22 魔の影
2026年 6月1日 第2稿として大幅リライト
燃える木の柱を持ち上げようと、力を振り絞る騎士たちがいました。気を失った騎士が1人、下敷きになっているのです。騎士たちは渾身の力を込めますが、折り重なって倒れている柱はビクともしません。
大きなピンクの手が、柱と地面の隙間に差し込まれました。柱は瓦礫ごとあっさりとひっくり返り、傷ついた騎士の姿があらわになります。
「あ、ありがとう」
「すまない」
戸惑いながらも感謝する騎士たちをスルーして、ピンクのクマは助けた騎士を小脇に抱えて駆け去っていきました。道中ついでに、傷ついた村人を1人、2人と抱えていきます。
あっけに取られる騎士たちですが、すぐに我に返り、魔物の盾になっている騎士に叫びました。
「狂王に助けられた! 壁の外へ退くぞ!」
振り返った騎士に安堵が浮かびました。
◆ ◆ ◆
4人目を聖回復で治癒したところで、教会の扉が開きました。のっそりと頭をくぐらせて、ピンクのクマが入ってきます。
ざわめく礼拝堂を、アメリアのお母さんらしきシスターが落ち着かせました。
「大丈夫! 聖騎士様の従者様です!」
「アカべぇ、そこの床にそっと寝かせて」
ピンクのクマは指示されたとおりに、騎士2人と村人2人の体を横たえました。
「重傷者まだいる!? 探して! 火事も消しちゃって!」
ピンクのクマは「ウガッ!」と敬礼すると、再び燃え盛る村へ飛び出していきました。
リィゼは、新たに運び込まれた重傷者のうちの1人が、アメリアと一緒にいた老農夫であることに気づきました。
「お爺さん!」
「お爺様!」
リィゼと、駆け寄ったシスターの目が合いました。その目はやっぱりアメリアに似ています。
「アメリアのお母さんだよね?」
「え……ご存じなのですか? 娘のことを」
「あー、うん、ちょっとね。ほら、聖騎士だし、聖騎士候補のことは知ってるから」
リィゼは目を逸らしました。明らかにごまかしています。
「あなた様のような素晴らしい聖騎士様がいらっしゃるのであれば、娘はお役御免でしょう」
「アメリアは聖女だからね。剣を振るのに向いてないっぽいし、聖騎士になるのは無理だろうけど、いつか私以上の聖魔法の使い手になるよ」
「本当ですか?」
「うん。すっごく真面目に魔法の勉強してるし」
「聖騎士様からお褒めいただけるなんて……娘も喜びます」
老農夫が苦しそうにうめきました。
「うぅ……そなたは、リーゼ殿?」
「あ、ゴメン、すぐ治すからね」
うっすらと目を開けた老農夫に向けて、リィゼは両手をかざしました。
「聖回復!」
老農夫の体が金色の光に包まれ、傷ついた体がみるみる癒されていきます。
「あぁ……何という……。さすがリーゼ殿……あっという間に……聖騎士におなりになったんじゃな」
「ううん、私はリィゼ。リーゼじゃないよ。リーって伸ばさずに、リィね」
リィゼは「ほら」と言わんばかりに、耳を指しました。
「種族だってエルフだし」
「言われてみれば……じゃが、目元があまりにも似て……」
「つ、次の人に聖回復かけるよ!」
「はい!」
リィゼが慌てて立ち上がると、アメリアのお母さんもすぐさま続いたのでした。
◆ ◆ ◆
教会の外では異変が起きていました。
ムカデたちが黒い霧となって、村の遙か上空で丸い塊となっていくのです。グレープの食べ残しや、アカべぇが切り刻んだ骸も塊に吸い込まれていきます。
グレープが舌を伸ばしますが、霧状の塊は捉えどころがなく、絡め取ることが出来ません。
アカべぇは黙って空を見上げていました。己のかぎ爪が通じないとわかっているので、成り行きを見守るしかないのです。
――やがて、黒い塊は人型に変わって、コウモリに似た2枚の羽が生えました。鋭い眼光が浮かんで、村を見下ろします。若い男の声が発せられました。
《我が名はイザーク、魔を統べる者。業火の精霊よ、我に従え》
グレープに向けられた右の手のひらから、黒い稲光がほとばしりました。
稲光はグレープを檻のように取り囲みましたが、当の本人はケロッとしています。口の中に炎を貯め始めました。
グゴアァァアァァァァ!
オーデンの畑を燃やした炎の数倍はあろうかという火柱が、人型を襲います。――ですが、人型は直前で霧散してかわすと、また人型に戻りました。
《最上位の魔族である俺に逆らうとは……貴様、属性違いの聖騎士に従っているのではないな? あの時の波動の主……魔王か……》
ゲッゲッ、とグレープがトカゲの魔物らしく笑いました。
《忌々しいが、影では貴様を滅することは叶わぬ。だが……》
モヤモヤと体の境界がはっきりしない黒い霧が、光を反射しない漆黒の実体に身を固めていきました。
《この身で村をおしまいにしてやる》
人型が教会に向かって急降下を始めました。“闇の雫”の質量を用いた、自爆攻撃です。
ウガッ! アカべぇが教会に向かって走ります。あたふたと両手を広げる身振りから、人型を受け止めるつもりだとわかります。――ですが、如何に強いアカべぇでも直撃を受けては無事にすみそうにありません。
グレープが捉えようと舌を伸ばしましたが、人型は不規則な螺旋を描いてかわします。
《ハハハハハ! 鈍いな! 聖騎士もろとも吹き飛ばしてやる!》
教会の扉が壊れんばかりに開け放たれました。銀色の風が駆け出し、上空へ飛び跳ねます。
「聖なる盾!」
風の前方に金色の光の盾が形成され、最後の“闇の雫”と激突しました。
盾のまばゆい輝きが人型を徐々に押し返し、滅していきます。まるで、ちっぽけな塵が太陽に滅せられるように――。
堪らず人型が、グハァッと息を吐きました。
《何だこの力は!? たかが盾で……バカな……》
リィゼは半目で言い放ちました。
「村をこんなにして、バカでしょ? ただの影みたいだし、刺してもいいよね?」
《なっ!? 待て! 貴様、許さ……》
リィゼは問答無用で剣を抜きました。
「聖なる剣!」
剣が金色に輝きました。剣に聖なる力を纏わせる攻撃補助魔法です。
《何だと……その輝き……あり得な……》
「バイバイ」
リィゼは、金色の剣を最後の“闇の雫”に深々と刺しました。
――ほんの一瞬でした。1滴の水が灼熱の炉で干上がるように、イザークだった“闇の雫”が消え失せたのです。
戦いを見守っていた騎士たちが歓声を上げました。
ワアアァァァァァ! 傷ついた身を支え合い、喜び合います。
リィゼは何回ひねったのかわからない月面宙返りを決めると、両足をきれいに揃えて着地しました。両手を高々と上げて、着地成功をアピールします。競技会なら20点ぐらいついたかも知れません。
ピンクのクマと紫色のトカゲが、揃って拍手をしました。
サノワの村に朝日が射して、長かった夜が明けていきます。
戦いが終わったのです――。
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