20 金色の光、降り立つ
2026年 5月19日 第2稿として大幅リライト
“闇の雫”が村に落ちました。弾けた黒い液体が村のほとんどを浸して、何百もの黒いムカデに姿を変えていきます。ムカデの身の丈は家の屋根を越えるほどで、左右の腕に大きな鎌を備えています。
北の壁に備えられた、物見やぐらの鐘がけたたましく鳴らされました。
「闇の雫が落ちたぞーっ! 家から出るなーっ! 出るなーっ!」
鐘を鳴らしながら騎士が叫びます。
早朝だったことが幸いしました。村の人たちのほとんどがまだ家で寝ていたので、いきなり魔物に襲われることがなかったのです。
物見やぐらの下にある詰所から、騎士たちが飛び出しました。先頭は灰色の髪をなびかせる狼獣人です。獣人とはいえ顔つきは人とほぼ同じで、違いは耳が犬の形をしていることと、鋭い犬歯が口元からのぞくことぐらいです。細身であれど鍛えられた体は傷跡だらけでした。
村の至る所から悲鳴が上がりました。家に侵入しようと、ムカデが鎌を振るっているのです。石造りの壁はどうにか耐えていますが、ガラスの窓はひとたまりもありません。ムカデが割れた窓から顔をのぞかせ、中に侵入しようと身をよじります。
狼獣人が叫びました。
「魔物を引きつけろ! 村人を護れ! 砦からすぐに応援が駆けつける!」
はっ! と後から続く騎士たちが声を発しました。
「いいか! 安易に死ぬなよ! 1人の死が村人数十人の死に繋がると思え!」
自らを鼓舞しようと、騎士たちが呼応します。
「ヴォルフ団長に続け! 村を護るんだ!」
「門だ! 門を開けろ! 砦の騎士たちを迎え入れろ!」
サノワの長い一日が始まったのです――。
◆ ◆ ◆
魔物掃討隊の騎兵150騎が怒濤の勢いで山道を駆け下りていきます。中でも先頭を切る掃討隊の隊長コンラッドの勢いは凄まじく、一刻も早く村へ着こうと手綱を緩めません。――それもそのはず、サノワの村に駐留させている守護団の団長、ヴォルフは息子なのです。
「彼奴なら、駆けつけるまで耐えてくれるはず――」
後方の村での待機に不平を散々言われましたが、最も頼れる男に大事な村の護りを託してあったのです。
無精髭の下の牙がニヤリとのぞきました。それは――死を覚悟した男の顔でした。
◆ ◆ ◆
夜道を突進するピンクのクマの背中で、リーニャが目を覚ましました。すっかり体力が回復して元気いっぱいです。さて――まずしなければならないのは、戦略を練ることです。ゲームで学んだことですが、集団戦は戦い方が大事なのです。
(村の真ん中に“闇の雫”が落ちたらしいから、村を囲む壁は役に立たない。けど、乱戦はマズい。弱い方が絶対に負けちゃう。だから最善は……)
少し考えたあとで、勝ち気な黒い瞳が光を帯びました。
(壁の外にみんなで逃げ出して、村の中に魔物を閉じ込めること! うん、それだ!)
疾走するピンクのクマが、大きな目を細めました。地平線で赤い煙が揺らめいているのです。リーニャに知らせるように吠えました。
「村が燃えてる! アカべぇ、急いで! 村に飛び込むよ!」
咆哮を上げながら、ピンクのクマがスピードを上げました。戦いへの恐れなど微塵も感じていないのです。
◆ ◆ ◆
村に火がついた原因は、魔物を追い込むために騎士が持つたいまつでした。ムカデの鎌で腕ごと斬り落とされ、枯れ草に燃え移ったのです。
炎に巻かれた家から逃げた村人を、ムカデが容赦なく襲います。
東の壁の近くで戦うヴォルフが叫びました。
「闇の魔物は炎を嫌う! 炎を背にしろ! 傷ついた者を護れ!」
最も魔物が密集している広場では、父親であるコンラッドの騎兵隊が立ち向かっています。槍を手に円を描いて取り囲んでいるのですが、疲れた馬がムカデの鎌に断ちきられ、騎士がひとりまたひとりと地に落ちていきます。
コンラッドが唸りました。せめて、村の者たちを救わねば――と。
「身を盾とし、村の者を壁の外へ導くのだ! 騎士の誇りを忘れるな!」
騎士たちが悟りました。――死ぬ時が来たのだと。己の命と引き換えに、ひとりでも多くの命を救うのです。
一方、ヴォルフも死を覚悟していました。ムカデに回り込まれて、退路を断たれてしまったのです。
「もはやこれまでか……」
身を沈めて盾を構えます。意を決して、ムカデに突進しようとした――その瞬間。壁の向こうからピンクの毛玉が過りました。
クルクルと回る毛玉は両手足を伸ばして回転を止めると、無造作にムカデを踏み潰して雄々しく立ちました。
グオォォォォォォ!
地獄の咆哮がサノワを震わします。騎士たちにさらなる絶望の色が浮かびました。
獲物を物色するように、血走った眼光が辺りを見回しています。それは、出くわしたら最後、死を覚悟するしかないといわれる森の狂王――。
「ブ、ブラッディマッドベア……バカな、なぜ村に……」
ヴォルフの牙が歯ぎしりで軋みました。伝え聞く狂王の恐ろしさはムカデの比ではありません。返り血で毛を赤く染めながら、100人を超える騎士たちを葬ったと聞きます。ヴォルフでは差し違えることすら叶わないでしょう。
――けれど、予期せぬ事が起こりました。狂王の肩から小さな体が乗り出したのです。
「もう! 信じらんない! なんで村の中で戦ってんの!?」
「なんだ……お前は?」
ヴォルフは事態が飲み込めません。なぜ狂王が黒猫の少女を乗せているのでしょう。
「全員壁の外へ! このままじゃ全滅だよ!」
ヴォルフが我に返りました。
「そんなことはわかっている! お前に言われるまでもない!」
「ここは私が引き受けるから、すぐ避難して!」
「引き受ける……? 黒猫の小娘に何が出来るというんだ!? なぜ狂王の背にいる!?」
「あーもう! 説明してる場合じゃないのに!」
リーニャは村を見回しました。高くて目立つところを探します。目星を付けると燃え盛る家の屋根へ飛び移りました。
「アカべぇ、みんなを助けて!」
そう言うと、北へ向かって駆けていきます。
狂王が雄叫びを上げました。
圧倒的な武威の現れに気づいたムカデたちが、一斉に首をもたげて集まってきます。
コンラッドも異変に気づきました。村の東で、ムカデどもよりさらに巨大なクマが、両腕のかぎ爪を掲げて威嚇しているのです。
「あれは……ブラッディマッドベア……いや、なぜ色が薄いのだ?」
コンラッドは、右手を向けました。
「鑑定!」
――その結果は、信じがたいものでした。
「ブラッディ……ブレイブベア……? 勇者の従者とでもいうのか? レベルは……馬鹿な、何かの間違いだ。あれでは……神獣の域ではないか」
物見やぐらの鐘が鳴り響きました。けたたましく何度も何度も、全ての視線が集まるまで――。そして、光が収縮して輝くシルエットを作っていきます。ピンッと尖った耳は、エルフであることを示していました。
“聖なる鎧を身に纏い
立ち向かうは、悪しき軍勢。
下がれ! 私が盾となる!
聖騎士リィゼ、光と共に!”
金色の長い髪をなびかせて、聖騎士がサノワの村に降り立ったのです。
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