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21 奇跡の力

2026年 5月25日 第2稿として大幅リライト

 北の壁に備えられた物見やぐらで、小柄な少女が堂々と立っています。

 年のころは10才ぐらい。耳が尖っていて、瞳の色は青です。リーゼと同じように目尻が少し上がっています。銀色の鎧が腰まで伸びた金色の髪を引き立てていて、腰回りにはスカートがあります。


「ここは私と従者が引き受ける! みんな壁の外へ避難して!」


 凛と通る声が、燃え盛る村に響きました。

 騎士たちは突然現れた少女に、ぽかんとしています。姿はエルフの聖騎士に見えますが、エルフは滅多に人前に姿を現しませんし、聖騎士に至ってはもう何年も見いだせずにいたのです。それなのに突然現れるなんて――。

 事態が飲み込めないのは、ピンクのクマも同じでした。あんぐりと口を開けて、棒立ちになっています。あるじがまた違う種族になった――そんな顔です。

 馬上の騎士コンラッドがそばに駆けつけ、大声で問いました。


「そなたは真に聖騎士様か!? 鑑定してもよろしいか!?」

「いいよ! 早くして!」

鑑定アプレイズ!」


 【名 前】リィゼ

 【種 族】エルフ

 【職 業】聖騎士

 【年 齢】■■

 【レベル】20


 少女に向けた右手が震えます。


「ああ……間違いなく聖騎士様だ……。年齢がわからぬが、エルフは長寿な種族、不明なのも致し方ない。おそらく見た目通りの年齢ではないのだろう。なにより、レベルが20とお高い!」


 コンラッドが振り返り、槍を天に向かって突き上げました。


「皆の者、よく聞けーっ! 聖騎士様が降臨なされたぞーっ! 勝機は我らにあり!」


 呼応して、周りの騎士たちが手持ちの武器を突き上げました。


「おぉおおぉぉ! 聖騎士様ーっ!」

「お導きをーーっ!」

「我らの希望ォォォォ!」


 ヴォルフが声を漏らしました。


「あれが……聖騎士様……」


 死を覚悟した途端に現れた森の狂王、そして聖騎士――。まったく事態が飲み込めません。

 コンラッドが続けて叫びました。


「名はリィゼ様だ! リィン様と名も似ておる! 再来だ! 我らの女神様の再来だ!」


 うおぉおぉおぉぉ! 雄叫びが村を揺るがします。先ほどまでの打ちひしがれた様子はもうありません。


「もーっ! 何盛り上がってんの!? いいから壁の外に避難して!」


 コンラッドが戸惑います。


「しかし、聖騎士様を置いて行くわけには……」

「アカべぇと、もう1人いるから大丈夫!」


 リィゼが両手を前に出すと、地面まで届く大きな光の門が現れました。


「グレープ、出番だよ!」


 青い光をくぐるように、肉食恐竜に似た巨大な紫のトカゲが出てきました。身の丈は優に村の壁を越え、物見やぐらと肩を並べるほどです。


「サ、火の精霊(サラマンダー)!」

「違うよ、業火の精霊(ヘルサラマンダー)。もっと、強いから」

業火ヘル? それは、闇の精霊では……」

「グレープ! 魔物を倒して!」


 グレープが返事代わりに、天に向けて雄叫びを上げました。グオォオォォォォォォ! ――大口にずらりと並んだ牙が禍々しく、まるで怪獣映画のようです。

 あまりにも凶暴な姿に、騎士たちが戦慄してしまいました。

 ムカデたちは同じ魔に属するためか、意に介していません。

 グレープは敵と認識されていないのをいいことに、長い舌を伸ばして手近なムカデの胴体を捉えました。そのまま口へと運び、噛み砕いていきます。

 バリッパキッボリボリ……。嫌な音が響きました。


「そ、そういう倒し方? 野菜しか食べないと思ってたのに」

「聖騎士様よ! なぜこの様なおぞましい魔物が、そなたの従者なのだ!?」


 コンラッドの問いに、リィゼはちょっとうんざりしました。


「魔物だろうと気にしない! 種族とか身分とかうるさい! そんなのなければ、みんな仲良くなれるのに!」


 コンラッドは、思いっきり頭を殴られたような衝撃を受けました。聖騎士は種族も身分も関係ないと言っているのです。


「それは、獣人でもか!」

「もちろん! むしろ強くて頼りになる!」

「なんとうれしいことを! 鍛えてきた甲斐がある!」

「みんなを守って撤退して! 魔物を村に閉じ込めるよ!」

「承知した!」


 コンラッドは手綱を引き、広場へ向かいました。


「撤退する! 負傷した者を抱えて壁の向こうへ! 撤退だ!」


 ヴォルフが我に返りました。


「撤退命令が出たぞ! 魔物を追うな! 後退する!」


 騎士たちがお互いをかばいながら、退いていきます。怪我のない者は1人もいません。足を引きずり、血を流しています。

 物見やぐらのそばにある路地から、何者かが飛び出してきました。


「聖騎士様、お願いです! 教会の火をお消し下さい! 重症の者が中にいるのです!」


 叫んだのはシスターでした。フードからふわりとした金色の髪をのぞかせています。

 ――アメリアのお母さんだ! リーゼは直感しました。髪も、優しい目元もそっくりなのです。


「アカべぇーっ! こっち来て火を消して!」

「ウガーーッ!」


 ピンクのクマはうなずくと、両手のかぎ爪でムカデを粉砕しながら、突進してきました。

 リィゼも物見やぐらから飛び降りて教会へ向かいます。


「そこ! その教会!」


 ピンクのクマは、リィゼの指示に従って教会の前に立つと、胸を張って大きく息を吸い込みました。


「フゴーーーーーーーッ!」


 一気に息を吹き出して、教会を包む炎をみるみる消していきます。

 シスターがピンクのクマの足下で跪きました。


「ああぁ……聖獣様……ありがとうございます」

「ウガ?」


 ピンクのクマが首を傾げました。人に恐れられることはあっても、感謝されることなど滅多にないのです。

 リィゼがシスターのそばに来ました。


「怪我してる人は中? 案内して!」

「はい!」

「アカべぇ、他にも重症の人がいたら、教会に運んで!」

「ウガッ!」


 ピンクのクマはまた広場を横切って、ムカデの魔物の群れへ突進していきました。


「グレープ! 教会を守って!」


 口いっぱいにムカデを頬張っていた巨大なトカゲが振り返ると、ズン、ズンと一歩ずつ教会へ歩み寄ってきました。炎を背にしていると凶悪な怪獣にしか見えません。


(なんか大きくなってない? ムカデを吸収してる?)


 ムカデの魔物は業火の精霊(ヘルサラマンダー)が敵であるとようやく認識したようで、鎌で攻撃を仕掛けてきます。けれど、鎧のような皮膚が弾き返すので、傷一つ与えられません。むしろ餌が群がってくるので、グレープには好都合でした。

 リィゼは教会に駆け込みました。


 扉を開けた先にある礼拝堂は薄暗く、血のにおいが充満しています。祭壇に向けて並ぶ長椅子のほとんどに、重症者が横たわっていました。


「こんなに……」


 思ったよりもずっとひどい状況に、リィゼは声を詰まらせました。長い闘病生活で病院には慣れていますが、こんな悲惨な光景は見たことがありません。


「一番重症の人は?」

「こちらです! 聖騎士様!」


 シスターがリィゼを案内します。少し先の長椅子に、包帯で全身を巻かれた男の人が横たわっていました。体が――半分ありません。左半身が大きく斬り落とされたのです。


高位回復薬ハイポーションで命を繋いできたのですが、もう……」

「任せて!」


 リィゼは迷わずしゃがむと、巻かれた包帯の上にそっと両手を乗せました。


(レベル120の私なら、きっと助けられる)


 前世でたくさん死を見てきました。自分より年上の子、年下の子――。みんな奇跡を願い、精一杯戦い、そして――。心に残るのは、一番中の良かった年上の女の子。眼鏡の似合うきれいな子でした。


「誰も死なせない――」


 目を閉じて願いを込めました。


聖回復ホーリーヒール!」


 金色の輝きがリィゼの両手から放たれます。強い光ですが眩しくはなく、手厚く守るように重症の男を包みました。

 ――これは慈悲の輝きです。シスターが跪いて祈りました。礼拝堂にいる重症者たちも、ひとりまたひとりと痛みを忘れて頭を垂れていきます。

 包帯が解けて宙を舞い、金色の光が失われた左半身を形作っていきます。

 やがて、礼拝堂を照らすまばゆい光が収まると、そこには無くなったはずの左半身がありました。


「あ……あぁ……」


 うめく男にリィゼが尋ねました。


「左手、動く? 痛くない?」


 男が左手を持ち上げました。


「あぁ……あぁ……動く……動きます……痛くもない……」


 シスターが、両手で口を覆いました。


「聖騎士様……こんな……こんな……聖回復ホーリーヒール、見たことがありません。奇跡です……」


 男の頬を、涙が幾筋も伝いました。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」

「そのまま寝てた方がいいよ。体力はそんなに回復してないと思うから」


 男は震える両手でリーゼの手を取ると、何度も何度も頭を垂れました。


「感謝します……聖騎士様……感謝します……」

「ううん、気にしないで。治せてよかったよ」


 リィゼはそっと男の手を離すと立ち上がり、大きな声で告げました。


「次に重症の人は!? 1人ずつ、みんな治すよ!」


 重症者たちのうめき声が、歓喜に代わりました。

 聖騎士による奇跡が始まったのです。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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