25 復興
2026年 6月24日 第2稿として大幅リライト
それからしばらくの間、学園は臨時休校となりました。
ランドリック剣技指導長とアメリア、それにシャルミナとその取り巻きの子たちまでもがサノワへ向かって、帰って来ないからです。ディツィアーノ司祭も休校を見越したように里帰りしてしまいました。
サノワへ向かう途中で引き返してきた生徒たちは、リーゼを白い目で見ています。それどころか、先生や職員の人たちの風当たりまで強いです。出発の前日に物資の積み込みを手伝わなかったのが、自分勝手に見えたのかもしれません。
(けど、そのころにはもう走ってたしなぁ……)
食堂の粗末な席で、いつもより具の少ないスープにパンを浸しながら、リーゼは大変な夜を過ごしたサノワへ思いを馳せました。
(アメリア、お母さんに会えたころかな?)
◆ ◆ ◆
馬車1台と身軽になったランドリック率いる選抜隊は、4日でサノワへ到着しました。
道中、シャルミナはとても不機嫌で、ずっと口をつぐんでいました。聖騎士らしき者の出現など認められないのです。その目で間違いであることを確かめなければなりません。どんなに話しかけても乗ってこないシャルミナに、取り巻きたちもいつしか黙ってしまいました。
ランドリックを先頭に騎士たちが馬車を降りると、信じられない光景が広がっていました。早くも村が復興を進めているのです。村人と騎士たちが力を合わせて、木を運び、石を積み上げて、家を建て直しています。どの顔も明るくて、村を魔物に壊された悲壮感がありません。生きていることを楽しんでいるようです。
ぽかんと口を開けているランドリックに気づいて、ヴォルフが近づいてきました。裸の上半身にタオルを首に巻いただけの姿は、騎士というより大工の若頭です。
「もしや、救援隊の方々か?」
「あ、ああ、村が救われたとの報で、我々だけが様子を伺いに来た」
「みんな元気そうで驚いただろう?」
「魔物に襲われたばかりだというのに、もう村の復興を?」
「聖騎士リィゼ様が聖回復で重傷者を治した上に、信じられない効き目の高位回復薬まで飲ませてくれたからな。みんな戦う前より元気なぐらいだ」
肩を揺らして、ヴォルフが大きな犬歯を見せました。
ランドリックの後ろにいたアメリアが、はっとします。リーゼが飲ませてくれた高位回復薬も、びっくりするほどの効き目でした。ますますリーゼが聖騎士様ではないかとの思いが強くなります。
ヴォルフの逞しい腕の先が、作業に励む騎士たちに向けられました。
「あいつは左腕を切り落とされたし、あいつは毒液をかけられて目が見えなくなった。その隣のヤツに至っては体が縦に真っ二つになってな」
陽気に凄惨な怪我を説明していくヴォルフに、ランドリックは苦笑うしかありません。
自分たちのことを話していると察したサノワの騎士たちが、手を振りました。皆、健全に見えます。
「聖回復で、失われた体を再生したというのか?」
「ああ。この目で見たが奇跡としか言いようがない」
「そんなこと、信じられぬ!」
シャルミナが割って入りました。綺麗な瞳が吊り上がっています。
「これは、シャルミナ様。この様な辺境にお越し下さるとは」
慌ててひざまずくヴォルフに、シャルミナは言い放ちました。
「体の半分を再生したですって!? それでは、私のお婆様であり、聖騎士であるリィン様より優れているということではないか!」
「……恐れながら、聖回復の力は伝え聞くリィン様を凌駕しておりました」
「この……」
吊り上がった瞳から怒気がほとばしりました。王家の力を否定されたに等しいのです。
「獣人風情がよくも! リィン様を凌駕していたなどあり得ぬ! 不愉快極まりない!」
「……お調べいただければわかります。命を救われた者は皆、リィゼ様を信奉しております」
「おのれ、まだ言うか! この村にはウソつきしかおらぬようだ! ランドリック、無駄足だ! 帰るぞ!」
背を向けたシャルミナでしたが、ランドリックの答えは意外なものでした。
「シャルミナ様、私は総騎士団長バルロイ殿の命で調査に来ています。たとえ姫様のご命令でも、調べが終わるまで馬車を出すことは出来ません」
「なんですって?」
薄い唇の向こうの細い歯が、ギリギリときしみます。
「……いいでしょう、報告書には私も目を通します。せいぜいウソを調べ上げなさい!」
馬車へ戻るシャルミナを、取り巻きたちが慌てて追いました。シャルミナへの賛辞と、獣人を罵ることも忘れません。
「やれやれ、困ったお方だ」
閉口するランドリックに、膝を戻したヴォルフが尋ねました。
「どうされるのだ? 虚偽の村だと報告を?」
「まさか。命を救われたのであろう? ありのままに伝えるだけだ。……ただ、最後にシャルミナ様がすべてウソだと書き加えるであろうがな」
「バルロイ殿がどちらを信じるか、ということか」
「もちろん、シャルミナ様を信じるだろう。表向きはな」
「”闇の雫”の封印が解けようかという時に、くだらん」
「まったくだ」
「あの……」
おずおずとアメリアが、シャルミナの後ろから出てきました。
「これは聖少女様! お戻りになられていましたか」
「ヴォルフさん、お久しぶりです。母とお爺さんは……」
「教会におられますよ。聖獣様のおかげで建物も焦げただけで無事です。確かめられるといい」
「はい!」
アメリアが駆け出しました。生まれ育った道を、力強く走り抜けていきます。通りで作業をしていた村人たちが手を振りました。いつもなら会釈を返すアメリアですが、今はそれどころではありません。一刻も早く母とお爺さんに会いたい――。
教会の屋根にお爺さんがいました。腰を気にしながらトンカチを振るっています。
「お爺さん!」
アメリアの声に、老農夫の顔がほころびました。
「おお、アメリア、帰って来たのか。中に入っておれ、すぐに行く」
「うん!」
教会の扉を開けると、祭壇で祈りを捧げる母の姿が目に入りました。
「お母さん!」
その声にマーラが祈りを止めて眼を開くと、駆け寄ってくる娘の姿が映りました。聖騎士学園の制服姿が初々しく、村を出た時より少ししっかりして見えます。
「アメリア!」
胸に飛び込む娘を、マーラはしっかりと抱き止めました。
「もう……ダメかと思った。もう……会えないかもって……」
涙で震える肩を、マーラはそっと抱き締めます。
「聖騎士様が救って下さったのですよ……。奇跡を起こして下さったのです」
一緒に祈りを捧げていた数人の村人たちが、同意するように何度もうなずきました。
「それ……何に祈っていたの?」
祭壇に祀られた6枚の羽を持つ天使像の前に、薄汚れた皮の水筒が置かれています。
「聖騎士様が授けて下さったのです。入っていた高位回復薬は使ってしまいましたが、こうして毎日祈りを捧げて、感謝をお伝えしているのです」
聖天使教会のシスターだというのに、母はすっかり聖騎士様に魅せられてしまったようです。
うんうんとうなずく村人たちも同様です。
「ね、聖騎士様ってどんな方?」
「とても凜々しくて、強い力を持ったお方です。事切れる間際の者たちを、聖回復で一瞬のうちに治してしまわれました」
「一瞬で……そんな聖回復、あるんだ……」
「聖騎士様はあなたのことを褒めていましたよ。真面目に魔法の勉強をしていると」
「私のこと知ってたの!? どうして!?」
「聖騎士なので聖騎士学園のことをご存じとおっしゃってました。それに……」
「リーゼ殿にそっくりだったんじゃよ」
祭壇の横のらせん階段を、老農夫が下りてきました。
「背格好は同じぐらいでな、とがった耳は明らかにエルフじゃった。……じゃがな、金色の髪に碧い瞳とはいえ、あの眼差しと顔立ちはリーゼ殿そのものじゃ」
「リーゼ……なの?」
老農夫が首を傾げました。
「そうは思うんじゃが、種族が違うんでな。何とも言えん」
「そっか……」
「リーゼ殿は来ておらんのか? 皆に見てもらえれば、一目瞭然なんじゃが」
「それが……魔物が襲ってきた夜から、ずっと部屋に閉じこもって姿を見せないの」
「ほう……姿を……」
老農夫がニヤリと笑いました。
「怪しいのぅ」
「うん、怪しいね」
微笑みを返しながら、アメリアはリーゼのことを思いました。
――今、何してるのかな? もう部屋から出てるよね?
◆ ◆ ◆
「ん~っ、おいしい~っ。かき氷が食べられるなんて、幸せ~っ」
噂の聖騎士にそっくりな少女は、甘いイチゴのシロップがかかったかき氷を、口いっぱいに頬張っていました。
「フフッ、おかげで大評判なんですよ。リーゼちゃんのアイディアから生まれたメニューですし、いっぱい食べてね。今日はおごりですわよ」
店主のミシェルが茶目っ気たっぷりにウィンクすると、リーゼは目をキラキラさせました。
「ホント!? ありがと!」
お金に困っているわけではありませんが、無料と聞いてはもう止まりません。夢中でスプーンを口に運びます。
ミシェルは満足そうに店の中へ戻っていきました。
公都の大通りにある人気のオープンカフェは、アイスクリームとかき氷を求める女性客で、連日とても賑わっています。
眼下に望む澄み切った海がまぶしくて、無事に帰ってきたんだなぁとリーゼは思います。
「サノワの村では大活躍だったようですね、リーゼ様」
リーゼの顔を覗き込むように、エリオが現れました。
「エ、エリオ! いつの間に!?」
「お話ししたいことがあったので、探していたのですよ」
問答無用とばかりに、リーゼと向かい合う席に座ります。
「だ、大活躍ってなんのこと? 知らないよ」
いつものように目を逸らしてごまかすリーゼですが、今日のエリオは騙されてくれません。
「私はどうやら勘違いしていたようで。あなた様は聖騎士になることに興味がないとおっしゃっていましたが、それは制服に惹かれていたからだけでなく、すでに聖騎士になっていたからだったのですね?」
「……制服に惹かれてたのはホント。ウソついてないよ」
リーゼはセーラー服の襟に首をすくめて、かき氷をスプーンで崩し始めました。とってもばつが悪そうです。
「責めているわけではないのです。あなた様には自由でいて頂きたいですから」
ですが――と、エリオが身を乗り出しました。真剣な眼差しを感じて、リーゼも顔を上げざるを得ません。
「教会で死に瀕した者の命を救うなど、刺激が強すぎます。聖騎士の残した水筒は、聖具として信仰の対象となっていますよ」
「ええっ!? あれが!?」
つい大きな声が出てしまいました。まずい――と、視線を逸らしますが手遅れです。
「やれやれ、隠すのが下手なお方だ」
エリオが頭を左右に振りました。
「なぜ種族を変えられるのか、私にはわかりません。ですが今後、聖騎士になられる際はこれをお使い下さい」
差し出された布袋にリーゼが首を傾げました。可愛らしいピンクのリボンで口が縛ってあります。
「開けてみても?」
「もちろんです」
問い詰められていたのもどこへやら。リーゼはワクワクしながらリボンを解いていきます。
エリオはしてやったりと、目を細めました。リーゼが可愛いものに弱いことを突いたのです。
術中にはめられたとも知らずに、リーゼが手にしたのは――。
「わぁ! フード付きの上着! かわいい!」
「エルフらしく緑を選びました。そのフードを目深にかぶって、顔をお隠し下さい」
「あ……」
「聖騎士リィゼ様がお使いになった聖回復は破格すぎます。くれぐれも、あなた様とそっくりの顔が、これ以上知られぬように」
「ありがとう……リィゼに渡しとくよ」
「天聖教会には特にご用心を。失われた手足や体を元に戻すなど、司祭でも不可能な奇跡の御業です」
「そっか……ディツィアーノ先生も、聖回復が使えなかったし、そんなレベルなんだろうね」
エリオの眉がピクリと動きました。
「今、何と? 聖回復が使えなかった? あの司祭がですか?」
「うん、普通の回復だったよ。聖回復って言い張ってたけど」
「司祭が……聖回復を……使えない……」
エリオの肩が震えています。笑みを抑えきれないようです。
「あの不遜な司祭が……エセ神父とは……天聖教会の底が知れる……」
ツボに入ったのか、エリオはずっと肩を揺らし続けています。冷静な商人には珍しい乱れ方です。
リーゼには、なぜそんなに笑いが止まらないのかわかりません。――けれど、少し溶けたかき氷を口いっぱいに頬張って、一緒に笑顔になりました。
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