24 混乱する公国
聖騎士学園を出た馬車は、公都の騎士団の30両からなる大馬車群と合流し、街道を進んでいた。多くの騎士と装備類を乗せた馬車の歩みは遅く、ゆっくりと景色が流れていく。
(こんな速さじゃ、サノワに着くのがいつになるのか……)
一刻も早く村へ着きたいアメリアは、気が急いた。
夕方、まだ日が暮れぬうちに馬車群は草原に歩を止め、野営の準備に入った。うやうやしく軍旗が掲げられ、天幕が張られていく。
地図を手に初老の騎士団長と話しているランドリックに、アメリアが詰め寄った。
「ランドリック先生、もう野営の準備なんて……。こうしてる間にもサノワは……」
ランドリックはすまなそうに目を伏せた。
「日が暮れてからでは天幕を張れぬであろう? 見ての通り大部隊だ、足並みを揃えなくてはな」
「けどこれじゃ、村へ着くのに何日かかるか……」
「1週間を予定している」
「そんなに……それじゃ、村は……」
「鈍い子ね。私たちは村を救いに行ってるんじゃないの」
きれいによく通るが、どこか冷たい声が響いた。いつの間にか、シャルミナがアメリアの背後に立っていた。
「シャルミナ……様」
薄笑いを浮かべながら、シャルミナが続けた。
「魔物に奪われた村を奪還しに行っている。そうでしょう? ランドリック先生」
「……皆で建物に立てこもっている可能性はある」
「1週間も保つかしら?」
「それは……何とも言えん」
「そんな……」
アメリアがへたり込んだ。この行軍は村の人たちを助けるためじゃなく、魔物に奪われた村を取り返すためなんだ……。ようやくそのことを知ったアメリアの肩に、女騎士の無骨な手がそっと乗せられた。
「サノワに落ちた“闇の雫”は未曾有の規模と聞く。監視砦の騎士たちの大部分が向かったが、皆、死を覚悟している。我々はその意に報いねばならない。万全の準備で向かっているのはその為だ。わかるな?」
アメリアは力無くうなずいた。
「希望は捨てるな。監視砦の騎士たちとて精鋭。己が身を犠牲にして1人でも多くの村人を救うはずだ」
ランドリックの声はすでにアメリアに届いていなかった。真っ青になって立ち上がり、ふらふらとその場を後にする。
「家族を助けられると思ってたなんて、田舎の子は察しが悪いわね」
「シャルミナ様、そこまでおっしゃらずとも……」
フン、と鼻を鳴らして、シャルミナはアメリアとは違う方へ踵を返した。
どこへ向かっているのかもわからぬまま、アメリアは弱々しい歩みを続けていた。
リーゼが来なかったのは、間に合わないってわかってたから……。どうしようもないって、知ってたから……。
言ってくれれば、1人でもっと速い馬車を乗り継いで駆けつけたのに。
それでも5日はかかる。間に合わない……。
アメリアは、ただただうな垂れるしかなかった。
◆ ◆ ◆
サノワに聖騎士現る! 夕刻、監視砦から水晶球を通じて届いたその報は、公都の王宮を駆け巡った。
「エルフの少女が村を救ったらしい」
「いや、少女とは限らん。エルフは見た目通りの歳ではない!」
「1人の死者も出さなかったらしいぞ!」
「とてつもない聖回復を使うらしい」
「森の狂王と魔の精霊を従えているそうだ」
「なぜ魔の精霊を!?」
寝所にて、その報を聞いたユーリィ王太子は、痩せた胸をなで下ろした。
「では、マーラは無事なのだな?」
「はい。献身的に、聖騎士リィゼ様のご活躍を助けられたとか」
「そうか……強いな、彼女は」
ベッドに座ったまま、ゆっくりとうなずくユーリィ王太子の姿に、老執事も安堵した。
「あんな女のことなど、どうでもよいではないですか!」
感情的な声が響いた。病弱な王太子に寄りそうでもなく、たたずんでいた王太子妃だ。
「それより、聖騎士です! 聖騎士が現れたとは真なのですか!?」
老紳士は冷静に王太子妃に向き直り、目を伏せ答えた。
「コンラッド部隊長殿の鑑定による見立てとのことです」
「コンラッド? 獣人ではないですか! 獣人の言うことなどあてにならぬ! 不確かな情報を王宮に持ち込むなど、何と不届きな!」
いきり立つ王太子妃を、か細い声が制した。
「ジョゼリア、我が国では獣人たち亜人も、人と対等の立場にある。そのような蔑んだ物言いは……」
「獣人は所詮、戦いでしか力を発揮できぬもの。現に、国の要職には人が就いているではありませんか」
「それはそうだが……なかなか古い慣習が抜けぬだけで……」
「聖騎士となるべきは、我が娘シャルミナと決まっているのです! そのリィゼとかいう聖騎士もどきは誤報とすべきです!」
「そのような無理を……」
「あなたの娘ですよ? 出来ぬとおっしゃるのですか?」
「……わかった。1人の鑑定では情報が正確とは言えない。もう1人、宮廷の信頼が置ける者の鑑定が叶うまで、聖騎士現るの報は確定ではないとし、箝口令を敷こう」
痩せ細った体がベッドを離れ、杖を取った。
「この騒ぎだ、王はここに詰めておられるだろう。直接、進言に出向く」
老執事が深々と頭を下げた。
「御意にございます」
ドワーフとエルフのハーフが故に背が低く、病弱な体を引きずる王太子を、背が高く美しい王太子妃は手も貸さずに見下していた。まるで、汚れた者でも見るかのように……。
◆ ◆ ◆
翌朝、出発の準備をするサノワ救援の騎士団に、早馬が駆け込んだ。
軽装の騎士は、馬の手綱を見張りの兵に託すのももどかしく、騎士団長の天幕へ駆け込んだ。
「聖騎士らしきエルフの少女が現れて、一夜でサノワを救ったと申すか!?」
老騎士団長の白い髭が揺れた。傍らのランドリックの目も驚きで小さくなっている。
「はっ! 救援騎士団は、確認のために1部隊をサノワに向かわせた上で、公都へ引き返せとのことです」
跪く伝令の騎士を老騎士団長は、信じられぬという面持ちで見ていた。
「らしきとはどういうことだ? 従者2体と共にたった1人で“闇の雫”を退けたのであろう? しかも、聖回復まで使ったという。それは、紛うこと無き聖騎士様ではないのか?」
「聖騎士らしき者は、砦長ドルク殿が到着する前に去られたとのこと。聖騎士と断定するに至っておりません」
「ふむ……筋は通っておるな」
白髭をさすり、何やら思案に暮れる老騎士団長に代わり、ランドリックが口を開いた。
「して、その聖騎士らしき者の名は?」
「リィゼと名乗ったとのことです」
「リーゼ!?」
「リーと伸ばすのではなく、リィゼと」
「なんと! リィン様と名が似ておるではないか! これはまさしく我が国待望の聖騎士様であろう!」
「……監視砦からはそのように伝わったと魔道士が言っておるのですが、王宮に伝えた後、報告が直されたようです」
「貴族どもめ……コソコソと何をやっておるのだ」
あなたも貴族ですよ――と、周りの側近たち数人が心の中で突っ込んだ。ひざまずく伝令の騎士の背中からでさえ、突っ込みの気配が伝わってきた。
だが、ランドリックだけは違った。彼女は別のことが引っかかっていた。
(リィゼ……リーゼと名が似ている……偶然か?)
黒い瞳に黒い髪。伝承の聖騎士とは似つかぬ見た目の生意気な少女。彼女こそ、見た目は遠かろうと聖騎士になるとランドリックは直感していた。それほどまでにあの娘は強く、凜とした気高さのようなものを感じさせた。
(一夜にして聖騎士に覚醒して駆けつける……まさかな、あり得ん。まして、リーゼは人だ。エルフではない)
「ランドリック、すまぬが1部隊率いてサノワを見てきてくれ。ワシは公都に戻って様子伺いだ」
「なぜ部隊の者ではなく、聖騎士学園の私が指揮を?」
「お主の方が、聖少女様も安心であろう? あの方はサノワが故郷と聞く、連れて行ってやれ」
さすが総団長殿、配慮が行き届いている。ランドリックは姿勢を正した。
「はっ、承知しました、バルロイ総団長殿! 即刻向かいます!」
ランドリックが天幕を出ると、騎士や聖騎士学園の生徒たちが取り囲んでいた。早馬の騎士が駆け込んだので、何事かと興味を隠せないのだ。
やれやれと閉口しつつも、女騎士はよく通る大声で告げた。
「サノワは聖騎士らしき者が現れ、救われた! 村人も騎士もすべて無事だそうだ!」
おおっ! という歓喜と、戸惑いが入り交じった。「聖騎士? どういうことだ?」「全員無事って、そんなことあり得るのか?」突然のことに、誰しも事態が飲み込めない。
「そ、それでは、私のお母さんとお爺さんは無事なのですか!?」
屈強な騎士たちの合間から、小さな体が這い出してきた。その姿を見て、女騎士は目線を少女の高さまで下げ、精一杯優しい声をかけた。
「ああ、そう聞いている。怪我をした者は、聖騎士らしき者の聖回復ですべて治癒したそうだ」
「聖回復で……」
「ああ……その者は……リィゼ、そう名乗ったらしい」
「リーゼ!?」
「リーゼではない、リィゼだ。別人だよ。歳は同じぐらいだそうだが、エルフだそうだ」
この娘は、自分と同じか、それ以上にあの娘の底知れない力を感じている。同じ聞き間違えをするのは当然だろう。
そう納得するランドリックだったが、アメリアの考えはその先へ行っていた。
(リーゼ……きっと、リーゼだ。リーゼが村を救ってくれたんだ)
荒唐無稽としかいえない思いだったが、紛れもない正解だった。
【次回予告】
今回、初めてリーゼ本人が出てこなかったですが、次回はちゃんと出ます。
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