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19 サノワへ向かって

2026年 5月14日 第2稿として大幅リライト

 黒ネコの獣人が夜道を駆けていきます。その速さはおそらく地上最速で、忙しなく動く手足が一瞬見えたかと思うと、砂埃を巻き上げて地平の彼方へ消えていきます。

 けれど、困ったことが1つありました。


(体力がものすごい勢いで減ってく。――けど、構わない。倒れるまで走って、そしたら……)


 【ダイレクトチャット】を使って、ピンクのクマに呼びかけました。


「アカべぇ、ヨルリラミルク作っといて!」

「ウガッ!」


 【マイルーム】のリビングでダラダラしていたピンクのクマが、飛び起きて敬礼しました。主の言いつけに全力で応えるのが、忠実なる従者の使命なのです。



  ◆  ◆  ◆



 時は少しさかのぼります。

 “闇の雫”がサノワに落ちたとの報は、伝令から伝令へと伝わり、太陽が昇りきる前には公都ハーバルの王宮へと届きました。


「なん……だと……」


 薄暗い寝室のベッドから、小柄で痩せ細った男が這うように身を起こしました。歳の頃は30代半ばといったところなのですが、髪が真っ白でずっと老けて見えます。


「すぐに……救援を……」


 老執事が落ち着き払いながら答えました。


「すでに、監視砦の騎士が掃討に当たっております。加えて明朝、公都からも騎士団が出発するとのことです」

「明朝……? そんなに遅くか……」

「殿下、おそれながら、騎士団の目的は村の救済ではなく……」

「奪還……か。それでは……サノワの村人たちが……」


 殿下と呼ばれた痩せこけた男の名は、ユーリィ。この国の王太子です。

 老執事の背後にいた貴婦人が口を挟みました。ドレスで着飾り、まるでパーティに出かけるかのようです。


「いいではありませんか、あんな田舎の村の者など。また貧しい者を集めて、住まわせればよいのです」


 王太子が胸の奥底を吐くような咳をしました。老執事が背をさすります。


「ジョゼリア……わかっているだろう? あそこには私の……」

「まだ、あんな女にご執心なのですか? もうお忘れになったかと思っておりましたのに」


 ジョゼリアが眉をひそめました。洋扇で口を覆って、言葉にするのも汚らわしいと言わんばかりです。

 骨張った王太子の指がシーツを握り込みました。


「忘れるわけがない――」


 ユーリィ王太子は容姿に恵まれているとはいえません。ドワーフとエルフのハーフであるが故に、背が子供のように低く、耳が尖っているのです。まるで小鬼のよう――と、貴族の女たちがそっぽを向く中、心から支えてくれた女性がいました。


救援・・を……急いでくれ。1人でも多くの者を……助けて欲しい」

「御意にございます」


 老執事が頭を下げました。


「マーラ……」


 祈るように名を口にしました。王太子が唯一愛する女性ひとの名です。



  ◆  ◆  ◆



 夜のこと。

 アメリアは食堂で、ひとりテーブルに着いていました。夕食の時間になっても、リーゼは部屋から出てきません。部屋の戸を叩いて、「晩ご飯食べないの?」と尋ねても返事はありませんでした。部屋に引きこもるなんて――。こんな後ろ向きなリーゼは初めてです。

 アメリアは、サノワにいる母親やお爺さん、村のみんなが心配で食が進みません。パンを少し口に運ぶのがやっとです。


「弱虫は怖くて部屋を出られないみたいね」

「夕食にも来ないとか、臆病にもほどがあるわ」


 シャルミナの取り巻きたちが、うれしそうにリーゼの陰口を立てています。豪華な夕食が一層おいしいことでしょう。

 けれど、アメリアは知っています。リーゼが臆病ではないことを。たったひとりで盗賊に立ち向かい、助けてくれました。――だからこそ、戸惑っているのです。なぜ一緒に村の救援へ行ってくれないのか。


 リーゼのことがわからない――。アメリアは、初めてそう感じていました。



  ◆  ◆  ◆



 【マイルーム】に息も絶え絶えな黒ネコが入ってきました。


「ゼェ……ゼェ……アカべぇ……ヨルリラミルク……」


 ピンクのクマが大急ぎで冷蔵庫からミキサーの容器を取り出します。中身を大ぶりのグラスに注いで渡しました。

 リーニャは緑がかったミルクを一気に飲み干すと、ぷはぁと大きく息をつきました。


「う~、体力が回復しきらない。どうしよ」


 右のげんこつでこめかみをグリグリしてみますが、良くなるわけがありません。

 爪を隠した大きな肉球が、リーゼの肩をポンと叩きました。


「ん?」


 顔を上げるとピンクのクマが親指を立てています。まるで、任せておけと言わんばかりに――。



  ◆  ◆  ◆



 闇夜を巨大なピンクのクマが駆けていきます。リーニャほどは早くありませんが、まるで突進するダンプカーのようです。

 背につかまるリーニャが、拳を振り上げてはしゃぎました。


「あははは、速い速い! さすがアカべぇ! クマ族最強!!」


 アカべぇがパンをリーニャに差し出しました。ヨルリラ草とハムが挟んであります。なんて気の利くクマでしょう。


「うわぁ、ありがとう! いただきます!」


 リーニャはパンをかじりながら、【マップ】を開きました。


(まだサノワは見えない……。けど、ずいぶん走ったから、そう遠くないはず)


 パンを平らげると、なんだか眠くなってきました。アカべぇのフサフサの背中がベッドのようで心地よいのです。


「ん~……ちょっと寝るから、あとよろしくね。道沿いに、山がある北へ向かえば着くはずだから」


 ウガッ! とピンクのクマが返事をしました。


(アメリア……心配で眠れないだろうな。大丈夫、私が何とかするからね……)


 リーニャは深い眠りに落ちていきました。

 サノワの村を蹂躙する魔物との戦いはもうすぐです。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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