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20 金色の光、降り立つ

 “闇の雫”が落ちた時刻が早朝であったことが幸いした。村の者のほとんどがまだ寝ていて、家の外にいたのは一部の農民と、壁の上の見張りの騎士たちだけだった。


 北の壁に隣接する騎士の詰所の物見の鐘が、けたたましく鳴らされた。


「闇の雫が落ちたぞーっ! 家から出るなーっ! 出るなーっ!」


 何度も、何度も叫んだ。壁の内側に“闇の雫”が落ちるなど、想定外だ。家から出たら身を守る術がない。


 街を覆う黒い液体から、数百ものムカデの魔物が生まれていく。家の屋根を越える身の丈のムカデは、腕の代わりに大きな鎌を左右に持ち、騎士を鎧ごと断ち切りそうだ。


「あの魔物の相手をするのか……」


 見張りの騎士が震えた。村を護る騎士は20人ほどしかいない。魔物を数体相手にするのが精一杯だ。


 村の家の窓が割られた。石造りの壁はムカデの鎌にどうにか耐えたが、ガラス窓はひとたまりもなかった。ムカデの魔物は、窓から長い触覚とハサミのような顎を持つ顔をのぞかせ、中に侵入しようと身をよじる。


 村の者の悲鳴がそこかしこで上がった。


 詰所から騎士たちが飛び出した。先頭は灰色の髪を振り乱した傷だらけの狼獣人だ。痩せた精悍な顔つきは狼を思わせるが、見た目は人と大差ない。目が鋭く、犬歯の牙が目立つぐらいだ。


「魔物を引きつけろ! 村人を護れ! 砦からすぐに応援が駆けつける!」


 はっ! と騎士たちが大声を返した。


「いいか! 安易に死ぬなよ! 1人の死が村人数十人の死に繋がると思え!」


 騎士たちが、再び大声を返した。


 恐怖に駆られていた見張りの騎士たちも我に返った。


「ヴォ、ヴォルフ団長に続け! 村を護るんだ!」

「門だ! 門を開けろ! 砦の騎士たちを迎え入れろ!」


 長い……長い1日が始まった。



 そのころ、魔物掃討隊の騎兵3部隊、総勢150名が、怒濤の勢いで山道を駆け下りていた。騎士は元より馬にも鎧が施され、完全防備だ。


 部隊を率いる第1掃討隊の隊長コンラッドは、険しい顔つきながらも、不幸中の幸いを感じていた。


(息子を村に配しておいてよかった。彼奴あやつなら我々が着くまで持ちこたえるであろう。後方の村で待機などと、不平を散々言われたが、親の言うことは聞くものなのだ)


 コンラッドは、無精髭の下の牙をニヤリとのぞかせた。


 死を覚悟した男の顔だった。



  ◆  ◆  ◆



 夜道を駆けるピンクのクマの背中で目を覚ましたリーニャは、戦略を考えていた。ゲームでもそうだが、集団戦は戦い方が大事なのだ。


(村の真ん中に“闇の雫”が落ちたから、村を囲む壁は役に立たない。けど、乱戦はマズい。弱い方が絶対に負けちゃう。だから、最善は……壁の外にみんなで逃げ出して、村の中に魔物を閉じ込めること)


 ピンクのクマが目を細めて、吠えた。


 地平線で赤い煙が揺らめいている。村から炎が上がってるんだ!


「アカべぇ、急いで! 村に飛び込むよ!」


 咆哮を上げながら、ピンクのクマがスピードを上げた。



  ◆  ◆  ◆



 炎に巻かれたサノワの村は、地獄さながらだった。

 魔物を追い込む為のたいまつが騎士の腕ごと斬り落とされ、村に火がついたのだ。


 家から逃げ出した村人を魔物の鎌が容赦なく襲う。倒れた村人を騎士が庇い、傷ついていく。


 ヴォルフが叫んだ。


「闇の魔物は炎を嫌う! 炎を背にしろ! 傷ついた者を護れ!」


 最も魔物が多い広場では、父親であるコンラッドの騎兵隊が、魔物を取り囲むように円を描いて、立ち向かっている。


 だが、分が悪い。ムカデの鎌に馬を断たれ、体を貫かれ、騎士たちが地に落ちていった。全滅は時間の問題だ。むしろ、夜までよく耐えたといえる。


 せめて、村の者たちを救わねば……。


「身を盾とし、村の者を壁の外へ! 騎士の誇りを忘れるな!」


 騎士たちが悟った、死ぬ時が来たと。己の命と引き換えに、1人でも多くの命を救うのだ。


 盾を構えた騎士たちが意を決し、魔物に突進しようとした。――その瞬間、壁の向こうの夜空からピンクの毛玉がよぎった。


 毛玉はムカデを1体、無造作に踏み潰し、雄々しく立った。


 グオォォォォォォ!


 大地を震わす地獄の咆哮。

 赤く血走る狂気の眼光。

 それは、出くわしたら最後、死を覚悟するしかない森の狂王――


「ブ、ブラッディマッドベア……バカな、なぜ村に……」


 ヴォルフの牙が歯ぎしりで軋んだ。この巨躯が相手では、差し違えることすら叶わぬ。


「もう! なんで村の中で戦ってんの! さっさと外に出て!」


 狂王の肩から、小さな体が乗り出した。


「なんだ……お前は?」


 なぜか、獣人の娘が狂王の背にいる。


「全員壁の外へ! このままじゃ全滅だよ!」


 娘が叫んだ。


「そんなことはわかっている! お前に言われるまでもない!」

「ここは私が引き受けるから、すぐ避難して!」

「引き受ける……だと? 黒猫の小娘に何が出来るというんだ!? なぜ狂王の背にいる!?」

「あーもう! 説明してる場合じゃないのに!」


 リーニャは村を見回した。目立つところ……高いところ……あそこだ!


 リーニャは燃え盛る家の屋根へ飛び出した。


「アカべぇ、みんなを助けて!」


 狂王が雄叫びを上げた。圧倒的な武威の現れに気づいたムカデたちが、一斉に首をもたげて集まって行く。


 コンラッドが異変に気づいた。ムカデどもよりさらに巨大なクマが両腕のかぎ爪を振るっている。


「あれは……ブラッディマッドベア……いや、なぜ色が薄いのだ?」


 コンラッドは、右手をブラッディマッドベアに向けた。


鑑定アプレイズ!」


 その結果は、信じがたいものだった。


「ブラッディ……ブレイブベア……? 勇者の従者とでもいうのか? レベルは……馬鹿な、何かの間違いだ。あれでは……神獣の域ではないか」


 物見の鐘が鳴り響いた。何度も何度も、すべての視線が集まるまで。そして――鐘の周りに光が集まっていった。


 “聖なる鎧を身に纏い

  立ち向かうは、悪しき軍勢。

  下がれ! 私が盾となる!

  聖騎士リィゼ、光と共に!”


 金色の長い髪をなびかせて、聖騎士を名乗るエルフの少女が、サノワの村に降り立った。


【次回予告】

次回も活劇が続きます! 聖騎士リィゼが大活躍!


【大切なお願い】

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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