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15 聖魔法

2026年 5月2日 第2稿として大幅リライト

 教室に戻って、聖魔法の授業が始まりました。

 天聖教会のディツィアーノ司祭が、大天使様より伝授された魔法の尊さを説いていきます。

 高貴な生まれである貴族と、大天使様に仕える聖職者は選ばれた人間であり、平民は従わなければならない――。人の良さそうな笑顔と天を仰ぐような身振りに引き込まれ、生徒たちは熱心に聞いています。アメリアも姿勢を正していました。

 一方のリーゼはというと、頬杖をついた姿勢でずっと半目を向けています。まるで、うさん臭い詐欺師でも見るかのようです。


(大天使様って、要するに神様だよね? 神様が身分に差を付けるのって、おかしくない? 平民にも慈悲が与えられる孤児院の教会の方がよかったよ)


 そんなリーゼの気持ちをよそに、ディツィアーノは朗々と教義を続けます。


「ここに集う皆さんは、貴族としてこれからの世界を担う方々です。その使命と責任を、天聖教会と共にしっかりと果たして頂きたい。もっとも――」


 ディツィアーノがリーゼに目配せをしました。


「この場に不相応な者も混じっておりますが」


 生徒たちが横目で、クスクスと冷笑しています。


(先生が率先していじめ? 最悪なんだけど?)


 リーゼは窓の外に目を向けました。遠くのサクラ並木がとってもきれいです。

 その横でアメリアが肩をすくめていました。自分のことを言われたと思ったのです。


「あぁ、聖少女様は別ですよ。これから徳を積んでいけば、よき聖職者となるでしょう。剣技を身につければ、聖騎士となる夢も叶うかもしれません」


 徳とは寄付のことです。エリオがオーデンで言っていました。身分が欲しい平民からお金を集めるための手段なのだと。

 リーゼは聖魔法の授業にまったく興味が持てません。これまでの授業はどれも楽しく、剣技でさえ為になったというのに。


(早く授業終わらないかな……)


 そんなことばかり考えていると――。


「それでは、聖少女様に前へ出てきていただき、聖魔法を実演していただきましょう」


 ディツィアーノがアメリアを指名しました。


「えっ」


 アメリアが固まりました。大きな瞳が見開かれて、いっそう大きくなっています。


「さ、教壇へおいで下さい」


 アメリアが泣きそうな顔をリーゼに向けました。


「ど、どうしよう、リーゼ」

「……聖魔法、使えるんだよね?」

「少しなら……」

「なら、恥ずかしい目には遭わないと思うけど?」

「そ、そうかな……?」

「何かあれば、私がすぐそばへ行ってあげるよ」

「本当? ありがとう……」


 生徒たちの冷ややかな視線を浴びながら、アメリアはおずおずと教壇へ向かいました。


「得意な聖魔法は何ですか?」

「と、得意とかなくて……聖回復ホーリーヒールがちょっと使えるだけ……」

「おぉ! その聖回復ホーリーヒールで、村の人々を癒しておられたのですね」

「い、癒すだなんて……。小さな傷を治したり、風邪を治したりしただけで……」

「素晴らしい。では、教卓の上の水晶球に聖回復ホーリーヒールをかけてみてください」

「え……」

「出来ますね?」

「は、はい……」


 アメリアはディツィアーノに促されるまま、教卓の前に立ちました。黒板を背にしているので、生徒たちと向き合っています。こんなに目立つことは生まれて初めてかもしれません。

 アメリアは意を決したように大きく息を吸うと、水晶球を両手でそっと包んで目を閉じました。


聖回復ホーリーヒール……」


 アメリアのふんわりとした髪がわずかに持ち上がりました。手のひらから金色の光の粒が舞います。その光に導かれるように、水晶球もうっすらと金色に輝きました。


「おぉ! 皆さん、水晶球に光が射しているのが見えますか? 確かに聖魔法が発現しています!」


 やがて、水晶球は元の暗い色に戻りました。大変だったのか、アメリアは肩で息をしています。


「ほう。どうやら聖回復ホーリーヒール1回で魔力が尽きるようですね。席に座って休んでいなさい」

「はい……」


 おぼつかない足取りで席へ戻るアメリアを、生徒たちの冷ややかな視線が見送ります。


「あんな弱々しい光じゃ、回復力もしれてるよね?」

「聖少女とか大げさ」

「光ったのなんて、たまたまよ」


 アメリアはどうにかリーゼの隣の席に戻りました。けれど、顔が真っ青です。


「大丈夫? どれぐらいで楽になるの?」

「半日……ぐらい」

「そんなに?」


 魔力の回復が遅いです。ゲームなら聖回復ホーリーヒール1回分ぐらい数分で戻るのですが、幼いアメリアには負担が大きいのでしょう。


「これ飲んで」


 リーゼはランドセルそっくりの肩紐付き鞄から、小指の先ぐらいの小瓶を取り出しました。


「何……?」

高位魔法回復薬ハイマジックポーション。普通の魔法回復薬マジックポーションで十分だと思うけど、これしか持ってないから」

「えっ!? そ、そんな高価な薬、もらえないよ」

「大丈夫、タダだから。材料の三日月苔がいっぱい採れる湖を知ってるの」

「そう……なの?」

「うん。だから気にせず飲んで」

「うん……じゃあ……ありがとう」


 三日月苔とは、ウィンディーネが棲む三日月湖の水中を照らす、光り苔のことです。洞窟をくぐって湖に抜けたときは、葉の長い苔が光ってるだけだと思っていましたが、業火の精霊(ヘルサラマンダー)のグレープが岸辺の苔を食んでることで気がついたのです。

 高位魔法回復薬ハイマジックポーションを一口飲むと、アメリアの顔色がみるみる戻っていきました。


「何これ? 初めて飲んだけど、頭がスッキリして、ものすごく元気になる」

「効き過ぎてない? 大丈夫?」


 あまりの回復ぶりに、リーゼはむしろ心配になりました。きつい薬が体の負担になることを、リーゼは身をもって知っています。


「大丈夫。すっごく目覚めのいい朝みたいな気分」


 ぱっと明るくなったアメリアの様子を見て、リーゼはあんまり飲ませちゃいけないと思いました。急にこんなに元気になるなんて、劇薬すぎます。


「今、何を飲ませたのです?」


 いつの間にか傍らに来ていたディツィアーノが、笑顔を絶やさぬままリーゼを睨んでいました。穏やかに垂れるまぶたの隙間から、鋭い眼光が覗いています。


高位魔法回復薬ハイマジックポーションだけど? 魔力がなくなって苦しそうだったから」

「ほう、そのような高価な薬を惜しげも無く与えるとは。さすが、この学園の格を金で買った商人の娘ですね」


 商人の娘ではありませんが、言い返すと面倒なことになりそうなので、リーゼは黙っておくことにしました。


「そのような物を持ち歩いてるところをみると、魔法が使えるのですか?」

「…………」

「黙っているということは、使えるのですね」


 ディツィアーノが顔を近づけました。笑っていない笑顔が迫ります。


「……使えるよ」


 リーゼは仕方なく認めました。ディツィアーノにこれ以上近寄って欲しくなかったのです。

 教室がざわめきました。アメリアまでが、びっくりしてリーゼを見ています。


(あれ? 魔法が使えるって、そんなに珍しい?)


 みんなの反応に、リーゼは戸惑います。


「これは面白い。では、その魔法を教壇で使ってもらいましょう」


 ディツィアーノが生徒たちに向き直りました。


「皆さん、見ものですよ! 商人ごときが高貴な者しか扱えぬ魔法を使おうというのです! 失敗しても、決して笑わぬように!」


 要するに、リーゼが失敗するところをみんなで笑おうと言っているのです。

 わっと生徒たちが湧きました。すでにクスクスと嘲笑している子もいます。


「リーゼ……」


 アメリアが心配そうにリーゼを見ます。けど、当の本人はけろりとしていました。


「よくわかんないけど、魔法が珍しいみたい。ちょっと行ってくる」

「リーゼ……私はもう驚かないよ。リーゼの魔法……見せて」

「うん。ほどほどに使ってくる」


 リーゼはよどみない足取りで、教壇へ向かいました。

 アメリアの小さな口がぽかんと開いています。リーゼの言い残した、ほどほど(・・・・)という言葉が気になるのです。それは、手加減をするということでしょうか?

 もう驚かない――そう言ったそばから、アメリアは早くも驚いてしまっていました。

【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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