14 正しい構え
剣技の授業が始まるので、生徒たちは、教室の後ろにあるロッカーから、防具を取り出して、装着し始めた。
生徒を見回りながら、ランドリックが着け方を指導していく。
「まずは、すね当てと膝当てを付けて、次に胴当てだ。胴当てはコルセットを着ける要領なので、誰かに後ろから縛ってもらえ」
ああ、それでセーラー服のウエストが絞られてるんだ。リーゼは納得した。
「……わぁ、リーゼの腰、細~い。紐がすごく余っちゃうよ」
アメリアが感嘆の声を上げた。
「無駄な脂肪があると、動きが鈍くなるから」
「すごいなぁ……うらやましい」
「アメリアも細いよ?」
「ううん、そんなことないよ。リーゼに比べたら全然……。どうやったらこんなに細くなるの?」
「腹筋運動ってわかる? 横になって体を起こしたり、足を上げたり。それを毎日、何十回もやるといいよ」
「腹筋……1回もできない……」
「そ、そっか、じゃあ、ストレッチがいいよ」
「すとれっち?」
「今度教えてあげる。力いらないし、体幹……え~と、体の芯が鍛えられて、無理なく痩せられるから」
「本当? ありがとう!」
リーゼ――いや、楠未凜星は幼いころから身体のバランスが良く、特に力が強いわけでも無いのに、筋トレを難なくこなした。天賦の才だとコーチが喜んだものだった。
胴当てを着けたあとは、頭を守る髪飾りを髪に留め、肘当てと籠手を着ければ出来上がり。
こうして防具を着けると、聖騎士学園のセーラー服が戦いを前提にしたものだってことがわかる。ちょっと重いけど、動きやすいし、機能的。
「着替え終わったら、体育館に集合だ! 急げよ」
はい! と、みんなが元気に返事をした。真面目だなぁ、体育の授業なんか、適当に手を抜けばいいのに。リーゼは、マット運動から創作ダンスまで、模範演技をよくやらされたので、なるべく目立たないようにするのが身についていた。
◆ ◆ ◆
体育館の中央に、1年生21名が木剣を手に整列した。
「剣技の手ほどきを全く受けたことがない者はいるか?」
ランドリックの問いに、おずおずと手を挙げたのは――
「聖少女様とリーゼだけか。まぁ、そうだろうな。他の子は家に属する騎士たちから、すでに基礎を学んでいるだろう」
そういうもんなんだ? さすが聖騎士学園に入学する生徒だなぁ。と、リーゼは他人事のように思った。
「では、まずはリーゼ、お前に基礎を教えてやる。前に出て剣を構えてみろ」
ああ、そうだった。出来ない子も目立つんだよね。リーゼは観念したように一歩前に出た。
「なんだ、それで構えたつもりか?」
リーゼは、ただ突っ立って、右手の剣をだらりと床に向けてるだけだった。
「そのつもりだけど?」
後ろの生徒たちがクスクスと笑った。
「本当に何も知らないんだ」「商人が聖騎士を目指すなんて、無理無理」と陰口が聞こえた。
どうもこの学園の生徒たちは、プライドが高く、家柄の低い者を見下しているらしい。
また、身分の差か……。リーゼはウンザリした。オーデンでの孤児院のヒドい扱いを思い出してしまう。
「左足を引いて体を斜めにしろ。そして、剣を腰の高さで持って、切っ先を私に向けるんだ」
「こう?」
リーゼは、言われるままに体を動かした。
「そうだ。なぜそうするかわかるか?」
「わかんない」
「ちょっとは考えろ」
「……動きやすい、とは思うよ」
「そうだ。剣とは、初動が大事なのだ」
ランドリックが木剣の切っ先を、リーゼの顔に突きつけた。
「どうする?」
「払うよ」
リーゼが木剣を横に振るって、ランドリックの木剣を払った。
「では、こうしたらどうする?」
今度は、リーゼの太股に剣を向けた。
「やっぱり払うよ」
木剣を斜めに振るい、ランドリックの木剣を払った。
「そうだ。剣を体の中心である腰の高さに構えることで、全ての攻撃に最短で対処することが出来るのだ」
「ああ! なるほど!」
リーゼは初めて剣技が面白いと思った。体操もそうだが、理にかなった体の動きが好きなのだ。
「お前の体は細い。後ろ足を引き、体を斜めにすれば、剣1本で隠れるほどだ。鉄壁の防御といえるだろう」
「ホントだ……斬られる気がしない」
自然と、何もしていなかった左手が、右手の剣とバランスを取るように、胸の高さに引き寄せられた。
「大きく出たな」
不敵に笑いながらも、実際に全く隙がないことに、ランドリックは気づいていた。
(何てことだ……斬り込める気がしない……)
額に汗がにじむのを感じながら、ランドリックは教えを続けた。
「防御だけではない。切っ先を相手に向けることによって、顔、胸、胴、足、どこへでも攻撃に移りやすい。私に斬りつけることをイメージしてみろ」
「わかった……」
リーゼの眼光が鋭くなった。頭の中で、ランドリックの顔へ、胸へ、剣を疾らせてみる。
(ああっ! これダメ!)
イメージとはいえ、どの箇所にも剣が無残に突き刺さった。ランドリックは剣で防御する暇もない。
その気配を察して、ランドリックは身がすくんだ。
(こいつは……とんでもないヤツに剣を教えてるのかもしれんな)
構えを少し教えただけで、もう気圧されるとは……。これで聖魔法が使えれば、いつでも聖騎士になれるのではないか?
「次はアメリアだ。剣を構えてみろ」
「は、はい」
片手剣の重みに耐えられず、アメリアの両手と内股の足はプルプルと震えた。
「片手剣を両手で持つとは……」
「だって、重くて……」
また、生徒たちから嘲笑が響いた。「田舎に帰った方がいいんじゃない?」「聖少女だなんて、ただの噂よ」とかなんとか。
自分がいろいろ言われるのはいいけど、アメリアが言われるのは嫌な気持ちになる。誰だって、得意不得意があるのに。
「やれやれ、これでは授業にならんな。アメリアは時間があるときにリーゼに構えを教えてもらえ。いいな?」
「は、はい……」
「では、アメリアは見学。残りは全員で素振りだ!」
「はい!」生徒たちの大きな声が返ってきた。
リーゼは、アメリアの剣をそっと降ろすと尋ねた。
「腕立て伏せってわかる?」
「うん」
「出来る?」
「ううん……1回もできない」
「ストレッチで体幹を鍛えれば、出来るようになるよ。腰も細くなるし一石二鳥だね」
リーゼは、人差し指を立てて、見せながら言った。
「まずは、腕立て伏せ1回出来るようになろっか?」
「……うん! リーゼと一緒なら、私……きっとがんばれる!」
聖少女は、健気に握りこぶしを作った。
【次回予告】
リーゼとアメリアの学園生活は続きます。徐々に嫌がらせも増えて……?
【大切なお願い】
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