21 奇跡の力
村の北壁の上に備えられた物見の鐘の前に、小柄な少女が堂々と立っていた。
年の頃は10歳ぐらい。目尻が少し上がった碧い瞳に、腰まで伸びた金色の髪。耳は大きく上端が尖り、エルフであることを示していた。身を包む銀色の鎧は動きを阻害することのない軽やかなもので、腰回りはスカート形状になっている。
「ここは私と従者が引き受ける! みんな壁の外へ避難して!」
凜と通る声が、炎で燃え盛る村に響いた。
騎士たちは信じられないと目を疑い、呆然としている。
それは、ピンクのクマも同じだった。あんぐりと口を開けて、棒立ちだ。主がまた違う種族になった――そんな顔になっている。
攻撃が止まったのを幸いに、ピンクのクマを取り囲んでいるムカデの魔物たちが一斉に鎌で斬りつけたが、長い毛に弾かれ、全く刃を受け付けない。
馬上の騎士、コンラッドが大声で問うた。
「そなたは真に聖騎士様か!? 鑑定してもよろしいか!?」
「いいよ! 早くして!」
「鑑定!」
【名 前】リィゼ
【種 族】エルフ
【職 業】聖騎士
【年 齢】■■
【レベル】20
ああ……間違いなく聖騎士様だ。年齢がわからぬがエルフは長寿な種族、不明なのも致し方ない。おそらく見た目通りの年齢ではないのだろう。レベルも20と高い!
「おおぉおぉお! 間違いなく聖騎士様! 何ということだ! 皆の者、よく聞け! 聖騎士様が降臨なされたぞーっ!」
コンラッドが槍を突き上げた。
呼応して、周りの騎士たちも手持ちの武器を突き上げ、雄叫びを上げた。
「おぉおおぉぉ! 聖騎士様ーっ!」
「我らの希望!」
「聖騎士様ーっ!」
ヴォルフが剣を下げ、つぶやいた。
「あれが……聖騎士様……」
死を覚悟した途端、突如として現れた森の狂王、そして、聖騎士。事態が飲み込めない。
コンラッドが続けて叫んだ。
「名はリィゼ様! リィン様と名も似ておる! 再来だ! 我らの女神様の再来だ!」
うおぉおぉおぉぉ! 騎士たちがさらに勇ましさを増していく。
「もう! 何盛り上がってんの!? いいから壁の外に避難して!」
「しかし、あの従者がいかに強かろうと、聖騎士様を置いて行くわけには……」
「もう1人呼ぶから大丈夫! グレープ、出番だよ!」
リィゼの足下の壁に四角い光が開き、そこから、巨大な紫の蜥蜴がのそりと出てきた。
「サ、火の精霊か……?」
「違うよ、業火の精霊。もっと、強いから」
「業火? それは、闇の精霊では……」
「グレープ! 魔物を倒して!」
壁の高さを越える蜥蜴が、恐竜のような大口を開け、魔物らしい金切り声を上げた。
その凶悪な形相にコンラッドは戦慄したが、ムカデたちは同じ魔物だからか意に介さない。
それをいいことにグレープは長い舌を伸ばして、手近なムカデの胴体を捉えた。そのまま吊り上げて口に運び、噛み砕いていく。
ボリボリと鈍い音が響いた。
口に入りきらなかった尻尾がのたうち回るが、気にせずおいしそうにゴクリと飲み干した。飲み込んだあとの舌なめずりも忘れない。
続けて長い舌が伸ばされ、次々とムカデがグレープの口へ運ばれていく。
バリッパキッボリボリ……。
――そ、そういう倒し方? 野菜しか食べないと思ってたのに。
「聖騎士様よ! なぜこの様なおぞましい魔物が、そなたの従者なのだ!?」
コンラッドの問いに、リィゼは少し考えてから答えた。
「魔物だろうと気にしない! 仲間ならそれでいい! 種族とか身分とかうるさい! そんなのなければ、みんな仲良くなれるのに!」
コンラッドは、思いっきり頭を叩かれたような顔をした。聖騎士様は、種族も身分も関係ないと言っておられる。
「それは、獣人でもか!」
「もちろん! むしろ強くて頼りになる!」
「なんとうれしいことを! 鍛えてきた甲斐がある!」
「みんなを守って撤退して! 魔物を村に閉じ込めるよ!」
「承知した!」
コンラッドは馬を広場から路地へ向けて走らせた。
「撤退する! 負傷した者を抱えて壁の向こうへ! 撤退だ!」
ヴォルフが我に返った。
「撤退命令が出たぞ! 魔物を追うな! 後退する!」
騎士たちが互いをかばい合いながら、退き始めた。皆、血を流し、足を引きずり、無傷な者はいない。
広場に隣接する大きな建物から、何者かが飛び出した。
「聖騎士様、お願いです! 教会の火をお消し下さい! 重症の者がいて動けないのです!」
叫んだのはシスターだった。フードからふわりとした金色の髪をのぞかせている。
アメリアのお母さんだ! リーゼは直感した。髪も、優しい目元も似ている!
「アカべぇーっ! こっち来て火を消して!」
「ウガッ!」
ピンクのクマはうなずくと、両手のかぎ爪でムカデを粉砕しながら広場を突進してきた。
リーゼも壁を飛び降りて、教会へ向かう。
ピンクのクマは教会の前に立つと、胸を張って、大きく大きく息を吸い込んだ。
フゴーーーーーーーッ!
一気に吐き出した息が、みるみる教会の炎を消していく。
「ああぁ……聖獣様……ありがとうございます」
「ウガ?」
ひざまずいて祈るシスターに、ピンクのクマは首を傾げた。聖獣ではないのだが? って顔だ。
リィゼがシスターのそばに来た。
「怪我してる人は中? 案内して!」
「はい!」
「アカべぇ、他にも重症の人がいたら、教会に運んで!」
「ウガッ!」
ピンクのクマは、また広場を横切って、ムカデの魔物の群れへ突進していった。
「グレープ! 教会を守って!」
頬を膨らませてムカデを咀嚼していた巨大な蜥蜴が、ズン、ズン、と一歩ずつ、教会へ歩み寄ってきた。炎に浮かび上がるその姿は、とても味方とは思えないまがまがしさだ。
なんか大きくなってない? ムカデを吸収してる?
ムカデの魔物は業火の精霊が敵であることに気づき、鎌で攻撃を仕掛けているが、鎧のような皮膚を貫くことが出来ない。エサが都合よく群がってきてるだけだ。グレープは舌だけでなく、手でも鷲づかみにして、ムカデを口に運び始めた。
外はグレープに任せて教会に駆け込むと、横たわった重傷者が、祭壇に向けて並ぶ長椅子を埋め尽くしていた。
「こんなに……」
思った以上にひどい状況だった。そこかしこで、力のないうめき声が上がっている。長い闘病生活で病院には慣れているが、こんなに悲惨な光景は見たことがない。
「一番重症の人は?」
「こちらです! 聖騎士様!」
2つほど進んだ長椅子に、包帯で全身を巻かれた男の人が横たわっていた。体が……半分ない。左半身が大きく斬り落とされていた。
「高位回復薬で命を繋いできたのですが、もう……」
「任せて!」
リィゼは、両手を失われた左半身にそっと乗せた。
(レベル120の私なら、きっと助けられる)
前世でたくさん死を見てきた。自分より年上の子、年下の子……。奇跡を願い、叶わぬと悟り、涙に暮れた。心に残るのは、一番仲のよかった年上の女の子。眼鏡の似合うきれいな子だった……。
誰も死なせない――。
目を閉じ、願いを込めた。
「聖回復!」
まばゆい金色の光がリィゼと重傷者を包む。
光に気づいたシスターや重傷者たちが目を向けた。まさか――
包帯が解けて宙を舞い、金色の光が失われた左半身を形作っていく。
暗い礼拝堂を照らすまばゆい光が収まると、そこには無くなったはずの左半身があった。
「あ……あぁ……」
うめく男にリィゼが尋ねた。
「左手、動く? 痛くない?」
男が左手を持ち上げた。
「あぁ……あぁ……動く……動きます……痛くもない……」
アメリアの母親らしきシスターが、両手で口を覆った。
「聖騎士様……こんな……こんな……聖回復、見たことがありません。奇跡です……」
男の頬を涙が幾筋も伝った。
「ありがとう……ありがとうございます……」
「そのまま寝てた方がいいよ。体力はそんなに回復してないと思うから」
「感謝します……聖騎士様……感謝します……」
男は震える両手でリーゼの手を取ると、何度も何度も頭を垂れた。
「ううん、気にしないで。治せてよかったよ」
リィゼはそっと手を離すと立ち上がり、みんなを勇気づけるように大きな声で言った。
「次に重症の人は!? 1人ずつ、みんな治すよ!」
重傷者たちの苦しみのうめきが、喜びに変わった。
聖騎士による奇跡が始まったのだ。
【次回予告】
次回も、サノワでの戦いが続きます。
【大切なお願い】
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