22 魔の影
ムカデの魔物の攻撃を食い止める騎士たちの背後に、燃え盛る木の柱を持ち上げようとしている騎士たちがいた。気を失った騎士が1人、下敷きになっている。騎士たちは渾身の力を込めるが、折り重なって倒れている柱はびくともしない。
そこに、巨大なピンクの手が添えられた。瓦礫はあっさりとひっくり返り、傷ついた騎士の姿があらわになった。
騎士たちは、驚愕しながらも感謝した。
「あ、ありがとう」
「すまない」
騎士の感謝をスルーして、ピンクのクマは倒れている騎士を小脇に抱えて、そそくさと去って行った。道中ついでに、傷ついた村人を1人、2人と拾っていく。
騎士たちは事態が飲み込めないが、すぐに我を取り戻すと、魔物の盾となっている騎士に叫んだ。
「狂王に助けられた! 壁の外へ退くぞ!」
助かるのか……振り返った騎士に安堵が浮かんだ。
4人目を聖回復で治癒したところで、教会の扉が開いた。のっそりと頭をくぐらせて、ピンクのクマが入ってくる。
恐ろしい巨躯の獣の出現に教会内がざわついたが、アメリアの母らしきシスターが落ち着かせた。
「大丈夫! 聖騎士様の従者様です!」
「アカべぇ、そこの床にそっと寝かせて」
ピンクのクマは指示されたとおりに、騎士2人と村人2人の体を横たえた。
「もっと重傷者を探して。火事も消しちゃって」
ウガッ! と、胸を張って敬礼をすると、ピンクのクマは再び燃え盛る村へ飛び出していった。
リィゼは、新たに運び込まれた重傷者のうちの1人が、アメリアと一緒にいた老農夫であることに気づいた。
「お爺さん!」
「お爺様!」
駆け寄ったシスターとリィゼの目が合った。
「ご存じなのですか? お爺様のことを」
「アメリアのお母さんだよね?」
質問がかぶった。
「娘をご存じで?」
「あー、うん、ちょっとね。ほら、聖騎士だし、聖騎士候補のことは知ってるから」
リィゼは、白々しく目を逸らした。
「あなた様のような素晴らしい聖騎士様がいらっしゃるのであれば、娘はお役御免でしょう」
「アメリアは聖女だからね。剣を振るのに向いてないっぽいし、聖騎士になるのは無理だろうけど、いつか、私以上の聖魔法の使い手になるよ」
「本当ですか!?」
「うん。すっごく真面目に魔法の勉強してるし」
「聖騎士様からお褒めいただけるなんて……娘も喜びます」
老農夫が苦しそうにうめいた。
「うぅ……そなたは、リーゼ殿?」
「あ、ゴメン、すぐ治すからね」
うっすらと目を開けた老農夫に向けて、リィゼは両手をかざした。
「聖回復!」
老農夫の体が金色の光に包まれ、裂けた体がみるみる癒されていく。
「あぁ……何という……。さすがリーゼ殿……あっという間に……聖騎士におなりになったんじゃな」
「ううん、私はリィゼ。リーゼじゃないよ。リーって伸ばさずに、リィね」
リィゼは、「ほら」と言いながら、耳を指した。
「種族だってエルフだし」
「言われてみれば……じゃが、目元があまりにも似て……」
「つ、次の人に聖回復かけるよ!」
「はい!」
リィゼは、ごまかすようにアメリアの母に声をかけた。
教会の外では異変が起きていた。
グレープの食べ残しや、アカべぇが切り刻んだ骸、そして、まだ生きているムカデが黒い霧と化し、村の上空で丸い塊となっていく。
グレープが舌を伸ばすが、霧状の塊は捉えどころがなく、絡め取ることが出来ない。
息を吹きかけて村の炎を消していたアカべぇも、異変に気づき上空を見上げた。
黒い霧は、巨大なコウモリの翼を持つ人型のシルエットへと形を変えた。
人型は口を開き、若い魔族の男の声が響いた。
《我が名はイザーク、魔を統べる者。業火の精霊よ、我に従え》
イザークの形をした霧から、黒い稲光が発せられた。
稲光はグレープを直撃し、檻のように周囲を取り囲んだが、グレープは何食わぬ顔でたたずみ、口に炎を貯め始めた。
グゴアァァアァァァァ!
勢いよく紫色の炎を吹き出した。オーデンの畑を燃やした炎より数倍大きい。
炎は人型を捉えた――かに思われたが、直前に霧散してかわし、また人型を形成した。
《分身とはいえ、最上位の魔族である俺に逆らうとは……貴様、属性違いの聖騎士に従っているのではないな? あの時の波動の主……魔王か……》
ゲッゲッ、とグレープが蜥蜴の魔物らしく笑った。
《忌々しいが、この影では貴様を滅することは叶わぬ。だが……》
モヤモヤと体の境界がはっきりしない黒い霧が、光を反射しない漆黒の実体に身を固めていった。
《村に最大の損害を与えて、おしまいにしてやる!》
人型が教会に向かって急降下した。“闇の雫”の最後の質量を用いた、自爆攻撃だ。
ウガッ! アカべぇが駆け出した! だが、届く距離ではない。
グレープが手でつかもうとするも、不規則ならせんを描かれてかわされた。
《ハハハハハ! 鈍いな! 忌々しい教会を聖騎士もろとも吹き飛ばしてやる!》
教会の扉が壊れんばかりに開け放たれた。銀色の疾風が駆け出し、上空へ飛び跳ねる。
「聖なる盾!」
疾風の前方に金色の光の盾が形成され、最後の“闇の雫”の塊と激突した。
盾のまばゆい輝きが、黒い人型を一気に包み、滅していく。まるで、ちっぽけな塵が巨大な太陽に飲み込まれ、蒸発するように。
《グハアッ! 何だこの力は!? たかが盾で……バカな……》
リィゼは冷静に半目で言った。
「村をこんなにして、バカでしょ? ただの影みたいだし、刺してもいいよね?」
《なっ!? 待て! 貴様、許さ……》
リィゼは問答無用で剣を抜いた。
「聖なる剣!」
剣が金色に輝いた。剣に聖なる力を纏わせる攻撃補助魔法だ。
《何だと……その輝き……あり得な……》
「バイバイ」
リィゼは金色の剣を、最後の“闇の雫”に深々と刺した。
一瞬だった――。1滴の水が灼熱の炉に落ち干上がるように、イザークだった“闇の雫”が消え失せた。
騎士たちが歓声を上げた。傷ついた身を起こし、壁の上や門の陰で、戦いを見守っていたのだ。
リィゼは、何回ひねったのかよくわからない月面宙返りを決めると、両足をきれいに揃えて着地した。
両手を高々と広げて、着地成功をアピール。
ピンクのクマと、紫色の蜥蜴が揃って、拍手した。
サノワの村に朝日が射し、長かった夜が明けていく。
戦いが終わったのだ――。
【次回予告】
もう少し、サノワの村でのお話が続きます。
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