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16 魔法対決

 教壇に立ったリーゼに、教室中が注目していた。

 たかだか商人の娘が魔法を使えるわけがない。生徒も、教師であるディツィアーノも、リーゼの無様な失敗に期待していた。


 リーゼが尋ねた。


「ディツィアーノ先生って、天聖教会の司祭様なんだよね?」

「そうですよ」

「じゃあ、聖魔法って使えるの?」


 ピクリとディツィアーノの眉が、笑顔のまま動いた。


「もちろんです。私の深い信仰心に、大天使様は常に応えて下さります」


 ディツィアーノは、胸の大天使を模したロザリオに手を置いた。


「じゃあ先に、聖回復ホーリーヒールを使って見せてよ。先生でしょ?」

「むっ……」


 生徒たちが、「司祭様に向かって!」だの、「生意気だよ!」だのと非難の声を上げた。


「まぁまぁ皆さん、お静かに」


 ディツィアーノが手を上げて、生徒たちを制した。


「さすが商人の娘、私の魔法力を値踏みしようというのですか?」

「手本を見せて欲しいだけだよ」

「……いいでしょう。では、見ていなさい、私の聖魔法の威力を!」


 ディツィアーノはそう居丈高に言い放つと、水晶球が置かれた教卓の前に歩み出て、大天使に祈りを捧げ始めた。


「おおぉおぉぉぉ、天地を創りし大天使様、我に奇跡を与えたまえ」


 カッと目を見開き、天を仰いで両手を振りかざした。そして――その大げさな動作とは裏腹に――そっと小声でつぶやいた。


ホーリー……」


 少し間を置いて、両手が水晶球に向けて振り下ろさた。


回復ヒールゥゥ!!!!!」


 打って変わって、よく通る低音の大声が教室に響き渡った。


 水晶球が青色にまぶしく輝いた。アメリアの聖回復ホーリーヒールの何倍も強い光だ。


「うわぁ!」と、教室中の生徒が感嘆の声を上げた。信仰の深い生徒は、両手を合わせて祈っている。その中にはアメリアもいた。


 一方、リーゼは――


(それ、ただの回復ヒールだから)


 呆れたように半目をディツィアーノに向けていた。「聖回復ホーリーヒール」って、ちゃんと言うと魔法が発動しないから、「ホーリー」を小声で、間を開けて言ったんだ。先生のくせにズルとかどうなの?


 聖魔法は金色の光、回復魔法は水色の光、オルンヘイムオンラインでも、そう区別されていた。【回復ヒール】は単に体力が回復するだけだが、【聖回復ホーリーヒール】は「痺れ」や「眠り」などの状態異常を回復できるほか、失った腕や足なども治すことが出来た。


「さぁ、次はあなたの番ですよ? どの様な魔法を使うつもりですか?」


 アメリアと違って魔力に余裕があるのか、ディツィアーノは息を乱していない。


「聖魔法は使えないから、私でも使える回復ヒールにしとくよ」

「ほう? 使えるというのですか? 回復ヒールを。……ですが、異端の教会で誤った道を学んだようですね。聖属性ではないとは……」


 そっちも、ただの回復ヒールだったよね!? と突っ込みたかったが、もっと訊きたいことがあったので我慢した。


「私が聖天使教会にいたこと、知ってるんだ?」

「む……それは……大天使様よりお告げいただいたことです」


 そんなわけないと思いつつ、オーデンで聖天使教会を守るためにあれだけの騒動を起こせば、対立する天聖教会が知ってて当然かもと思った。


「まぁいいよ。回復ヒールかけるからどいて」


 リーゼは教壇に上がると、すっと無造作に右手を水晶球に向けた。ディツィアーノは少し下がったものの、教壇を降りることなく、成り行きを見守った。


(手加減しなきゃ。派手に光ると、あとが面倒に決まってる。小さく、小さく、そっと……)


 リーゼは【光回復ブレイブヒール】を唱えた。ディツィアーノのように【ブレイブ】を小声で。けど、【回復ヒール】との間が開き過ぎないように気をつけた。【回復ヒール】だけだと発動しない。勇者は【光回復ブレイブヒール】しか使えないから。


ブレイブ(小声)、回復ヒール!」


 水晶球が目も眩むほどの金色の光で包まれた。聖魔法の優しい金色とは違う、雷さながらの攻撃的な明滅だ。


 それもそのはず、【光回復ブレイブヒール】は、かけた相手を回復するだけでなく、雷を纏わせ、【攻撃力】や【素早さ】などの強さを一時的にアップすることが出来る。回復魔法でありながら、攻撃補助の要素を持っているのだ。


「なっ!? なんですか!? この輝きは!?」


 眩む目を押さえながら、ディツィアーノが怯んだ。


(まずい、やりすぎた! レベル1をイメージしたのに!)


 光の爆弾が爆発したような閃光が教室を貫き、生徒たちが悲鳴を上げた。


(リーゼってば、手加減してこれなのぉ!?)


 アメリアは両手で覆った目の隙間から、リーゼの魔法を必死に見ようとするが、まぶしくて何も見えない。


(ば、馬鹿な……こんな……)


 見たこともない鮮烈な輝きに、ディツィアーノは2歩、3歩と後ずさり、無様に教壇から転げ落ちた。


 鈍い衝撃音と共に光がいきなり消えた。水晶球が真っ二つに割れたのだ。


 生徒たちが恐る恐る目を開くと、右手をかざしたまま固まっているリーゼがいた。


「えーと……ゴメン、割れちゃった」

「ああっ! 司教様より賜った水晶球が!」


 飛び起きたディツィアーノが、大きく2つに砕けた水晶球を切なげに両手で包んだ。


 生徒たちは事態が飲み込めなかった。水晶球の輝きはリーゼの方が圧倒的に強かった。ということは、リーゼの方が魔法のレベルが上ということ?


 教室のざわめきを抑えるように、ディツィアーノが告げた。「皆さん、お静かに!」


「おのれ! 異な術を! 貴様の使った術は回復ヒールに非ず!」


 まぁ、光回復ブレイブヒールだからね。


「許されざる教えの力によって、正しき水晶球が汚れ、砕けてしまったではないか! 貴様が使ったのは魔法ではない! 異端の教会の邪教の術!」


 ただの勇者系魔法なのに、邪教の術とかヒドい。


「悔い改めよ! 今後一切の術の使用を禁ずる!」

「うん、わかった。もう魔法は使わない」

「……やけに素直ですね?」

「水晶球が割れちゃったのは悪いと思ってるし、魔法を使いたいわけじゃないからね。それに、私がどんなにがんばったって、聖魔法が使えるようになるわけないし」

「……よい覚悟です。あなたのような異端の教徒が、聖騎士になどなれるわけがありませんからね」


 聖騎士になれない――かどうかは置いといて、勇者に聖魔法が覚えられないのは間違いない。


 校舎の鐘が鳴った。


「今日の授業はここまでです。皆さん、今日学んだ教典を、よく心に刻んでおくように」


 ディツィアーノは水晶球のかけらを集めると、懐から出した布で包み、落ち着きなく教室を出ていった。


 残されたリーゼには、すっかり異端の教徒というレッテルを貼られてしまった。生徒たちがこれまで以上に白い目で見ているが、疎まれるのは体操クラブのころから慣れっこなので気にしていない。


 席に着くと、アメリアがリーゼの手を勢いよく取った。


「すごいね、リーゼ! あんなに強い魔法、見たことない!」


 ものすごく喜んでいた。


「そ、そう? 一応、言っておくけど、異端の術とかじゃないよ?」

「そんなのわかってる。リーゼが異端なわけがない。だって――」


 アメリアは聖少女に相応しい、やわらかな微笑みで続けた。


「リーゼは、強くて……優しくて……まっすぐだもん。それに……私とお爺さんを助けてくれた……。私は……何があっても、リーゼを信じてるよ」

「あ、ありがと……」


 アメリアが手を放してくれないので、リーゼは照れた頬を隠すことが出来なかった。



  ◆  ◆  ◆



 廊下を歩きながら、ディツィアーノは狼狽していた。


(馬鹿な……レベル35までのあらゆる魔法を判定する水晶球が割れるとは……。あの娘の魔法は……それ以上だというのですか?)


 湧き上がってくる恐ろしい考えを払うため、ディツィアーノはロザリオを強く握り、大きく頭を振った。


(あり得ません。長年使われてきた水晶球の寿命が尽きただけのこと。……ですが、強い魔力と、剣技指導長ランドリックをも出し抜く身のこなしを持っていることは確実)


 あの異端の娘は、ファナリス様の妨げとなるやもしれぬ。何としても葬らなければ――。


 笑みを失い、開かれたディツィアーノの両目が、妖しく光った。


【次回予告】

リーゼとアメリアの学園生活は、ますます風当たりが強くなってしまい……。


【大切なお願い】

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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