23 夜が明けて
剣技指導長ランドリックは、日の出を確認すると、先頭の馬車に乗り込みながら号令をかけた。
「よし! 積み残しはないな! サノワへ向けて出発する!」
3両の馬車が連なって、聖騎士学園の正門をくぐっていく。最後尾の馬車には、アメリアが乗っていた。
出発前――。
小さな手が、リーゼの部屋の扉を叩いた。
「リーゼ、起きてる? ……心配だよ、ずっと姿を見せないなんて」
部屋から返事はない。
「みんなは臆病風に吹かれたって言うけど、私は信じない。だって……リーゼは強い子だもん」
やはり、部屋からは返事がない。
「私……行くね。もしかしたら……もう会えなくなるかもしれないけど、お母さんとお爺さん……村の人たちを助けなきゃ」
――またね。
また会えることを祈って、最後の言葉を残した。
遠ざかる校舎を見つめながら、アメリアは思う。きっと何か理由があるんだと。通りすがりの自分とお爺さんを盗賊から助けてくれた、あの勇敢なリーゼが理由もなく救援隊への同行を拒むわけがない。
ただ、その理由がどうしてもわからなかった。
◆ ◆ ◆
地鳴りのようないびきが、村の広場を揺らしていた。はち切れんばかりのお腹をさすりながら、巨大な蜥蜴が無防備に横たわっている。
もう、食べてすぐ寝たら体によくないよ? そんな呆れた半目を投げかけたリィゼだったが、大活躍だったし、そのまま寝かしておくことにした。
アカべぇは口から突風を吹き、村の火を消しまくっている。
聖獣様だけに頼るわけにはいかない――体の動く騎士と村人たちは奮い立ち、井戸の水で火を消し始めた。
「聖騎士様、壁の外にも重傷者が! 騎士様たちが傷ついております!」
駆け寄るアメリアの母にリーゼが反応した。
「すぐ行く!」
壁の外は、野戦病院さながらだった。全身を包帯に覆われた騎士たちが、壁に沿って横たわっている。仲間の騎士やシスターたちが励ましているが、死を待つばかりの者も多い。
――聖回復!
リーゼは、そのひとりひとりを、聖なる光で包み、癒していった。
命に別状はなくとも、重い怪我を負っている者も多かった。リィゼは「これ使って!」と、高位回復薬をアメリアの母に渡した。
リィゼの高位回復薬はみすぼらしい革袋の水筒に入っていたが、効果はたちどころで、1口飲ませただけで鎌でえぐられた傷がみるみる癒えていく。
「聖騎士様、こんな効き目のよい高位回復薬は初めてです。さぞかし高価な薬なのでは……」
「そんなの材料タダだから。むしろ、もっとたくさん作っておけばよかったと後悔してる。水筒1つ分しかないのが悔しい」
ここに来るときも、怪我人に飲ませる高位回復薬を温存するために、体力回復をヨルリラミルクにしておいた。あれならアカべぇでも作れる。けどこれからは、高位回復薬をもっと作っておかなきゃ。今後の宿題だ。
「この薬がタダなわけがありません。……あなた様は、なんと素晴らしいお方なのでしょう」
もう何度目かわからない感謝の祈りを、アメリアの母はリィゼに捧げた。
体を癒された騎士たちは、リィゼが次の騎士の治療に向かうと、身を起こしてひざまずいた。――そうして、最後の騎士の治療が終わったときには、頭を垂れる騎士の列が出来ていた。
「ちょ、ちょっと、何してんの!? 横になってなきゃダメだって!」
先頭でひざまずくのは、魔物掃討隊の隊長コンラッド。その斜め後ろには、団長であり息子のヴォルフがいた。
コンラッドが口を開いた。
「聖騎士リィゼ様、あなた様のおかげで我々は命を長らえ、村は救われました。いくら感謝してもしきれませぬ」
「そ、そういうの恥ずかしいって。忘れていいから!」
コンラッドが驚いたように、少し顔を上げた。
「忘れることなど出来ませぬ。我々は皆、死を覚悟しておりました。それが……こうして、誰1人欠けることなく生きております。まさか……この村の守りを任せた息子と、あの世ではなく、この世で会することが出来ようとは……」
コンラッドが背後のウォルフを肩越しに見た。若き狼の獣人は照れくさそうに笑みを返した。
「我ら監視砦の騎士の命は、公国を守るためにあります。ですが、あなた様に命を与えられました。皆、公国の意に反しない限り、あなた様のために命を投げ出すでしょう」
「重い! 重いから! 命とかいらないし! みんなで大切にして!」
「ありがたきお言葉、感謝いたします。あなた様に頂いたこの命、国のため、あなた様のために大切に使わせて頂きます」
あー、これはもう何言ってもダメだ。リィゼは半目になりながら、太陽の昇った空を見上げた。
村の中へ戻ると、火は消え、くすぶった煙が立ち上っていた。
「アカべぇ、火事消してくれて、ありがと!」
リィゼの声を聞くと、ピンクのクマがウガッと振り返り、自慢げに胸を叩いた。
だが、その誇らしげな顔も長続きしなかった。リィゼがたくさんの騎士たちを引き連れていたからだ。
アカべぇはリィゼに駆け寄ると、そっと頬を寄せて、ふるふると首を左右に振った。
(人を信じるな、裏切るぞ)
アカべぇの顔は、そう言っていた。
「わかってるよ、アカべぇ。大好きな勇者が殺されたんだもんね。……強すぎると、邪魔に思う人がいるんだと思う。私も体操やってるとき、よく妬まれたからわかるよ」
リィゼは小さな体を伸ばして、ピンクのクマの頭をなでた。
「さ、帰ろう。グレープを起こして」
ピンクのクマは口角を上げて巨大な歯を見せると、スタスタと大いびきをかく紫の蜥蜴に歩んていった。
どうやって起こすんだろう? と思ったら、おもむろに鼻面を蹴った。
そんな起こし方!? リィゼも騎士たちも飛び上がって驚いた。。
ピギャーーッ! 情けない金切り声を上げて紫の蜥蜴が飛び起きた。広場いっぱいに広がる巨体を丸めて鼻をさする。目からは涙がボタボタと溢れていた。相当痛かったらしい。
ピンクのクマが、帰るぞと言わんばかりに拳の親指を立てて、後ろを指した。
大蜥蜴は小さなイグアナの姿になると、ピンクのクマの左肩に駆け上がった。
森の狂王は、あの凶悪な蜥蜴を圧倒する力を持っているのか。騎士たちは改めて、ピンクのクマの底知れぬ力を知った。
「もう行かれてしまうのか? 砦長のドルクがここに向かっているはず。ぜひ、聖騎士様にお目通りを」
「……そういうのはいいよ。私に感謝してるなら、そっとしておいて」
「……仰せのままに」
コンラッドと騎士たちは、胸に手をあて目を伏せた。
“闇の大穴”を封じるためには、新たな聖剣と、聖剣を扱える聖騎士の力が不可欠。やっと現れた聖騎士なのだ、何としても取り入るのが監視砦の騎士としての務めといえる。――だが、その使命をコンラッドは表に出さなかった。
「聖騎士様、またお会いできますでしょうか?」
「ん……聖騎士になりたくて、がんばってる子がいっぱいいるから邪魔したくない。……けど、どうにもならなければ、また来るよ」
おおっ! と、騎士たちが声を上げた。
「それじゃ、みんなまたね!」
リィゼはピンクのクマの右肩に飛び乗ると、落ちないように丸くて大きな耳をしっかりつかんだ。
アメリアの母が駆け寄った。
「聖騎士様! 心より感謝申し上げます! あなた様に祝福を!」
「アメリアたちが何日かしたら来るから、元気な顔を見せてあげて」
「えっ?」
大砲の弾が撃ち出されたかのように、ピンクのクマが大空に舞い上がった。あっという間に壁を飛び越え、そのまま消えていく。
突如、壁の向こうから現れ、息つく間もなく壁の向こうに消えてしまわれた。
騎士も……村の者たちも……ただただ聖騎士が去って行った彼方を見つめていた。
【次回予告】
久しぶりに学園に戻ったリーゼは、のんびりと過ごします。
【大切なお願い】
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