24 混乱する公国
2026年 6月11日 第2稿として大幅リライト
聖騎士学園を出た馬車は、公都騎士団の30両からなる大馬車群と合流して、街道を進んでいました。多くの騎士と装備を乗せた馬車の歩みは遅く、ゆっくりと景色が流れていきます。
「こんな速さじゃ、サノワに着くのはいつになるの……」
一刻も早く村へ着きたいアメリアは、気が落ち着きません。
――まだ日が暮れぬうちに、騎士団は草原に陣を張り、野営の準備に入りました。汚さぬように丁重な手順で軍旗が掲げられ、天幕が張られていきます。
騎士団長と思わしき、初老の騎士と話しているランドリックがいました。アメリアが駆け寄ります。
「ランドリック先生、もう野営の準備だなんて……。こうしてる間にもサノワは……」
ランドリックは目を伏せました。とてもすまなさそうです。
「日が暮れてからでは天幕を張れぬであろう? 見ての通りの大部隊だ、足並みを揃えなくてはな」
「けどこれじゃ、村へ着くのに何日かかるか……」
「1週間を予定している」
「そんなに……それじゃ、村は……」
「鈍い子ね。私たちは村を救いに行くんじゃないの」
よく通る、どこか冷たい声が響きました。いつの間にか、シャルミナがアメリアの背後に立っていたのです。
「シャルミナ……様」
シャルミナは、あざけるような笑みを浮かべています。
「魔物に奪われた村を奪還しに行っている。そうでしょう? ランドリック先生」
「……皆で建物に立てこもっている可能性はある」
「1週間も保つかしら?」
「それは……何とも言えん」
「そんな……」
アメリアがへたり込みました。ついにこの行軍の目的を知ってしまったのです。――村の人たちを助けるためではなく、魔物に奪われた村を取り取り返すためなのだと。
うなだれるアメリアの肩に、ランドリックの武骨な手がそっと乗せられました。
「サノワには監視砦の大部分の騎士たちが向かった。皆、死を覚悟しているだろう。我々はその意に報いねばならない。万全の準備で向かっているのはその為だ。わかるな?」
アメリアは呆然としたまま、うなずきました。
「希望は捨てるな。監視砦の騎士たちとて精鋭。己の身を盾として、1人でも多くの村人を救うはずだ」
ランドリックの声はすでにアメリアに届いていません。血の気のない顔で立ち上がり、ふらふらとどこかへ歩いて行きました。
「家族を助けられると思っていたなんて、田舎の子は察しが悪いわねぇ」
「シャルミナ様、そこまでおっしゃらずとも……」
シャルミナはフン、と鼻を鳴らすと、アメリアとは違う方向へ立ち去っていきました。
アメリアは、どこへ向かうでもなく、弱々しい歩みを続けています。
「リーゼが来なかったのは、間に合わないってわかってたから……。どうしようもないって、知ってたから……」
林の向こうに、赤い夕日が沈んでいきました。
◆ ◆ ◆
『サノワに聖騎士現る!』
夕刻、“闇の大穴”の監視砦から水晶球を通じて届いた報に、公都の王宮は騒然としていました。
「エルフの少女が村を救ったらしい」
「いや、少女とは限らん。エルフは見た目通りの歳ではない」
「1人の死者も出さなかったというぞ」
「とてつもない聖回復を使うらしい」
「森の狂王と魔の精霊を従えていたそうだ」
「なぜ魔の精霊を?」
寝所にて、その報を聞いたユーリィ王太子は、老執事の手を借りてベッドから身を起こすと、痩せた胸をなで下ろしました。
「では、マーラは無事なのだな?」
「はい。献身的に、聖騎士リィゼ様のご活躍を助けられたとか」
「そうか……強いな、彼女は」
ユーリィ王太子はゆっくりとうなずきました。一緒に老執事も安堵しています。
「あんな女のことなど、どうでもよいではないですか!」
甲高い声が響きました。病弱な王太子に寄りそうでもなく、見下ろすように立っていた王太子妃です。
「それより、聖騎士です! 聖騎士が現れたとは真なのですか!?」
老執事が王太子妃に向かって腰を折りました。
「コンラッド部隊長殿の鑑定による見立てとのことです」
「コンラッド? 獣人ではないですか! 獣人の言うことなどあてにならぬ! 不確かな情報を王宮に持ち込むなど、何と不届きな!」
いきり立つ王太子妃を、か細い声が制しました。
「ジョゼリア、我が国では獣人たち亜人も、人と対等の立場にある。そのような蔑んだ物言いは……」
「獣人は所詮、戦いでしか力を発揮できぬもの。現に、国の要職には人が就いているではありませんか!」
「それはそうだが……なかなか古い慣習が抜けぬだけで……」
「聖騎士となるべきは、我が娘シャルミナと決まっているのです! そのリィゼとかいう聖騎士もどきは誤報となさいませ!」
「そのような無理を……」
「あなたの娘ですよ? 出来ぬとおっしゃるのですか?」
「……わかった。1人の鑑定では情報が正確とは言えない。もう1人、信頼の置ける者の鑑定が為されるまで、聖騎士現るの報は確定ではないとし、民に漏れぬよう箝口令を敷くことにしよう」
馳せ細った体がベッドから離れて、杖を取りました。
「この騒ぎだ、王はここに詰めておられるだろう。直接、進言に出向く」
老執事が深々と頭を下げました。
「お供いたします」
ドワーフとエルフのハーフであるが故に極端に背が低い王太子が、病弱な体を引きずるように太子妃の前を通り過ぎていきます。
背が高くて美しい王太子妃は、まるで汚れた者でも見るかのように眉をひそめていました。
◆ ◆ ◆
次の日の朝のことです。
出発の準備をするサノワ救援の騎士団に、早馬が駆け込んできました。
軽装の騎士は、馬の手綱を見張りの兵に託すのももどかしく、騎士団長の天幕へ駆け込んでいきます。
「なんと!? 聖騎士らしきエルフの少女が現れて、一夜でサノワを救ったと申すか!?」
老騎士団長の白い髭が揺れました。傍らのランドリックの目も驚きで小さくなっています。
「はっ! 救援騎士団は、確認のために1部隊をサノワに向かわせた上で、公都へ引き返せとのことです」
跪く伝令の騎士を、老騎士団長は信じられぬという面持ちで見ています。
「らしきとはどういうことだ? 従者2体と共にたった1人で“闇の雫”を退けたのであろう? しかも、聖回復まで使ったという。それは、紛うこと無き聖騎士様ではないのか?」
「聖騎士らしき者は、砦長ドルク殿が到着する前に去られたとのこと。聖騎士と断定するに至っておりません」
「ふむ……筋は通っておるな」
白髭をさすり、何やら思案に暮れる老騎士団長に代わり、ランドリックが口を開きました。
「して、その聖騎士らしき者の名は?」
「リィゼと名乗ったとのことです」
「リーゼ!?」
「リーと伸ばすのではなく、リィゼと」
老騎士団長が驚きました。
「なんと! リィン様と名が似ておるではないか! これはまさしく我が国待望の聖騎士様であろう!」
「……監視砦からはそのように伝わったと魔道士が言っておるのですが、王宮に伝えた後、報告が直されたようです」
「貴族どもめ……コソコソと何をやっておるのだ」
周りの側近たち数人が複雑な顔をしました。――あなたも貴族ですよ、と言わんばかりです。
けれど、ランドリックだけが違っていました。別のことが引っかかっていたのです。
「リィゼ……リーゼと名が似ている……偶然か?」
黒い瞳に黒い髪――。伝承の聖騎士とは似つかない見た目ですが、リーゼこそ聖騎士になるであろうとランドリックは直感していました。それほどまでにあの生意気な娘は強く、凛とした気高さを感じさせるのです。
「一夜にして聖騎士に覚醒して駆けつける――。まさかな、あり得るわけがない。まして、リーゼは人だ、エルフではない」
ぶつぶつと考えを巡らすランドリックに、老騎士団長が視線を送りました。
「ランドリック、すまぬが1部隊を率いてサノワを見てきてくれ。ワシは公都に戻って様子を伺わねばならん」
「なぜ部隊の者ではなく、聖騎士学園の私が指揮を?」
「お主の方が、聖少女様も安心であろう? あの方はサノワが故郷と聞く、連れて行ってやれ」
配慮が行き届いた指示に、ランドリックは納得しました。くるぶしを揃えて姿勢を正します。
「はっ、承知しました、バルロイ総団長殿! 即刻向かいます!」
ランドリックが天幕を出ると、騎士や聖騎士学園の生徒たちが取り囲んでいました。早馬の騎士が駆け込んだので、何事かと集まったのです。
やれやれと閉口しつつも、ランドリックは声を張りました。
「サノワは聖騎士らしき者が現れ、救われた! 村人も騎士もすべて無事だそうだ!」
おおっ! と歓喜が上がりました。続いてざわめきが広がります。「聖騎士? どういうことだ?」「全員無事って、そんなことあり得るのか?」突然のことに、誰しも事態が飲み込めないのです。
屈強な騎士たちの隙間から、小さな体が這い出てきました。
「そ、それでは、私のお母さんとお爺さんは無事なのですか!?」
アメリアの姿を認めると、ランドリックは片膝をつき、視線をアメリアの高さに合わせました。
「ああ、そう聞いている。怪我をした者は、聖騎士らしき者の聖回復ですべて治癒したそうだ」
「聖回復で……」
「ああ……その者は……リィゼ、そう名乗ったらしい」
「リーゼ!?」
「リーゼではない、リィゼだ。別人だよ。歳は同じぐらいだそうだが、エルフらしい」
「エルフ……」
アメリアは、ランドリック以上にリーゼの底知れない力を感じています。村を1人で救う女の子なんて、リーゼ以外に考えられません。
――リーゼ……きっとリーゼだ。リーゼが村を救ってくれたんだ。
荒唐無稽としかいえない思いでしたが、紛れもない真実だったのです。
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