31 乱戦2
2026年 8月20日 第2稿として大幅リライト
黒いムカデの大群がゴランとオイゲンになだれ込みました。無数の鎌が2人に襲いかかります。為す術なく切り刻まれた――そう見えた刹那、切り裂かれて宙を舞ったのはムカデどもでした。分断された胴や無数の脚が、黒い血の渦と共に巻き上がります。
グオォオォォォォ!
黒い血煙の真ん中で、雄々しく咆哮を上げているのはピンクのクマです。
「淡紅色のブラッディベア! 聖騎士の従者殿か!」
ゴランへ答える代わりに、ピンクのクマはシッシッと手であっち行けをしました。ここは任せて下がれと仕草で言っているのです。
「ありがたい! ここは従者殿に任せてギルドを守るぞ!」
「ブラッディベアが味方とは! なんと頼りになるんじゃ!」
ゴランとオイゲンが踵を返して、鍛冶職人たちが奮闘するギルドへと駆けていきました。
――その頃のことです。
街の人々を治療するリィゼの後ろで、グステオが震える手を持ち上げました。青ざめた顔で何かを指さしています。
「あ、ああ……聖騎士様……あれを……」
リィゼが振り返ると、建物の向こうで巨大な黒い液魔が、丘のように盛り上がっていました。その高さはオーデンで見た天聖教会の大聖堂ほどもあります。ロアンに並ぶ平屋や2階建ての建物では、根元さえ隠しきれません。
「何て大きさだ……あれでは、人など一瞬で……」
声を震わすグステオに、リィゼが告げました。
「大丈夫、私の従者がなんとかする。それより、次の重傷者は?」
「はっ! あちらにも倒れております!」
巨大な液魔の正面――ズルズルと進んでいた方向に、巨大な四角い光が現れました。
四角い光は、扉のように開いたかと思うと一瞬でかき消え、あとには液魔に負けない大きさのトカゲが残されました。
巨大なトカゲは液魔をジロリと見定めると、長い舌で肉食恐竜さながらの口元をなめ回しました。液魔がエサにしか見えていないようです。
液魔が四方へ触手を伸ばしました。トカゲの四肢と首に巻き付くと、シュウシュウと白い煙が立ち上ります。強い酸が硬い皮膚を溶かしているのです。
キアァアァァァァ!
トカゲが苦悶の咆哮を上げました。
「グレープ!」
思わずリィゼが叫びました。業火の精霊が苦しめられるなんて、考えてもいなかったのです。グレープはこの世界の上限といわれるレベル40を超えています。相手はそれ以上のレベルだとでもいうのでしょうか?
巻き付かれた触手に構うことなく、グレープが突進しました。動きの鈍い液魔に避ける術はなく、組み付いた勢いで噛みつきます。
電撃を受けたように液魔の体が飛び跳ねました。グレープがゴクリゴクリと液魔を飲み込み始めたのです。液魔も黙っていません。体をアメーバのように広げて、グレープの体を包み込みました。赤黒く変色して、一気に酸を分泌します。熱した岩に水をかけたかのように白煙が吹き上がりました。
業火の精霊が飲み干すのが先か、巨大な液魔が溶かすのが先か、どちらかが力尽きるまで終わらない、命を賭けた食らい合いが始まったのです。
(大丈夫、グレープは負けない)
リィゼは重症者に向き直りました。今の自分がすべきことは、グレープを信じて、目の前の命を救うことです。
再びかざした手のひらに、金色の光が集まっていきました。
――一方、ムカデの群れが、絶え間なくアカべぇに襲いかかっていきます。正面はもちろん、建物の壁から、屋根から、逃げ場をふさぐように繰り出される鎌は、まるで刃の雨のようです。
アカべぇは、小ざかしいとばかりに鼻をフン! と鳴らすと、コマのように回転して爪を振るいました。血まみれ台風です。ムカデの体が、ミキサーにかけたようにちぎれて飛び散りました。
けれど、アカべぇは気づいていないのです。切り刻んだムカデの体が液体に戻り、1つの場所に集まっていることを。幾筋もの黒い液流が重なって、アカべぇの後ろで大きなこぶを作りました。
ウガ?
アカべぇが振り返ると、こぶは巨大なムカデに姿を変えています。その大きさは、グレープが対している液魔に匹敵するほどです。
巨大なムカデはアカべぇを攻撃することなく背を向けて、鍛冶屋ギルドへ向かいました。
アカべぇが焦ります。巨大ムカデを追いかけたいのですが、正面からはムカデの大群がなおも押し寄せてくるのです。
ウガーーーッ!
アカべぇが咆哮を発しました。それは、鍛冶屋ギルドへ向けた警告です。
鍛冶屋ギルドの屋根で戦っていたゴランが目を向けると――、そこには天を覆うようなムカデが、4本の鎌を構えて蠢いています。
まさしく、万事休す――。
身の丈の何倍もある鎌が振り下ろされれば、ゴランの命は聖剣の炉とともに砕け散るでしょう。
ゴランが不敵な笑みを浮かべました。
「……よかろう、我が命、奪えるものなら奪ってみよ!」
リィゼの治療を手伝っていた若い男が、通りの先を指しました。
「聖騎士様、巨大なムカデが!」
グレープが戦っている広場から少し離れたところに、いつの間にか新手の魔物が現れています。どの魔物も鍛冶屋ギルドに向かっているのですが、聖剣の炉のことを知らないリィゼには理由がわかりません。
「だ、大丈夫……鍛冶屋のみんなだって強くなってるはず。戦うことも大事って言ってあるから。アカべぇもいるし、持ち堪えてくれる」
「リィゼ様ーっ! 重傷者を運んで参りましたぞ!」
怪我人を2人も背負ったグステオが通りを駆けてきます。その後ろに続くのは、傷ついた人を手分けして運ぶ大勢の街の人たちです。
「この周りに寝かせますんで、先ほどの凄い魔法で応急処置を! あとは高位回復薬で命を繋ぎますんで、行ってくだせぇ!」
「うん! わかった!」
リィゼは空に向かって、大きく両手を掲げました。
「範囲……」
光の円盤が宙に広がり、大きな傘のように怪我人たちを覆います。
見上げるグステオたちは感じました。これこそが聖なる光なのだと――。
「聖回復!」
金色の幕がきらめきながら降りてきます。怪我人たちの体がみるみる癒えていきました。
「魔物なんかに負けない! 行ってくる!」
聖騎士の少女は、鍛冶屋ギルドに向けて駆け出しました。緑の上着の裾をはためかせて、鎧を身につけているとは思えない速さで――。
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