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2.

 紡織工場から商会の事務員になった私は若干体調を取り戻した。疲労に顔を歪める毎日から、平穏な顔で帰宅を急ぐ程度には。


 そんな時、近くの小商会の会長から声がかかった。

「先日、離婚をしてね。7才の子供がいて、母親が必用なんだ。初婚でなく申し訳ないが、結婚してもらえないだろうか」


 夢の様な話だった。


 もちろん、貴族学院の頃にあった男爵の跡継ぎとの結婚に比べたら雲泥の差があるけれど、今のお金の奴隷の様な生活よりはよく思えた。会わせてもらった子供は男の子で、言う事を聞かないのではないか、と不安はあった。それでも今の生活よりは良い生活がしたかったから、結婚の話を受けた。


 朝、子供の世話をする。その後に夫の商会の事務仕事をする。午後しばらく事務仕事をした後、また子供の世話をする。そして夜、夫と夫婦生活をする。


 子供はなかなか懐かなかった。そちらは時間が解決すると思った。一方、10才以上年上の夫に抱かれるのも何か違和感があった。それでも、私が慣れていないからだろうと思った。


 ある日、子供が熱を出した。私が子供の頃は病の時は乳母が付いていてくれた。だから夫に「子供に付いていたいから事務の仕事は休ませて欲しい」と言った。夫は不服そうだったが、病気の子供に世話は必用だから了承した。


 辛そうな顔をした子供の顔を見ると、それが他人の生んだ子などとは関係なく、何とかしてあげたいと思った。食事を工夫して、或いは果物を用意して世話をした。そうして寝込んでいる子供は、初めて気持ちを口にしてくれた。


「お母さんは僕を置いて出て行ってしまったんだ。僕や父さんが嫌いになったんだ」

「あなたの事はどうだか分からないわ。でも、嫌いになってしまった異性と暮らすのは辛かったでしょうね。そこは分かってあげて。そして、お母さんそのものにはなれないけど、お母さん代わりにはなってあげられるから、悩みがあったら話してね」


 本音を話して涙ぐむ子供をぎゅっと抱きしめてあげた。寂しがる子供は間違いなく可愛かった。


 そうして10年が過ぎて、子供は商会の仕事を手伝う様になった。その間、私と夫の間には子供は出来なかった。そして、前妻の子が多くの仕事が出来る様になった頃、夫が他所に女を作っている事が発覚した。


 商会は3つの商店が合併した組織で、その内の一つはもう子供が完全に運営していた。よって、3人の商店主達は商会長に退職を要求し、跡は子供が継いだ。


 子供は言った。

「10年世話になった妻を放って女を作る様な人を信用出来るか!」

そう、私から見ても、夫と私の結婚は子供の世話を任せる使用人が必用だっただけで、二人の間に愛はなかった。だから機械的に性欲のはけ口として私を抱く夫に違和感があったのだ。


 夫は妾を養う財力を失った。だから残った私を抱こうとするが、信頼関係を失った、中年後期の男に抱かれるのは辛い事だった。私ももう中年真っ盛りだから、他に男を作る事など出来なかったが。


 さすがに嫌な気持ちを隠さない私を抱くのは気が進まないらしく、夫は私を求める事を止めた。


 同時に私は体調を崩した。正体不明の体調不良と言う事で、私は使っていない蔵に隔離された。


 正体は不明では無かった。


 ある日、私は食事を取っている最中、猛烈な吐き気を催した。戻したものを吐き出してまだ、喉に焼ける様な痛みがあった…つまり、これは毒を盛られているのだ。


 子供が反対するから離婚は出来ない。なら排除するしかない。私は夫にとって邪魔者でしかなかった。そうしてもっと若い女と結婚するのだろう…私だって結婚当時は20代半ばだった。若くはなくとも老いてはいなかった。まだ商品価値のある女を娶り、もう女を感じ無くなったら捨てる。酷い話だが、そんな男と結婚した私が馬鹿だったと言える。どうして前妻が逃げたのかを調べなかった私が悪いんだ。


 それでも、と思う。


 離縁されて放り出されて路頭に迷って餓死するよりは良い。死ぬまではベッドから追い出されないのだから。


 もちろん、それは強がりだ。男爵家の跡取りで我慢していれば、ここまで酷い人生にはならなかった。


 それも根拠のない話だ。だって、あの男爵家の跡取りが今の夫よりマシな人間かどうか分からないのだから。


 床の中で思うのは、あの日、抱きしめた子供の温もりだった。


 あんな子を赤ん坊の時から育ててみたかった。それは大変だけれど、信頼関係が築ければとても素敵な時間だった筈だ。


 後悔があるとすれば、それだった。

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