15 聖魔法
教室に戻って、聖魔法の授業が始まった。
天聖教会のディツィアーノ司祭が、大天使様より伝授された魔法の尊さを説いていく。時折、天聖教会の教えの尊さを織り交ぜながら。
高貴な生まれである貴族と、大天使様に仕える聖職者は選ばれた人間であり、平民は従わなければならない――そんなことをもっともらしく語っていた。
人の良さそうな笑顔と、天を仰ぐような大きな身振りに生徒たちは引き込まれ、アメリアも姿勢を正して聞き入っていた。一方リーゼは、うさん臭い詐欺師でも見るように、ずっと半目だ。
(大天使様って、要するに神様だよね? 神様が身分に差を付けるのって、おかしくない? 平民にも慈悲が与えられる孤児院の教会の方がよかったよ)
リーゼはうんざりした面持ちで頬杖をついた。
「ここに集う皆さんは、貴族としてこれから世界を担う方々です。その使命と責任を、天聖教会と共にしっかりと果たして頂きたい。もっとも――」
ディツィアーノがリーゼとアメリアに目配せをした。
「この場に不相応な者も混じっておりますが」
アメリアが、申し訳なさそうにうつむいた。
生徒たちが横目で、クスクスと冷笑した。
(先生が率先していじめ? 最悪なんだけど?)
リーゼは呆れたように窓の外を見た。遠くのサクラ並木がきれい。
「あぁ、聖少女様は別ですよ。これから、徳を積んでいけば、よき聖職者となるでしょう。剣技を身につければ、聖騎士となる夢も叶うかもしれません」
徳って寄付でしょ? エリオがオーデンでそんなこと言ってた。
早く授業終わらないかな……。そんなことばかり考えていると――
「それでは、聖少女様に前へ出てきていただき、聖魔法を実演していただきましょう」
「えっ」
指名されたアメリアが固まった。大きな瞳がいっそう大きくなっている。
「さ、教壇へおいで下さい」
アメリアは泣きそうな顔でリーゼを見た。
「ど、どうしよう、リーゼ」
「……聖魔法、使えるんだよね?」
「少しなら……」
「なら、恥ずかしい目には遭わないと思うけど……」
「そ、そうかな……?」
「何かあれば、私がすぐそばへ行ってあげるよ」
「本当? ありがとう……」
生徒たちの冷ややかな視線の中、アメリアは、おずおずと教壇へ歩いて行った。
「得意な聖魔法は何ですか?」
「と、得意とかなくて……聖回復がちょっと使えるだけ……」
「おぉ! その聖回復で、村の人々を癒しておられたのですね」
「い、癒すだなんて……。小さな傷を治したり、風邪を治したりしただけで……」
「素晴らしい。では、教卓の上の水晶球に聖回復をかけてみてください」
「え……」
「出来ますね?」
「は、はい……」
アメリアは教卓に歩み寄り、水晶球を両手でそっと包んだ。意を決したように大きく息を吸い、目を閉じて、念を込めた。
「聖回復……」
アメリアのふんわりとした髪がわずかに持ち上がり、手のひらから金色の光の粒が舞った。その光に導かれるように、水晶球も微かに金色に輝いた。
「おぉ! 皆さん、水晶球に光が射しているのが見えますか? 確かに聖魔法が発現しています!」
聖回復をかけ終わると、水晶球は元の暗い色に戻り、アメリアは肩で息をし始めた。
「どうやら、聖回復1回で魔力が尽きるようですね。席に座って休んでいなさい」
「はい……」
おぼつかない足取りで席へ戻るアメリアに、生徒たちの冷ややかな目がまた注がれた。
「あんな弱々しい光じゃ、回復力もしれてるよね?」
「聖少女とか大げさ」
「光ったのなんて、たまたまよ」
席に着いたアメリアの顔は真っ青だ。
「大丈夫? どれぐらいで楽になるの?」
「半日……ぐらい」
「そんなに?」
魔力の回復が遅い。ゲームなら、聖回復1回分ぐらい数分で戻るのに。
「これ飲んで」
リーゼは、ランドセルそっくりの肩紐付き鞄から、小指の先ぐらいの小瓶を取り出した。
「何……?」
「高位魔法回復薬。普通の魔法回復薬で十分だと思うけど、これしか持ってないから」
「えっ!? そ、そんな高価な薬、もらえないよ」
「大丈夫、タダだから。材料の三日月苔がいっぱい採れる湖を知ってるの」
「そう……なの?」
「うん。だから気にせず飲んで」
「うん……じゃあ……ありがとう」
三日月苔は、ウィンディーネが棲む三日月湖の水中を照らす、光り苔のことだ。洞窟をくぐって湖に抜けたときは、ただ葉の長い苔が光ってるだけだと思っていたが、業火の精霊のグレープが岸辺の苔を食んでることで気がついた。
高位魔法回復薬を一口飲むと、アメリアの顔色がみるみる戻っていった。
「何これ? 初めて飲んだけど、頭がスッキリして、ものすごく元気になる」
「効き過ぎてない? 大丈夫?」
あまりの回復ぶりに、リーゼはむしろ心配になった。
「大丈夫。すっごく目覚めのいい朝みたいな気分」
ぱっと明るくなったアメリアの様子を見て、リーゼはあんまり飲ませちゃいけないと思った。急にこんなに元気になるなんて、劇薬すぎ。
「今、何を飲ませたのです?」
いつの間にか傍らに来ていたディツィアーノが、笑顔のままリーゼを睨んだ。
「高位魔法回復薬だけど? 魔力がなくなって苦しそうだったから」
「ほう、そのような高価な薬を惜しげも無く与えるとは。さすが、この学園の格を金で買った商人の娘ですね」
商人の娘じゃないけど、反論するのが面倒くさい。
「そのような物を持ち歩いてるところをみると、魔法が使えるのですか?」
正直に答えるべきか、リーゼは悩んだ。
「黙っているということは、使えるのですね?」
ディツィアーノの笑っていない笑顔が迫った。
「……使えるよ」
リーゼは、仕方なく認めた。ディツィアーノにこれ以上近寄って欲しくなかった。
教室がざわめいた。アメリアまでが、びっくりしてリーゼを見ている。
あれ? 魔法が使えるって、そんなに珍しい?
「これは、面白い。では、その魔法を教壇で使ってもらいましょう」
ディツィアーノは大げさな身振りで、生徒たちに向き直った。
「皆さん、見ものですよ! 商人ごときが高貴な者しか扱えぬ魔法を使おうというのです! 失敗しても、決して笑わぬように!」
それって、失敗したとこをみんなで笑おうってことだよね?
すでに生徒たちは、リーゼを蔑みクスクスと笑っている。
「リーゼ……」
心配そうに、アメリアが声を漏らした。
「よくわかんないけど、魔法が珍しいみたい。ちょっと行ってくる」
「リーゼ……私はもう驚かないよ。リーゼの魔法……見せて」
「うん。ほどほどに使ってくる」
そう言い残すと、リーゼはよどみない足取りで教壇へ歩いて行った。
ほどほど? それって、手加減するってこと? もう驚かないと言ったばかりなのに、アメリアは早くも驚いていた。
【次回予告】
転生ものといえば、水晶球に魔法を使うシーン。ついにやります!
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