでくださいました。こちらが息子のリチャードです。では、そちらにお座りください」
よりにもよって、侯爵家のおぼっちゃまの向かいの席だった。侯爵領は王都から離れているため、この近辺で侯爵の次に爵位が高いのは我が家らしかった。
間もなく、侯爵夫人は立ち上がって一同に挨拶した。
「本日は息子のリチャードの誕生日にお集まりいただき、誠にありがとうございます。しばしお茶と歓談をお楽しみください」
おぼっちゃまはテーブルの下で足をぶんぶん振っている様だった。上半身が揺れている。何だろうと思っていると、だんだん椅子に浅く座る様になり、私のスカートに足が掠る様になった。
おぼっちゃまはにやりとしながら足を振り続けた…向かいに座った女の子が嫌な顔をしたり、泣き出したりするのを楽しむのだろう。しかも女の子が文句を言ったら
「そんなことしてない」
と言って取り合わないのだろう。
席に座った侯爵夫人はおぼっちゃま側の目元を顰めて横目でおぼっちゃまを睨んだが、おぼっちゃまはしらんぷりして足を振り続けた。大人からすればまあ可愛らしいいたずらとは思うけれど、これを止める様に教育が必用だよね…
だから、おぼっちゃまの足がスカートを擦るタイミングでこちらも足を蹴り上げた。
「痛いっ!何するんだよっ!!」
立ち上がったおぼっちゃまは大声を上げた。
「リチャード」
侯爵夫人は静かに叱責したが、おぼっちゃまは止まらなかった。
私を指差して言った。
「だって、こいつがオレの足を蹴ったんだぞっ!」
侯爵夫人が私を見るので、私も侯爵夫人の瞳を見つめた。
さすがに子供の教育を真面目に考える大人同士、気持ちが伝わったらしい。夫人は子供二人と私の母を連れて城内に入った。
「お嬢さん、お名前を教えてくれる?」
「はい。セシリアと申します。ひとまず場を騒がせた事をお詫びします」
夫人はちら、と私の母を見た。母は小さく頭を下げたらしい。
「それで、どういう意図で何をしたか教えてくださる?」
「はい。お分かりの事かと思いますが、子供が足を振っても当たらない距離です。おぼっちゃまは浅く座って私のスカートに当たる様に足を振っていました」
ここでおぼっちゃまが口を挟んだ。
「そんな事してないぞ!」
その発言はまるっと無視した。
「ですから、椅子に深く座っている私が足を振ってもおぼっちゃまの足に当たる筈がありません。よって、私が足を振って当たるということは、おぼっちゃまが足を振っていた事の証拠となります」
「だからオレはしてないっ!」
「リチャード、このお嬢さんの言っている通りよ。椅子から落ちそうなほど浅く座っていたあなたがお嬢さんの足を蹴れなかったのに、お嬢さんの足が当たったという事は、二人共足を振っていたという事よ」
「だったらこいつが悪いんだろっ!」
ここで私が口を挟んだ。失礼かもしれないが。
「はい。足を振った二人とも悪いです。だから、双方を叱ってください。そうする事で、おぼっちゃまに教育的な指導が出来ると思うのです」
侯爵夫人は一瞬微妙な表情をしたが、すぐに目を細めた。
「そう。なら、どういうペナルティが良いと思う?」
「一週間毎日1時間、お勉強の時間を増やしてはいかがでしょうか。1日は私もお付き合いしますが、残りは家で勉強時間を増やします」
「げっ!」
やんちゃなおぼっちゃまはやはり勉強が嫌いな様だ。
侯爵夫人は更に目を細めた。
「それなら、来週二日お泊りに来てくださる?三日の間、息子と一緒に授業を受ける事をペナルティとしましょう」
「いやだよっ!そんなヤツと一緒に授業を受けるのはっ!」
私はおぼっちゃまに近づいて言った。
「おぼっちゃま、よく考えてください。私はその授業を今まで受けていないのですよ?だから、その授業を受けるのが苦痛なのはむしろ私なんですよ?さあ、私が苦しそうな顔を見て笑いたければ、一緒に授業を受けましょう。いつも受けているおぼっちゃまは平気ですよね?」
おぼっちゃまは顔を歪めて黙ってしまった。
うん、『こんなヤツと授業を受ける』のが苦痛なのではなく、単純に『授業を受ける』のが苦痛なのだろう。
「侯爵夫人、その授業の中に護身術の様な授業はありますか?」
「まだ内容は考えていないけど、護身術が必用?」
「本当は剣術の授業とかを入れると男の子は喜ぶと思うんですが、私が剣の心得がないので。護身術なら基本の練習くらいは出来るかなと思いまして」
ちなみに、授業内容は6才の子供には難しい内容だった。そのうちの一つ、護身術の指導は、受け身の練習だった。自分でごろんと転がって勢いを殺す練習。おぼっちゃまは喜んで転がり続けた。それ受け身じゃないでしょう…
そんな姿も可愛い6才児だった。意地の悪いいたずらさえしなければ。




