16 魔法対決
2026年 5月5日 第2稿として大幅リライト
教壇に立ったリーゼに、教室中が注目していました。
たかだか商人の娘に魔法が使えるわけがない――。生徒も、教師であるディツィアーノも、リーゼが無様に失敗すると期待しているのです。
リーゼが尋ねました。
「ディツィアーノ先生って、天聖教会の司祭なんだよね?」
「そうですよ」
「じゃあ、聖魔法って使えるの?」
ディツィアーノの眉が、笑顔のままピクリと跳ねました。
「もちろんです。私の深い信仰心に、大天使様は常に応えて下さります」
ディツィアーノは右手を胸のロザリオに置きました。ロザリオには6枚の羽を持つ大天使があしらわれています。
「じゃあ先に、聖回復を使って見せてよ。先生でしょ?」
「むっ……」
生徒たちが非難の声を上げました。「司祭様に向かって!」「生意気よ!」などと教室は騒然としています。
「まぁまぁ皆さん、お静かに」
ディツィアーノが両手を広げて、生徒たちを制しました。
「さすが商人の娘、私の魔法力を値踏みしようというのですか?」
「手本を見せて欲しいだけだよ」
「……いいでしょう。では、見ていなさい、私の聖魔法の威力を!」
ディツィアーノは語気を強めると、水晶球が置かれた教卓に歩み出ました。
「おおぉおぉぉぉ……天地を創りし大天使様、敬虔なる我に奇跡を与えたまえ」
唸るように祈りを捧げると、カッと目を見開いて両手を天に振り上げました。――そして、大げさな動作とは裏腹に、そっと小声でつぶやいたのです。
「聖……」
少し間を置いて、両手が水晶球に向けて振り下ろされました。
「回復ゥゥゥ!!!!!」
よく通る低音の声が教室に響きました。
水晶球が青色にまぶしく輝きます。アメリアの聖回復の何倍も強い光です。
「うわぁ!」と、教室中の生徒が感嘆の声を上げました。信仰の深い生徒は、両手を合わせて祈っています。その中にはアメリアもいました。
一方のリーゼはというと――。
(それ、ただの回復だから)
呆れたように半目をディツィアーノに向けています。「聖回復」と唱えると発動しないので、「聖」を小声で、しかも間を開けて言ったのです。――聖魔法が使えないことは明らかです。
(先生のくせにズルってどうなの?)
こんな卑怯な先生をリーゼは見たことがありません。
どうやらゲームと同様、聖魔法は金色の光、回復魔法は水色の光と区別されているようです。【回復】は単に体力が回復するだけですが、【聖回復】は【痺れ】や【「眠り】などの状態異常を回復できるほか、失った腕や足なども治すことが出来ます。
「さぁ、次はあなたの番ですよ? どの様な魔法を使うつもりですか?」
アメリアと違って魔力に余裕があるのか、ディツィアーノは息を乱していません。
「聖魔法は使えないから、私でも使える回復にしとくよ」
「ほう? 使えるというのですか? 回復を。……ですが、異端の教会で誤った道を学んだようですね。聖属性ではないとは……」
――そっちも、ただの回復だったよね!? とリーゼは突っ込みたかったのですが、もっと訊きたいことがあったので我慢しました。
「私が聖天使教会にいたこと、知ってるんだ?」
「む……それは……大天使様よりお告げいただいたことです」
「ふうん……」
お告げとか、そんなわけないとリーゼは思いましたが、オーデンでの騒動を思えば、孤児院の聖天使教会と対立する天聖教会が知っていても不思議はないと納得しました。
「まぁいいよ。回復かけるからどいて」
リーゼは教壇の前に立つと、無造作に右手を水晶球に向けました。リーゼが気がかりなのはただ1つだけです。
(手加減しなきゃ。派手に光るとあとが面倒に決まってる。小さく、小さく、そっと……)
「光……」
ぼそりとつぶやいたあと間髪入れずに唱えました。
「回復!」
水晶球が目も眩むほどの金色の光に包まれました。聖魔法の優しい金色とは違う、雷さながらの明滅した攻撃的な輝きです。
勇者が使う【光回復】はただの【回復】とは違います。かけた相手を回復するだけでなく、雷を纏わせ、【攻撃力】や【素早さ】などの強さを一時的にアップすることが出来るのです。
ディツィアーノが眩む目を押さえました。
「なっ!? なんですか!? この輝きは!?」
(まずい、やりすぎた! レベル1をイメージしたのに!)
光の爆弾が爆発したかのような閃光に、生徒たちが悲鳴を上げています。もちろんアメリアも例外ではありません。
「リーゼってば、手加減してこれなのぉ!?」
目を覆った両手の指の隙間からリーゼの魔法を見ようとしますが、まぶしくて何も見えません。
「ば、馬鹿な……こんな……」
見たこともない輝きにディツィアーノはたじろぎ、無様にも尻餅をついてしまいました。
そして――鈍い衝撃音と共に、光がいきなり消えました。水晶球が真っ二つに割れてしまったのです。
生徒たちが恐る恐る目を開くと、右手をかざしたまま固まっているリーゼがいました。
「……ゴメン、割れちゃった」
「ああっ! 司教様より賜った水晶球が!」
ディツィアーノが飛び起きて、大きく2つに砕けた水晶球をくっつけようとしますが、もちろんどうにもなりません。
生徒たちは何が起こったのかわからず、戸惑うばかりです。リーゼの水晶球の輝きは、明らかにディツィアーノ司祭より鮮烈でした。――それは、リーゼの方が魔法のレベルが高いことを意味します。ですが、そんなことがあるわけありません。
「皆さん、お静かに!」
教室のざわめきを、ディツィアーノが制しました。すぐさまリーゼに向き直ります。
「おのれ! 異な術を! 貴様の使った術は回復に非ず!」
(まぁ、光回復だからね)
「許されざる教えの力によって水晶球が汚れ、砕けてしまったです! 貴様が使ったのは魔法ではない! 異端の教会の邪教の術!」
(勇者系の魔法を邪教の術とかヒドい)
「悔い改めよ! 今後一切、術の使用を禁じます!」
「うん、わかった。もう魔法は使わない」
「……やけに素直ですね?」
「水晶球が割れちゃったのは悪いと思ってるし、魔法を使いたいわけじゃないからね。それに、私がどんなにがんばったって、聖魔法が使えるようになるわけないよ」
「……よい覚悟です。あなたのような異端の教徒が、聖騎士になどなれるわけありませんからね」
リーゼが聖騎士になれないかどうかは置いておいて、勇者に聖魔法が覚えられないのは事実です。
校舎の鐘が鳴りました。
「今日の授業はここまでです。皆さん、今日学んだ教典をよく心に刻んでおくように」
ディツィアーノは水晶球のかけらを残らずかき集めると、懐から出した布でくるんで、教室を出ていきました。
残されたリーゼは、すっかり異端の教徒というレッテルが貼られてしまっています。生徒たちがこれまで以上に白い目で見ていますが、無視して席に戻ります。疎まれるのは体操クラブのころから慣れっこですから。
席に着くと、アメリアがリーゼの手を勢いよく取りました。
「すごいね、リーゼ! あんなに強い魔法、見たことない!」
ものすごく喜んでいます。
「そ、そう? 一応、言っておくけど、異端の術とかじゃないよ?」
「そんなのわかってる。リーゼが異端なわけがない。だって――」
アメリアが聖少女に相応しい、柔らかな微笑を浮かべました。
「リーゼは、強くて……優しくて……まっすぐだもん。それに……私とお爺さんを助けてくれた……。私は……何があっても、リーゼを信じてるよ」
「あ、ありがと……」
真っ直ぐ見られると、同じ女の子なのに恥ずかしくなってしまいます。
アメリアが手を放してくれないので、リーゼは照れた頬を隠すことが出来ませんでした。
◆ ◆ ◆
「馬鹿な……」
誰もいない廊下を歩きながら、ディツィアーノは狼狽していました。
「レベル35までの……あらゆる魔法を判定する水晶球が割れるとは……。あの娘の魔法は……それ以上だというのですか?」
レベル35といえば、伝説に名を残すレベルの魔法使いです。湧き上がってくる恐ろしい考えを払うため、ディツィアーノはロザリオを強く握り締めました。
「あり得ません。長年使われてきた水晶球の寿命が尽きただけのこと。……ですが、強い魔力と、剣技指導長をも出し抜く身のこなしを持っていることは確実」
常に携えているはずの笑みを失った両目が、怪しく光りました。
「あの異端の娘は、ファナリス様の妨げとなるやもしれぬ。何としても葬らなければ――」
苛立ちに震える背中が、ゆっくりと廊下の向こうへ消えていきました。
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