30 乱戦
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村人たちによって振り下ろされていくリームの包丁によって、液魔たちが次々と黒い霧に変わっていった。
液魔の攻撃手段といえば、取り憑いて溶かすか、伸ばした体を鞭のように振るうしかなく、形勢不利と見るや、液魔たちは一斉に退散していった。
村人たちは勝利に沸いたが、路上には肌を焼かれた家族や仲間たちの体がむごたらしい姿をさらしていた。
「水だ! 水をかけて傷を洗え!」
桶を手に井戸へ殺到する村人の陰で、液魔たちは集まり、その身を重ね続けていた。
鍛冶職人たちの戦斧が、黒いムカデの殻と殻の間を的確に捉えていく。鍛冶で鍛えた正確さだ。
戦斧の切り口から黒い霧が噴き出すが、ムカデたちはわずかに身もだえただけで止まることなく、鍛冶屋ギルドへ突き進んでいく。まるで死を恐れていないようだ。
「いかんな、あまりにも多勢に無勢じゃ」
オイゲンが戦斧を振るいながら、弱音をこぼした。
「鎌を斬り落としても、すぐ生えてきやがる!」
「このままじゃ、ギルドが崩れ落ちちまうぞ!」
職人たちの叫びを受け、ゴランが横目で鍛冶屋ギルドを見ると、建物の半分が黒いムカデで覆い尽くされていた。石造りの壁には絶え間なく鎌が突き立てられ、ボロボロと破片が落ちていく。
「ここはワシに任せて、聖剣の炉を守れ!」
ゴランは両手の剣を真一文字に広げ、通りから押し寄せるムカデの前に立ちはだかった。
「なんですと!? お1人では無茶じゃ!」
「片目を失い鍛冶屋として終わったが、騎士としての腕は落ちておらん! ムカデの百や二百、ものともせぬわ!」
怒声のごとき笑いを上げながら、ゴランは両手の剣をムカデに振るった。血煙ならぬ、黒い煙が巻き上がった。
やれやれ、一度決めると何を言ってももう聞かぬ。呆れたようにオイゲンが戦斧を肩に担いだ。
「では、ワシもつき合うとするかの」
ゴランに迫るムカデの鎌を、オイゲンの戦斧が振り払った。
「このオイゲン、どこまでも共に参りますぞ!」
「では、地獄の炉まで案内せい!」
「望むところじゃ!」
仁王立ちするゴランとオイゲンに、ムカデが津波のように押し寄せた。
桶の水をかけたグステオが言葉を失った。横たわる幼い少女の背中は無残に焼けただれ、むき出した肉からは骨が見えている。後頭部の髪も失われ、まるでガイコツが横たわっているようだ。
「ああ……ハンナ、ハンナ……何てこと……」
傍らで崩れ落ちた母親が震える手を娘に伸ばすが、どこも痛々しくて触れられない。
グステオが母親の肩をそっと抱いた。これでは手の施しようがない。もう、死を待つより他は……そう……奇跡でも起こらなければ。
母親とグステオの顔の間から、小さな手が伸びた。その手のひらは横たわる娘に向けられ、うっすらと金色に輝いている。
「聖回復!」
子供らしい甲高い声が響いた。手のひらから発せられたまばゆい光が娘を包み、みるみる傷を癒していく。肉が骨を包み、皮膚が肉を覆い、髪の毛が元通りに伸びていった。
「あぁ……あぁ……」
母親の両目から涙が溢れ出た。目の当たりにした奇跡に、思わず祈るかのように両手を合わせた。
グステオが振り返ると、そこには緑のフードをかぶった少女が立っていた。
「今の魔法は……」
グステオは緑の上着の下に、騎士の鎧があることに気づいた。
「あ、あなた様はもしや、サノワを救われた聖騎士……リィゼ様では?」
緑のフードで顔を隠した少女は、黙ってうなずいた。
「おお! よくぞロアンへ! 感謝しますぞ!」
聖騎士を名乗った少女は再び黙ってうなずくと、今度は両手を天に向かって掲げた。両手のひらが金色の光を帯びていく。
「範囲……」
光が巨大な円盤を作った。10軒ほど先にある曲がり角まで覆う大きさだ。何事かと、村人たちが天を仰ぐ。
「聖回復!」
金色の幕が村人たちに降り注いだ。まるで、天使が舞い降りたかのように神々しく。
傷ついた村人たちの体が癒えていくのを見て、グステオが言葉を失った。
「な、何という魔法だ……」
「あんなのただの応急処置。範囲魔法は効果薄いから」
効果が薄い? あれでか? 聖騎士の少女を見返すグステオの顔が驚愕していた。
「グ……じゃなくて、騎士のおじさん、今ので動ける人が増えたと思うから、みんなで重症の人を探して」
聖騎士の少女は緑の上着の下から、革袋を2つ取り出した。
「命が危ない人には、この高位回復薬を飲ませて。飲めない人には、傷口にかけてもいい。絶対にみんな助けるよ!」
「承知した!」
革袋2つを大事そうに抱えると、グステオは駆け出した。「動ける者は重傷者を探せ! 聖騎士様が助けてくださるぞ!」
範囲聖回復の範囲にいた村人のうちの何人かが、立ち上がって己の体が無事なのを確認した。服はボロボロだが、傷は癒えていて問題ない。まさしく奇跡の御業だ。皆で顔を見合わせ、意思を確認するようにうなずくと、四方へ散っていった。
「動けないヤツはいるか!?」
「聖騎士様だ! 聖騎士様が治してくださるぞ!」
その声は瞬く間に、通りの向こうまで伝搬していった。
「マ……マ……」
瀕死だった娘が意識を取り戻した。
「あぁ……ハンナ! ハンナ!」
娘の頬には血の気が戻り、もう大丈夫であることを告げている。
母親は娘を抱きしめながら、聖騎士の少女に何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……ありがとうございます……あなた様のおかげで、娘は救われました」
聖騎士の少女が、大慌てで両手を振った。
「お、お礼なんていいよ! 聖回復使っただけだし! こんなの当たり前だって!」
フードの下の顔が、首まで真っ赤になっていた。
奇跡のような魔法を使いながらまるで偉ぶらず、なんと可愛らしい聖騎士様なのだろう――母親は聖騎士の少女のことを、とても好ましく思うのだった。
【次回予告】
次回も、ロアンでの戦いが続きます!
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