32 付与(エンチャント)
2026年 8月23日 第2稿として大幅リライト
巨大ムカデの4本の鎌が鍛冶屋ギルドを貫きました。崩れた屋根の瓦礫が、ゴランと数人の職人を巻き込みながら建物の中へ落ちていきます。
「ゴラン様ーっ!」
屋根に空いた大穴からオイゲンが身を乗り出し、叫びました。けれど、返事はありません。
巨大ムカデが再び鎌を構えました。もう一撃食らえば、鍛冶屋ギルドは完全に崩れ落ちてしまうでしょう。そうなれば、ゴランの命は――。
「おのれ、そうはさせぬぞ」
オイゲンが戦斧を十字に構えました。一歩も退かぬ覚悟です。――ですが、名の通った騎士であるゴランでさえ受け止めきれなかった4本の巨大な鎌を、老鍛冶屋に防げるわけもありません。命と引き換えにして、ゴランと聖剣の炉を護るつもりです。
うなりを上げて、一斉に4本の鎌がオイゲンに振り下ろされました。オイゲンは歯を食いしばって、その身が引き裂かれるのを待ちます。
――けれど、その鎌はオイゲンに届きませんでした。横一文字に広げたピンクの両腕が、全てを受けきったのです。
「従者殿!」
オイゲンの前にアカべぇが仁王立ちしていました。ブラッディベアの名に相応しい凶相で、巨大ムカデを睨みつけています。傷ついた両腕からは、血が幾筋も流れ落ちていました。
「アカべぇ! そのまましばらく受け切って!」
「ウガ?」
空を見上げると、緑の上着をはためかせた主が降ってきます。リィゼは勢いのまま屋根の大穴に飛び込み、土ぼこりの中に消えていきました。
「今のは……リーム嬢ちゃんか?」
風でフードがめくれて、すっかり顔が見えていました。髪はピンクではなく金色で、耳も尖っていましたが、あの眼差しと顔立ちは見知ったドワーフの娘を思わせます。
主の登場に俄然やる気が出たアカべぇは、両腕を頭上でクロスさせました。再び血まみれ台風です。もう何度目かわかりませんが、今回は気合いが違います。全身から真っ赤なオーラが吹き出しました。
ピンクのクマは高々とジャンプすると、きりもみしながら巨大なムカデの鎌を次々と切り刻んでいきました。
全ての鎌をバラバラにされた巨大ムカデは怯みますが、通りから押し寄せたムカデどもが群がり、黒い液体となって再び鎌を形成していきます。
アカべぇは、フンと鼻を鳴らすと、「ならば、とことん切り刻むまで」とばかりに巨大ムカデに爪の嵐を浴びせていきました。
一方、オイゲンは混乱しています。尖った耳はエルフの特徴。ブラッディベアも従っています。となれば、話に聞く聖騎士のはず――。
「嬢ちゃ……いや、聖騎士殿かーーっ! ゴラン様はどうなっておるーーっ!?」
土ぼこりの底から声が返ってきました。
「大丈夫、息がある! 助ける!」
「おお! 感謝じゃ!」
返事をしながら、オイゲンはますますいぶかしみました。声までよく知る鍛冶屋の娘にそっくりなのです。
ゴランは重傷を負っていました。肩から体の半ばまで、深く切り裂かれているのです。
「そな……たは……リー……ム?」
口を動かす度に、血がゴボゴボとあふれました。
「喋らないで、今助ける」
右手を傷口にかざして、聖回復をかけました。みるみる傷が塞がり、ゴランの目に生気が戻ります。
「おぉ……まさか……信じられん……。これほどの術はリィンでも使えなかった」
「そうなの?」
キョトンとするリィゼに、ゴランは尋ねました。
「そなたは、聖騎士殿であるな?」
リィゼがこくりと頷きました。
「なぜ、リームにそっくりなのだ?」
「え? あっ! フードが! なし! なし! 見なかったことにして!」
慌ててフードを被るリィゼを見て、ゴランは悟りました。新たな聖騎士が見た目通りの子供なのだと。――そして、聖騎士リィゼと聖剣の打ち手であるリームが同じ顔であるのなら、おそらく聖騎士学園に通うリーゼも同じ顔であろうと。
(一心同体とも言える……とは、このことか)
ゴランは、いつかのエリオの言葉を思い出していました。
「範囲聖回復!!!!」
リィゼは大穴越しに空を見上げると、一帯を覆う円盤を展開しました。
円盤から降り注ぐ光が、ギルドの周りに倒れた鍛冶職人たちを一気に癒していきます。
「続いていくよ! 範囲聖なる剣!」
鍛冶職人たちの戦斧やハンマーが、金色に輝いていきます。サノワの村で最上位の魔族の分身を倒した光です。
手にする戦斧がまとった輝きに、オイゲンが懐かしさを覚えました。
「おお……これは、リィン様の剣の輝き……いや、それより強い……」
リィゼが穴の底から声を上げました。
「オイゲンお爺ちゃん! 聖属性付与したから、みんなでムカデを倒して!」
「よしきたぁあぁぁぁ!」
オイゲンと職人たちが一斉に立ち上がりました。黄金の戦斧やハンマーを手にして、巨大ムカデの体に取りついていきます。
振り下ろされた刃や鉄塊が次々と巨大ムカデの体に食い込み、聖なる力が堅い殻の内側へ流れ込みます。
巨大ムカデが耳をつんざくような悲鳴を上げました。
――そして、ピンクのクマが金色の爪をクロスさせました。範囲聖なる剣はブラッディブレイブベアの力も向上させていたのです。
トドメとばかりに、ピンクのクマが宙を舞いました。黄金の爪を水平に払って巨大ムカデの首を断つと、縦に振り下ろして頭を真っ二つに切り裂きました。断面から発した金色の輝きが頭部を無に帰していきます。
首から上を失ったムカデが、地響きを上げて地面に倒れ伏しました。あとはもう、鍛冶職人たちが武器を振るって黒い巨体を滅するだけです。
同じ頃、巨大液魔と巨大トカゲの戦いも、決着の時を迎えていました。
皮膚を焼かれて、その肉を溶かされていたグレープですが、液魔を飲み込むほどに傷が治癒し、巨体がみるみる大きさを増していきました。
溶かしきる前に飲み干されると悟った液魔は、逃げだそうと身をよじりますが、さらに巨大化したトカゲからは逃れられず、あえなく全て飲み込まれていきました。
ゲーーップ。
街中に下品な音が響き渡りました。
こんな音が勝ちどきの声とは締まりませんが、液魔が消滅したのです。
街の人たちが歓声を上げました。
ロアンの街は、新たに飛来した“闇の雫”に勝ったのです。
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