12 真新しい制服
再び学園長室に通されたリーゼとエリオは、先ほどにも増してにこやかな学園長に迎えられた。傍らの剣技指導長ランドリックも満足そうに腕組みしている。
「リーゼ様は素晴らしい素質をお持ちですな。聖騎士学園は喜んでお迎え致しますぞ。異存は無いですな? ランドリック剣技指導長」
ランドリックはうなずいた。
「無論だ。学園長のおっしゃるとおり、とても鍛え甲斐がある。我が剣技の全てを伝授しよう」
正しい剣技を身につければ、リーゼ様はますます強くなる――エリオは満足げだった。
当の本人であるリーゼは、体育の授業みたいなもんかな? ぐらいにしか捉えていない。
リーゼとエリオが並んで入学届にサインし、入学手続きが無事終わった。エリオの自分を見る目が保護者っぽくて気になるが、気にしないことにする。
「それでは、寄宿舎に案内しよう。ついてくるがいい」
ランドリックが促して学園長室を出るまで、学園長は軽く頭を下げていた。
廊下に出ると、エリオは一歩下がった。
「それでは、私はここで。良き学園生活をお送り下さい」
「うん……いろいろありがとう。すごく感謝してる」
「もったいないお言葉です。何かあれば、いつでもセルジオ商会へお越しください。街を離れていたとしても、すぐに戻って参ります」
エリオは一礼して、廊下を去っていった。
「寄宿舎はこっちだ。行くぞ」
リーゼとランドリックは、エリオとは逆の方向に廊下を歩いていった。
◆ ◆ ◆
エリオの気持ちは高揚していた。剣を打つことなく、あの自信満々な剣技指導長を伏したリーゼが誇らしい。そして、入学届にサインしたことにより、名実ともにリーゼの後援者となったのだ。持ちうる全ての力を、あの素晴らしい少女に尽くそう。命すら惜しくない――あの方の為に自分はあるのだ。
廊下を歩いて行くと、意外な人物と出くわした。天聖教会の衣に身を包んだ司祭、ディツィアーノだ。
エリオとディツィアーノは会釈をしながらすれ違い、互いの存在を認識した。
(今のは、ディツィアーノ司祭。オーデンの一件で暗躍していたのは間違いなくあの男。なぜ、この学園に……)
(異端の娘に従う商人か。ククク……私はついている。新たな赴任先に、あの忌々しい娘が現れるとはな)
オーデンでは逃したが、今度こそ葬ってやる――。
互いの鋭い眼光がそう物語っていた。
◆ ◆ ◆
寄宿舎で通されたリーゼの部屋は、1階の隅にある小部屋だった。
窓際に向かい合って置かれたベッドと机。あとは、戸棚と鏡台しかない。凜星だったときの自分の部屋より狭かった。
「狭くて驚いたか?」
「ちょっとね」
「学園の暮らしは、騎士団の暮らしを模してある。これでも、騎士団に属する一般の騎士としては広いぐらいだ」
そう言いながら、ランドリックはベッドをバンバンと叩いた。孤児院よりはましだが、いかにも固そうだ。
「成績が上がれば、部屋が広くなる。剣技のトップであるシャルミナなど、この数倍の広さの部屋が3つに、従者の部屋まであるからな」
「ふうん……私はここでいいよ」
【マイルーム】あるし、とは言えない。
「欲がないことだ。だが、私の虚を突いたお前には見込みがある」
ランドリックが脅すように、リーゼに顔を近づけた。
「覚悟しておくことだ。学園騎士団での位が上がれば、否応なしに全ての待遇が良くなり、責任も重くなる。騎士とはそういうものなのだ」
なるべく手を抜こう、とリーゼは決意した。
「入学おめでとうございます」
「あ、受付で会った……」
リーゼが初めて学園を訪ねたときに、入学金の話をしてくれた受付の女性が、紙の箱を携えて入ってきた。
「学園のお世話係の1人として従事しております、キャナリーと申します。以後、よろしくお願いいたします」
「学園でわからないことがあれば、キャナリーに聞くといい。世話係の中でも気の利く娘だ」
「ランドリック様、これを」
「ああ、ありがとう」
「失礼いたしました」
キャナリーは、紙の箱をランドリックに渡すと、部屋を後にした。
「ほら、受け取れ。お前の制服だ」
「えっ!?」
「2番目に小さいサイズを用意した。それぐらいが適当だろう。腰回りが入らず仕立て直す者もいるが、お前は痩せているし問題あるまい」
「ありがとう!」
「礼はいらん。入学金に含まれているのだからな」
リーゼは、制服が入った箱をぎゅっと抱きしめた。
「明日は入学式だ。遅れるなよ」
そう言い残すと、ランドリックは去っていった。
リーゼは、はやる気持ちを抑えながら紙の箱をベッドの上に置くと、待ちきれないとばかりに勢いよく中を開いた。大きな襟とリボンを携えた制服が、きれいに折り畳まれて入っている。
「うわ~っ! かわいい~っ!」
勇者の初期服を乱雑に脱ぎ捨て、さっそく制服に袖を通す。腰回りが絞られているが、間違いなくセーラー服だ。
鏡台の鏡に映して、クルッと一回転してみる。プリーツスカートが揺れた。
同じ体操クラブの中学生の子が着てたセーラー服……。
かわいいなって思ってたセーラー服……。
もう……死んじゃうから、着られないと諦めてたセーラー服……。
明日から、これを着て学校に通えるんだ。
まだ着慣れないゴワゴワした感触が、とてもとても愛おしかった。
【次回予告】
いよいよ、リーゼの学園生活が始まります! いったいどんな毎日が待ち受けているのか?
【大切なお願い】
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