17 食堂の序列
2026年 5月9日 第2稿として大幅リライト
ここは、四方の壁を本棚で囲まれた小さな部屋です。本棚には分厚い魔導書が天井までギッシリと詰め込まれています。
歯ぎしりしながら魔導書をめくるディツィアーノの唇から、血が滲みました。
「異端の娘め、【回復】の前に何と言ったんだ?」
先ほどの授業でのことを思い出します。
異端の娘も金色の光を発する【回復】を使いました。けれど、聖少女が使った【聖回復】ではありません。慈悲を感じる輝きではなかったのです。もっと攻撃的な――。
「まさか、雷属性だとでもいうのですか?」
雷――すなわち光属性の魔法は、勇者の魔法であると伝えられています。
ディツィアーノは思い出しました。オーデンの街において、あの異端の娘が勇者ではないかという噂があったことを。
「馬鹿な……あり得ません。そもそも職は成人である15歳で授かるもの」
ということは、勇者の素養を持ち合わせているということでしょうか? 300年前――勇者は人を裏切り、処刑されたと伝えられています。それ故に勇者に関する記録は全て抹消されました。大聖堂の地下にある禁書庫を除いて――。
魔導書をめくるディツィアーノが手が止まりました。ページがゴッソリと破かれています。おそらくここに雷魔法が記されていたのでしょう。
「一度、皇国へ戻り、調べてみる必要がありそうですね」
天聖皇国イルミナは宗教国家であり、ルクシオール王国のさらに北にあるのです。
◆ ◆ ◆
夜になりました。寄宿舎の食堂は、たくさんの生徒たちで賑わっています。カウンターの前には、夕食を受け取る生徒たちの長い列が出来ていました。
「お腹減ったねー」
空のトレイを持ったリーゼが、力のない声を出しました。
「クスッ、リーゼは剣技に魔法に大活躍だったものね」
「アメリアは減ってないの?」
「ううん、久しぶりに体を動かしたから、すごく減ってる」
「晩ご飯、おいしそうだね」
すでにテーブルについて食べ始めている上級生のトレイには、美しく盛り付けられたローストビーフと、柔らかそうなパンにサラダ、スープが乗せられています。由緒ある学園らしく、料理も高級そうです。
「そうなんだけど……ね」
アメリアの表情が曇りました。――こんなにおいしそうな料理を前にしてるのになんで? リーゼは疑問に思いました。けど、その理由はすぐにわかりました。リーゼとアメリアのトレイには、野菜スープと固そうなパンが1つしか乗せられなかったのです。
リーゼが不満そうに問いかけます。
「みんなが食べてるお肉は?」
「品切れだよ」
小太りな給仕のおばさんがイジワルそうに答えました。――いえ、そんなわけがありません。後ろの調理台には、ローストビーフが盛り付けられたお皿が、まだまだたくさんあるのです。
「私とアメリアに食べさせるお肉はないってこと?」
「あたしは由緒正しいお嬢様方のために雇われてんだ。商人と田舎者のためじゃないね」
リーゼの口からため息が漏れました。どうやらこの学園には、晩ご飯にも身分の差があるようです。
「リーゼ……いつもこうなの。あきらめて行こ」
「うん……」
ローストビーフを受け取れなかったリーゼとアメリアを、周りの生徒たちがクスクスとあざ笑っています。
(なに? この学校。ぜんぜん楽しくないんだけど?)
頬を膨らませるリーゼを連れて、アメリアがテーブルに案内しました。
「ほら、ここだよ。私たちの席」
「決まってるの?」
「うん、他で食べちゃいけないの」
どうやらテーブルにも格差があるようです。
「リーゼは昨日の夜と朝、来なかったけど、どうしてたの?」
聖騎士学園は、戦場の習慣にならって1日2食です。どうしてもお腹が空く者は、お昼休みに街へ出て食事を取ることを許されていました。
「えーと……食堂の使い方がわかんなかったから、持ってきてたパンを食べた」
【マイルーム】でアカべぇと一緒に、夜はオムライスを、朝は卵焼きと野菜を挟んだサンドイッチをおいしく食べたとは言えません。グレープは葉もの野菜をムシャムシャと食んでいました。
椅子に座ると、ギシギシと音がしました。テーブルも周りより古ぼけていて、金の装飾がない質素なものです。
「これ、わざと差を付けてる?」
「そうみたい。けど、座れるよ?」
「……私が入学しなかったら、アメリアはずっと1人でここに座ってたってこと?」
「たぶん……そうかな?」
「よかった……入学できて……」
「……うん、うれしい」
粗末な扱いを気にすることなく微笑むアメリアは、まさしく聖少女でした。この後光が射しそうな美少女にこんな扱いとは、一体どういうことなのでしょう。いえ、むしろ平民なのに聖少女で美少女だから、ひどい扱いを受けているのかもしれません。
憤るリーゼをアメリアが気遣います。
「スープとパンだけで足りる? お願いすれば、もう1つパンをもらえるかもしれないよ。何日か経った固いパンだけど」
「大丈夫。このスープ、野菜がいっぱい入ってて食べ応えありそうだし、十分」
「スープはね、みんなと一緒なの。おいしいよ」
オーデンの孤児院に身を寄せたころ、野菜が少し入ったスープしか食べられませんでした。それに比べればマシというものです。
リーゼは、スプーンでそっとすくって、口に運びました。
「おいしい! トマーナのちょっと酸っぱい感じがすごくいい」
トマーナとはトマトのことです。リーゼは自由市に出入りするうちに、出回る野菜や商品の名前を一通り覚えていました。
「国の名物料理でね、街によって入ってる野菜と味が少しずつ違うの」
「ふうん」
「固いパンをちぎって入れると、柔らかくなっておいしいよ」
「うん、やってみる!」
楽しそうに食べる2人を嘲る声が聞こえてきました。食堂で一番豪華なテーブルに陣取る少女からです。そのテーブルだけが周りより大きく、8人掛けとなっています。
「まったく、田舎から来た自称聖少女様と、商人の娘は食事のマナーも知らないのね」
同じテーブルに座る少女たちの嘲笑が続きます。いえ、食堂中の生徒たちが同調して笑っていました。
リーゼがアメリアに顔を寄せます。
「ね、あの子、シャルミナ……だったっけ? 一番聖騎士に近いっていう……」
「うん……そう」
「いつもあんな感じ?」
「……王族だから、気位が高いの。平民と一緒の食事なんて、あり得ないんだと思う」
「そっか……」
「同じテーブルにいる子たちが、成績優秀で家柄も良い将来の側近候補の子たち。テーブルが隅っこなほど、家柄の低い貴族の子が座ってるの」
なるほど、そういう並びなんだ――。と、リーゼは理解しました。
リーゼとアメリアが座るテーブルは、テーブルの列から離された隅っこの中の隅っこです。
「バカみたい……。ここの方が気楽でいいよ」
パンを浸したスープを口に運ぶリーゼに、アメリアはうなずきました。
「うん。私もそう思う」
リーゼと一緒なら辛くありません。どんな仕打ちだって耐えられます。
――寄宿舎に入って以来、孤独に耐えてきた聖少女は、勇者のお友達から元気をもらったのでした。
◆ ◆ ◆
それから1週間ほどが経ちました――。
リーゼは学園での暮らしにも慣れ、身分の違いによる軋轢はあるものの、それなりに穏やかな日々を送っています。
――けれど、事は起こったのです。
“闇の大穴”が大きく湧き立ち、火山の噴火のごとく放たれた巨大な“闇の雫”が、麓のサノワの村を直撃したのです。
“闇の雫”は黒い魔物の群れへと姿を変え、村を襲っています。
サノワは、聖少女アメリアの故郷なのです。
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