23 夜が明けて
2026年 6月6日 第2稿として大幅リライト
昇る太陽を背にして、剣技指導長ランドリックが先頭の馬車へ乗り込んでいきます。
「よし! 積み残しはないな。サノワへ向けて出発する!」
隊列を組んだ3両の馬車が、聖騎士学園の正門へ向けてゆっくりと進み始めました。最後尾の馬車には、アメリアが乗っています。
――出発前のことです。小さな手が、リーゼの部屋の扉を叩きました。
「リーゼ、起きてる? ……心配だよ、ずっと姿を見せないなんて」
部屋から返事はありません。
「みんなは臆病風に吹かれたって言うけど、私は信じない。だって……リーゼは強い子だもん」
やはり、部屋からは返事がありません。
「私……行くね。もしかしたら……もう会えなくなるかもしれないけど、お母さんとお爺さん……村の人たちを助けなきゃ」
――またね。
最後は消え入りそうな声になってしまいました。
遠ざかる校舎を見つめながら、アメリアは思います。きっと何か理由があるんだと。通りすがりの自分とお爺さんを盗賊から助けてくれた、あの勇敢なリーゼが理由もなく救援隊への同行を拒むわけがないと――。
ただ、その理由がどうしてもわからないのです。
◆ ◆ ◆
地鳴りのようないびきが、村の広場を揺らしていました。はち切れんばかりのお腹をさすりながら、巨大なトカゲが無防備に横たわっているのです。
「もう、食べてすぐ寝たら体によくないよ?」
呆れた半目を投げかけるリィゼでしたが、そのまま寝かせておくことにしました。大活躍でしたし、食べ過ぎで疲れるのも無理ありません。
そんな間にも、アカべぇは口から突風を吹いて、村の火を消して回っていました。
聖獣様だけに頼るわけにはいかない――。体の動く騎士と村人たちも、井戸の水で火を消しています。
「聖騎士様、壁の外にも重傷者が! 騎士様たちが傷ついております!」
駆け寄るアメリアのお母さんに、リィゼが反応しました。
「すぐ行く!」
壁の外は、野戦病院さながらでした。全身を包帯に覆われた騎士たちが、壁に沿ってたくさん横たわっているのです。
仲間の騎士やシスターたちが励ましていますが、死を待つばかりの者もいます。
「聖回復!」
リィゼはそのひとりひとりを聖なる光で包み、癒していきます。
「これ使って!」
リィゼは高位回復薬をアメリアのお母さんに差し出しました。命に別状がない怪我人なら、これで十分なはずです。
「はい!」
アメリアのお母さんは革袋の水筒を受け取ると、怪我人を抱きかかえて一口飲ませました。
「こ、これは……」
鎌でえぐられた傷がみるみる癒えていきます。
「聖騎士様、こんなに効き目のよい高位回復薬は初めてです。さぞかし高価なのでは……」
「そんなの材料タダだから。むしろ、もっとたくさん作っておけばよかったって後悔してる。水筒1つ分しかないのが悔しい」
こんなに大きな戦いがあるなんて、考えてもみなかったのです。手が足りなくなるほどの怪我人が出るなど、想像すらしていませんでした。三日月の湖に材料はいっぱいあるのですから、もっと高位回復薬を作っておけばよかったのです。リィゼにこれからの宿題が出来ました。
「この薬が無料なわけがありません。……あなた様は、なんと素晴らしいお方なのでしょう」
アメリアのお母さんは、もう何度目かわからない感謝の祈りをリィゼに捧げました。
体を癒された騎士たちも、リィゼが次の騎士の治療に向かうとともに、身を起こして跪きました。――そうして、最後の騎士の治療が終わったときには、頭を垂れる騎士たちの列が出来ていたのです。
「ちょ、ちょっと、何してんの!? 横になってなきゃダメだって!」
先頭で跪くのは、魔物掃討隊の隊長コンラッドです。その斜め後ろには、サノワの村の守護団長である息子のヴォルフがいました。
コンラッドが頭を垂れたまま、口を開きます。
「聖騎士リィゼ様、あなた様のおかげで我々は命を長らえ、村は救われました。いくら感謝してもしきれませぬ」
「そ、そういうの恥ずかしいって。忘れていいから!」
コンラッドが顔を上げました。
「忘れることなど出来ませぬ。我々は皆、死を覚悟しておりました。それが……こうして、誰1人欠けることなく生きております。まさか……この村の護りを任せた息子と、あの世ではなく、この世で会することが出来ようとは……」
コンラッドが背後のウォルフを肩越しに見ました。若き狼の獣人は照れくさそうに鼻をかいています。
「我ら監視砦の騎士の命は、公国を守るためにあります。ですが、あなた様に命を与えられました。皆、公国の意に反しない限り、あなた様のために命を投げ出すでしょう」
「重い! 重いから! 命とかいらないし! みんなで大切にして!」
「ありがたきお言葉、感謝いたします。あなた様に頂いたこの命、国のため、あなた様のために大切に使わせて頂きます」
(あー、何言ってもダメだ)
リィゼは諦めた半目で、太陽の昇った空を見上げたのでした。
◆ ◆ ◆
村の中へ戻ると、くすぶった煙がそこら中で立ち上っていました。
「アカべぇ、火事を消してくれて、ありがと」
ピンクのクマが「ウガッ」と振り返って、自慢げに胸を叩きました。
けれど、その誇らしげな姿も長続きしなかったのです。リィゼがたくさんの騎士たちを引き連れてきてしまったから。
アカべぇはあからさまに嫌な顔をして、首をふるふると左右に振りました。
――人を信じるな、裏切るぞ。そう伝えたいようです。
「わかってるよ、アカべぇ。大好きな勇者が殺されたんだもんね。……強すぎると、邪魔に思う人がいるんだと思う。私も体操やってるとき、よく妬まれたからわかるよ」
リィゼは小さな体を伸ばして、ピンクのクマの頭をなでました。
「さ、帰ろう。グレープを起こして」
ピンクのクマはニタリと笑って大きな歯を見せると、大いびきをかく紫のトカゲに向かって、スタスタと歩いていきました。――そして、おもむろに鼻ツラを蹴ったのです。
「ピギャーーッ!」
金切り声を上げて紫のトカゲが飛び起きました。
「そんな起こし方!?」
リィゼはビックリしてしまいました。騎士たちも驚いています。
涙をボタボタと流しながら、両手で鼻を押さえている紫のトカゲに、ピンクのクマは「帰るぞ!」と言わんばかりに親指を立てて後ろを指しました。
紫のトカゲは小さなイグアナに似た姿になると、ピンクのクマの左肩に駆け上がりました。
騎士たちは、森の狂王の底知れぬ強さを改めて思い知りました。ムカデの大半を平らげたトカゲを、歯牙にもかけぬのだと――。
コンラッドがリィゼの背に歩を進めました。
「もう行かれてしまうのか? 砦長のドルクがここに向かっているはず。ぜひ、聖騎士様にお目通りを」
リィゼは肩越しに視線を返して、答えました。
「……そういうのはいいよ。私に感謝してるなら、そっとしておいて」
「……仰せのままに」
“闇の大穴”を封じるためには、新たな聖剣と、聖剣を扱える聖騎士の力が不可欠です。やっと現れた聖騎士ですから、なんとしても取り入るのが監視砦の騎士としての務めのはず。――ですが、コンラッドは表に出しませんでした。
「聖騎士様、またお会いできますでしょうか?」
「ん……聖騎士になりたくて、がんばってる子がいっぱいいるから邪魔したくない。……けど、どうにもならなければ、また来るよ」
おおっ! と、騎士たちが声を上げました。
「それじゃ、みんなまたね!」
リィゼはピンクのクマの右肩に飛び乗ると、丸くて大きな耳をしっかりとつかみました。
アメリアのお母さんが駆け寄ります。
「聖騎士様! 心より感謝申し上げます! あなた様に祝福を!」
「アメリアたちが何日かしたら来るから、元気な顔を見せてあげて」
「えっ?」
大砲の弾が撃ち出されたかのように、ピンクのクマが大空に舞い上がりました。あっという間に壁を飛び越えて、そのまま消えていきます。
コンラッドが、みんなの気持ちを代弁するかのようにつぶやきました。
「いきなり壁の向こうから現れ、あっという間に壁の向こうに消えてしまわれた……」
騎士たちも、村の人たちも、ただただ聖騎士が去って行った彼方を見つめていたのです。
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